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「大奥」を今あらためてドラマ化したい!16年を経て受け継がれたバトン

よしながふみさんの傑作コミック「大奥」。
そのドラマ化の企画書を書いたのは、16年前のことでした。

1日の終わり、じっくり楽しむドラマが見たい

私がドラマ制作に携わって10年足らずのころ、制作・編成・マーケティング・事業・視聴者センターなどなど、NHKのさまざまなセクションの30~40代職員が集まるプロジェクトができました。
プロジェクトの課題は、公共放送としてより多くの若い層に見ていただくために、どんなドラマが求められているのかを探るというもの。
そのころのNHKドラマは生活感あふれるホームドラマ、あるいは社会課題にハードなタッチで取り組むドラマが主流で…

仕事から帰ってきて、ちょっとクッタリした気持ちのときに見るかと言われると、私自身、正直「ちょっと違うな」と感じることも。(ごめんなさい!)
個人的には「のだめカンタービレ」や「女王の教室」「14歳の母」を楽しく視聴していたころでした。

メイキング写真
演出を担当した「ABU子どもドラマシリーズ」撮影中の1コマ

ではどんなドラマが求められているのか?
NHKを見ている方も見ていない方も含めて多くの方にインタビューをして皆さん共通しておっしゃるのは「一日の終わり、仕事も家事も終えてほっと一息つくときに、日常を忘れて一人でじっくり楽しむドラマが欲しい」ということ。
プロジェクトメンバーの私たちの実感とも非常に近いものでしたが、一体それはどんなドラマなのか…?

次に、プロジェクトメンバーが自分の好きな小説や漫画、設定のアイデアを持ち寄って「こんなドラマが見たい!」と熱くプレゼンしました。
さまざまな案がありましたが、やはりラブストーリーの要素がある企画が多かったように記憶しています。
また私たちの日常より少し華やかだったり奇妙だったりドラマらしい特徴はありながら、流れる感情は多くの人にとって決して遠くない共感できるもの。
「こんなドラマが見たい!」と皆が熱く語るのを聞きながら、段々と焦点を絞っていきました。

画像 企画書

このとき私が強力にプッシュしたのが「大奥」です。
「男女が逆転したパラレルワールド」と、日常を吹っ飛ばす大胆なフィクション設定であり、「女将軍に使える美男三千人」と惹句じゃっくはセンセーショナルですが、大奥という大きな鳥かごにとらわれた人々の、自由を奪われる悲しみ、大切なものを踏みにじられる辛さ、自分の存在価値を見いだせないむなしさ、そんな中でも理解しあえ支えあえる相手がいることのこの上ない喜び…などなど、現代を生きる人にもバンバン響くエピソードがこれでもか、というぐらい繰り広げられています。

一方男女を逆転することで見えてくる今の社会の「仕組み」もあるように感じられ、いろんな発見にも満ちた作品です。
そんな何層にも広がる魅力を訴え続けると、プロジェクトメンバーの中にも「大奥」に共感する人が増えてきて…。
その調子でどんどん上司にもプレゼンをつづけるうちに、「このようなコンセプトの新枠ドラマ、やってみよう!」ということになりました。

実際には、そのころ「大奥」は他局でのドラマ化が進行しており、NHKでのドラマ化という願いは叶いませんでした…。
ドラマ10という新枠ドラマは実現することになりましたが、もう私が「大奥」をドラマ化することはできないのだろうな…とあきらめの境地でした。

完結した「大奥」との再会

それから14年、さまざまなドラマを制作し他部署も経験した後に、「ドラマ10」の編集長を務めることとなりました。
今再び「一日の終わりにじっくり楽しむドラマ」として、何が求められているのか。
コロナでいろいろままならず、ドラマを見るときぐらいそんな日常の憂さは忘れたい。でも感動したり共感したり心揺さぶられたりもしたい。
私自身がそんな心境だった時に、とうとうあの「大奥」が完結したという知らせが入ってきました!

改めて全編通して読むと、疫病はびこる社会の混乱がよりリアルに感じられたのは時代のめぐりあわせですが、こんなスケールの大きな物語だったのかと驚愕きょうがく
実は16年前企画書を書いたときは、歴史的知識が乏しすぎてよく気づいてなかったのですが、「男女逆転」という設定はあれど、登場人物の名前や起こる出来事は、ほぼほぼ歴史的事実に沿っているんですよね。

その物語構成が全編貫かれ、大政奉還で現実世界に戻ってくるようになっていて…。
よしながさんの頭の中には、最初からこの設計図があったことがよくわかり、もう「お見事」の一言しかありません。

そして、家光の時代から大政奉還まで、「大奥」にとらわれた人たちを追っていくことで見えてきたのは、血のつながりで社会体制を維持しようとすることのグロテスクさでした。
16年前、男女逆転した世界という設定は、男女の「役割」を見つめなおすため、つまりはジェンダー論的な目線なのかと思っていました。

が、この「大奥」世界で、「徳川幕府」存続のために人々が志も望みもすべて差し出すことを余儀なくされるたびに、「いや、もう、それ無理でしょ?!」と一緒に憤慨するのですが、ふと我に返ると少子化におびえる日本社会は同じことを人々に要求しています。

男女がどういう役割を担おうが、血脈でシステムを維持しようとすることは暴力的で悲劇的である。
それは、男にとっても女にとっても。

それが「大奥」完結を迎えて一番強く感じたことです。

「なんでこんなつらい目に合わんといかんのやっ!!」と何度も思いますが、でも希望もあります。(以下、原作&ドラマ「大奥」のネタバレです)

この物語の最後で、江戸が火の海となるのを阻止し人々の暮らしを守ったのは、徳川家の人間ではありません。
「あの戦国の世に戻してなるものか」と修羅の道を選んだ春日局の思いを引き継いでいったのは、実は徳川家と縁もゆかりもない人たち。
その思いを今の時代に引き継ぐことはできるし、私もその思いを引き継ぐ一員になりたい。
そう感じさせてくれた物語であり、それこそが今の社会に投げかけられる大きな希望だと感じました。
そして「今改めて、ドラマ化したい!」と強く思ったのです。

もう一つ、背中を押してくれたことがありました。
さまざまなドラマでお世話になっていた脚本家の森下佳子さんに「今ドラマ10で何見たいですか?」と尋ねたところ「…大奥」とのお返事。
まったく偶然に同じ作品の名前が出てきたのは、森下佳子さんがよしながふみさんのファンでらっしゃったことと無関係ではありませんが、森下さんもさざ波のようなものでなく、大きく心を揺さぶられる切実な物語を欲してらっしゃったのかと。

これはもういくしかない、と覚悟を決めました。

出版社にお電話したら、16年前問い合わせたときと同じ権利窓口の方が出てくださって、16年たってもあきらめていないことに驚かれたり。
よしながふみさんも森下作品のファンでいらっしゃったり、いろんなご縁がつながってドラマ化が実現することとなったときには、うれしくはあったのですが、あまり長いこと思い続けていたのでしばらくは信じられない気持ちでした。
脚本を作ったりキャストに声をかけたりし始めてようやく「実現するんだ…」とじわじわ実感していった感じです。

画像 台本

「大奥」のバトンを次へ

そんなとき、私の担務がドラマ10編集長から今度は“ドラマジャンル長”へ変わることになりました。
東京ドラマ部で制作する全ドラマを統括する立場です。つまり、「大奥」の制作現場を自ら担当することが難しい状況に…。
そこで藤並プロデューサーに制作統括を託すことにしました。

長いこと憧れてきた企画ですので寂しい気持ちもなくはなかったですが、「大奥」も人々が思いのバトンをつなぐ物語。
制作現場でもバトンがつながりドラマ化が実現することも、何かのめぐりあわせと心強く感じています。

そもそもこの「大奥」は、戦国時代の香りの残る家光の時代から大政奉還まで200年にわたって江戸時代を描きます。
これだけ長い時代を一番組の中で描くのはNHKとしても初めて。

私自身は、戦国時代(「おんな城主 直虎」)と元禄時代(「元禄繚乱」)の物語しか制作した経験がなく、いずれにせよ一人のプロデューサーのノウハウではとうてい太刀打ちできない内容です。
戦国時代から幕末まで、着物やかつらやしきたりの違いを瞬時に答えられる演出・プロデューサーチーム、NHKのスタジオに何度も江戸城セットを建ててきた美術チーム、大規模な時代劇撮影を何度も率いてきた技術チームがいてようやく、この壮大な物語を映像にすることができる。
そういうプロジェクトなのです。

16年を経て、映像化できたからこそ…

すばらしい出演者の皆さんも、今だから巡り合えた方々です。(16年前には小学生・中学生だった方も!)
そしてこのすばらしい俳優たちが演じてくださることで、たくさんの発見がありました…!

剣道場で日が暮れるまで素振りを続ける有功の、悲しみとも怒りともつかない行き場のない思い。

劇中写真

有功の名代としての玉栄を受け入れる家光の、諦観とも愛情ともつかない表情。

劇中写真

求められた役目を果たせないと父に謝る綱吉の胸のつぶれるようなやるせなさ。

劇中写真

右衛門佐が初めて綱吉を見たときの吸いつくような目線。

劇中写真

などなど、コミックで何度も読んだシーンでも、この時この人はこんな顔をするのか、こんな思いだったのか…と毎回ハッとさせられることの連続です。

吉宗、久通、水野、杉下らが登場する吉宗編でも、そしてその先もずっと、そんな発見に満ちたシーンがいくつも続くことでしょう。
縁もゆかりもなかった人達が、相手の幸せを念じて自らの生を全うしようするエネルギーが、そんな発見に満ちたシーンを生み出すのだと思います。

物語は大政奉還まで続きます。
最後までご覧いただけるとうれしいです。

岡本 幸江
ドラマプロデューサー。1992年入局。高松放送局、国際放送局などを経て、現在第3制作センター・ドラマジャンル長。
主な担当番組にドラマ8「バッテリー」、BS時代劇「テンペスト」、連続テレビ小説「ごちそうさん」、大河ドラマ「おんな城主 直虎」、特集ドラマ「風よあらしよ」など。

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