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東京五輪は日本の持続可能な木材調達にレガシーを残せるのか(坂本有希 地球・人間環境フォーラム)

東京五輪が開催されている今、DEAR News196号(2020年4月/定価500円)の特集記事を公開します。五輪をめぐる持続可能性の側面にも、ぜひご注目ください。※記事中の情報は掲載当時のものです。

坂本有希(さかもと・ゆき)
:1992年から一般財団法人地球・人間環境フォーラム研究員、2017年より同フォーラム専務理事。2002年に国際環境NGO・Foe Japanとともに「フェアウッド・キャンペーン」(現在はフェアウッド・パートナーズに改称)を立ち上げ、日本の木材市場をフェアなものにする活動に取り組む。2012年からは日本の違法伐採対策の強化のための政策提言に取り組み、17年5月から施行されているクリーンウッド法(合法伐採木材等の流通及び利用の促進に関する法律)の成立に貢献した。

東京五輪と持続可能性

2015年のSDGs(持続可能な開発目標)の採択やパリ協定の成立を受けて、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京五輪)は、直近の大会であるロンドンやリオを超える「持続可能なオリンピック」として注目されている。

そもそも国際オリンピック委員会(IOC)は、オリンピック憲章の柱として、環境をスポーツ、文化に続く3本の柱の一つに位置付け、2014年に採択した「オリンピック・アジェンダ2020」においても「大会の全ての側面に持続可能性を導入する」ことを明記し、環境を含めた持続可能性配慮を強く求めている。

このような流れを受けて、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委)は、「持続可能な運営計画」を策定している。

2018年6月に公表された最新版の第二版では、5つの主要テーマ(①気候変動 ②資源管理 ③大気・水・緑・生物多様性等 ④人権・労働、公正な事業慣行等への配慮 ⑤参加・協働、情報発信)と目標を掲げ、運営計画の実現に向けたツールのひとつとして「持続可能性に配慮した調達コード」を策定・運用している。

調達コードは、物品やサービスの種類にかかわらず求められる共通事項と、木材、農・畜・水産物、紙、パーム油を対象にした個別製品基準からなる。
共通事項では、(1)どのように供給されているのかを重視する、(2)どこから採り、何を使って作られているのかを重視する-などからなる4つの基本原則を挙げたうえで、組織委が調達するすべてのモノ・サービス、ライセンス商品について、原材料の調達から加工・流通・提供に至る供給過程全体で持続可能性が確保されるよう、サプライヤー、ライセンシー及びそれらのサプライチェーンに求める事項がまとめられている。

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具体的には、以下の5分野で、達成されることが前提となる義務的事項と、必ずしも必須ではないが積極的な取り組みを促す推奨事項が規定されている。
1.法令順守
2.環境(汚染防止や廃棄物適正処理、違法に採取された資源の使用禁止等)
3.人権(差別やハラスメントの禁止等)
4.労働(強制労働や児童労働の禁止、最低賃金の支払い等)
5.経済(反競争的な取引の禁止等)

また、調達コードの実効性確保の担保方法として、サプライヤー等によるコードの理解やコミットメント、サプライチェーンへの働きかけ、コードの遵守体制の整備、取組状況の記録化や開示、加えて組織委によるサプライヤー等の遵守状況の確認・モニタリングとその結果を受けての改善措置の実施が行われることとなっている。さらに、調達コードの不遵守に関する通報を受け付けるための窓口を設け、広く外部からの情報提供を受ける仕組みを整備している。

以上のように、組織委の持続可能な調達コードは、公的な性格を持つ日本の組織が、持続可能性を包括的に、かつ持続可能性の中身をブレイクダウンして具体的に書き込んだ調達方針として初めてのものであり、一定の評価はできる。また、組織委は有識者や業界団体代表に加えて、関係する問題に取り組むNGOを委員とする調達ワーキンググループを設置し、パブリックコメントや聞き取りを実施するなど、幅広いステークホルダーの意見を取り入れるという策定プロセスも一定の水準はクリアしているといえる。

しかし、その運用では課題が浮き彫りになっている。木材調達を事例にその課題を取り上げる。

東京大会における持続可能な木材調達

組織委は、個別製品のコードである「持続可能性に配慮した木材の調達基準」を、共通事項に先行して2016年6月に策定した。

木材調達基準では、建設材料となる製材等、設置される家具に加えて、建設に用いられるコンクリート型枠合板を対象として、持続可能性の観点から重要な点として、(1)合法性、(2)中長期的な計画等に基づき管理経営されている森林に由来すること、(3)伐採時の生態系保全への配慮、(4)伐採時の先住民族や地域住民の権利への配慮、(5)伐採に従事する労働者の安全対策、の5点を定めている。

その確認方法として、FSC(Forest Stewardship Council、森林管理協議会)、PEFC(The Programme for the Endorsement of Forest Certification、PEFC森林認証プログラム)、SGEC(緑の循環認証会議)による森林認証材は適合度が高いとして原則認め、認証材でない場合には5点について輸入事業者等が確認を実施することとしている。

2017年4月、当時建設中だった新国立競技場の建設現場で使用されているコンクリート型枠合板について、マレーシア・サラワク州のシンヤン社という企業が製造したものが使われていることが、著者が所属する地球・人間環境フォーラムなど国内外の環境団体・NGOの調査によって明らかになった。

*1 地球・人間環境フォーラム等(2017年4月)「プレスリリース:熱帯林の破壊及び人権侵害につながる疑いのある合板の使用について緊急の調査を要請 新国立競技場建設で」
https://fairwood.jp/news/pr_ev/2017/170420_pr_NS.html

新国立競技場の建設主体である日本スポーツ振興センター(JSC)は、該当する型枠合板はPEFC認証製品であり、組織委の調達基準に適合した木材であると主張している*2。一方で、この企業については合板製造の過程で違法伐採や人権侵害を起こしていることが、政府機関であるマレーシア人権委員会*3や海外や現地NGOにより繰り返し指摘されている。

*2 日本スポーツ振興センター(JSC)、2017年4月28日おしらせ「新国立競技場整備事業における木材の調達について(環境NGOの主張に対する見解)」https://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Tabid/367/ItemID/220/Default.aspx
*3 Human Rights Commission of Malaysia. (2007). Report On Penan In Ulu Belaga: Right To Land And Socio- Economic Development. http://www.suhakam.org.my/wp-content/uploads/2014/01/PS08_Pem.Tanah_ecosoc090108.pdf

そのため、このようなリスクを排除するためには、認証製品であるという確認だけでは不十分で、その原料がどこから来ているのか伐採地までを確認する必要があると、NGOは指摘している。

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新国立競技場に続き有明アリーナでも

さらに、2018年5月には有明アリーナでインドネシアの企業・コリンド社の製造した型枠合板が使用されていることがわかった。同社は木材やパーム油、パルプ・製紙など広範な林産事業を展開しているが、シンヤン社と同様に違法伐採や皆伐、人権侵害や脱税への関与がNGOやメディアにより指摘されている。

レインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)が公表したレポート「守られなかった約束」*4によれば、有明アリーナで見つかった合板を製造した工場の、2016年および17年に製造に用いられた原料の4割が皆伐による「転換材」に依存しており、さらに皆伐地には絶滅危惧種オランウータンの生息地も含まれているという。転換材とは、森林を農地や採掘地等へ用途を転換する際に発生する木材を指す。皆伐すればその場所の生態系は完全に失われるため、皆伐材が原料に含まれる合板が使用されていれば、組織委の木材調達基準の(2)や(3)を遵守しているとはいえないと、RANらは指摘をしている。

*4 レインフォレスト・アクション・ネットワーク(2018年)「守られなかった約束」
https://www.ran.org/wp-content/uploads/2018/11/BrokenPromises_20181112_jp_web.pdf

以上のようなNGOの批判を受ける形で、組織委では2018年5月から木材調達基準の見直しの議論を始め、2019年1月に転換材の排除や企業評価の推奨を追加するなど、持続可能性要件の一部改定を行った。改定内容については、私たちNGOの視点からは十分に満足のいく内容とはいえないが、改定プロセスが行われたことは評価できる。

しかし一方で、RANが東京都や組織委に対して上記のインドネシアのケースについて持続可能な調達コードの不遵守を訴えた通報については、適切な対応がなされているとは言えない。

求められるのはデュー・デリジェンスと説明責任

木材について持続可能な調達を行う場合、まず確認しなくてはいけないのは木材が切られた伐採地(国・地域)と樹種である。その2点について合法性・持続可能性の側面からリスクが高い場合には、そのリスクが十分に低いと確認できるまでさらに情報を集め、リスクが低いと確認できなければリスク排除のために調達する樹種や伐採地、サプライヤーを変更するなどの手立てをとるという、いわゆる「デュー・デリジェンス」*5を行うことが、木材のサプライチェーン管理の基本である。

*5 デュー・デリジェンス:企業活動などが社会に与えるマイナスの影響を客観的に把握し、これを軽減する施策を行なうこと。

加えて、直接の取引先である一次サプライヤーはもちろん、2次、3次と伐採地までのサプライチェーン上に、これまで違法伐採や人権侵害を起こしているサプライヤーがいないかどうかなどを確認することも、持続可能な木材調達には不可欠な要素である。

伐採地についてのリスク評価では、伐採国・地域における森林開発・伐採、木材取引等に関して違法行為の重大なリスクがないかどうかを判断するために、該当国・地域のガバナンス状況(森林分野の法制度の執行状況、汚職・腐敗の程度、紛争の発生状況等)をみる手法が一般的となっている。

違法伐採は、その国・地域の汚職腐敗に密接な関係があるため、ガバナンス状況が低い場合には、木材に関する合法性のリスクが高いと判断することとなっている。これらの情報はすでに公開されているものが複数あり、例えばトランスペアレンシー・インターナショナルによる腐敗認知指数(CPI)や世界銀行の世界ガバナンス指標が挙げられる。

CPIが50以下の場合には、その伐採国・地域は違法伐採のリスクが高いとみなすことになっているが、東京大会の施設建設に使われている合板の製造国であるマレーシアとインドネシアの2018年版のCPOはそれぞれ47と38となっている。このように違法性のリスクが高い国の場合には、調達する木材製品の原料の伐採地とそこにつながるサプライチェーンを一つひとつ調べて、自らが定めた調達基準が守られているかを丁寧に確認することが求められる。

このような確認においては、取引先からの情報だけに頼らず、NGOやメディアなど第三者による情報提供をいかに取り入れるか、またはその批判にこたえるだけの説明責任が果たせるかも大きなポイントとなる。デュー・デリジェンスとは、最終的には調達する側が、調達基準に照らして合法性・持続可能性のリスクが十分に低いと判断することで、合法性や持続可能性を証明することではないことに留意する必要がある。

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東京大会のレガシーとなる持続可能な木材調達

組織委や東京都、JSCの東京大会当局は、2018年2月から、NGOの批判にこたえて大会関連施設の建設に使用している型枠合板の使用状況について情報公開を始めた。

当局は、NGOが問題指摘をしている2つのケースを含めて、これらすべての合板は調達基準を遵守しているとしているが、公開されているのは製造国と枚数のみで、その根拠として必要となる木材の伐採地やそれに対して十分なデュー・デリジェンスを行ったことを示す十分な説明や情報は公開されていない。

2019年11月現在、東京大会の計9施設で使われている合板のおよそ7割の製造国がマレーシア及びインドネシアの熱帯材で占められている*6。

*6 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(2020年1月)「持続可能性に配慮した木材の調達基準」の実施状況に関するフォローアップについて」https://tokyo2020.org/ja/games/sustainability/si-20200110-01

グローバル・フォレスト・ウォッチによれば、世界の熱帯林の減少は、2017年だけで日本の国土面積のおよそ4割に当たる15万8千平方キロメートルに達し、2000年代で2番目に高い数値となっている*7。熱帯林は地球規模の生物多様性の維持や地域住民の生計を支えるために重要であるのは言うまでもないが、熱帯林減少による温室効果ガス排出量は、中国、米国の全排出量に次いで3位にカウントされ、熱帯林を保全することは気候変動の抑制にも重要な役割を担っている。

*7 Mikaela Weisse et al. (2018).‘2017 was the Second-Worst Year on Record for Tropical Tree Cover Loss’. https://blog.globalforestwatch.org/data/2017-was-the-second-worst-year-on-record-for-tropical-tree-cover-loss

過去数十年にわたって熱帯林合板の最大の消費国である日本は、熱帯林保全に大きな責任を負っている。このような歴史を持つ日本で開催される東京五輪は、これまでの木材調達のやり方を持続可能な方法に切り替える絶好の機会であるはずだ。

組織委や東京都、そしてJSCなどの当局は、持続可能な木材調達の実施についてのNGOからの指摘をきちんと受け止めて、伐採地までのトレーサビリティを明らかにして、サプライチェーン上の持続可能性リスクが十分に低いことを確認する必要があることを、サプライヤーなど業界関係者に対して示す必要がある。そうでなければ、東京五輪の木材調達は「サステナブル・ウォッシュ」と批判され、負のレガシーが日本の木材業界に残ってしまうことになる。

組織委は、大会の前後となる2020年の3月と9月に持続可能性に関する運営計画の実施状況をレビューする持続可能性進捗報告を出すことになっており、その内容を注視してこの活動を続けていきたい。■


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