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SHERLOCKとは、ホームズとワトソンの呪いを凝縮した弾丸である

※見出し画像はシーズン4・UK盤DVDのパッケージを撮影したものです。

シャーロック・ホームズと聞いて最初に思い浮かぶものはなんだろうか。
変なコートに帽子の「探偵」。「アイアンマンの人」が主演の映画。ディーン・フジオカ。昔NHKでやっていた……え、グラナダって何? 犬のやつだよ。等々、あるかと思う。

今日ここでお話したいのはそれらのどれでもない。

BBC制作「SHERLOCK」のことだ。

これまでスペシャル版を含む全13話が制作されているこの作品。「ドクター・ストレンジ」のストレンジ役としても知られるベネディクト・カンバーバッチの出世作でもある。過去何度も再放送がなされているが、この度AXNミステリーにて一挙放送が決定した。

一挙放送である。つまりシャーロックとジョンが出会い、別れ、19世紀の夢を見、新たな出会いを迎え家族になるまでを、休む間もなく一気に見せつけられるというのである。考えただけで動悸がする。耐えきれる気がしない。助けてほしい。助けてほしいのでこの苦しみをnoteする(動詞)。

出会い

私がこのドラマの存在を知ったのは2011年、イギリス在住のブロガーさんが絶賛している記事を見かけたことがきっかけである。「今一番面白い」という文言とともに、あらすじが紹介されていた。今回はせっかくなのでAXNさんのHPから引用しよう。

ベーカー街221のBに住み、シルクハットにパイプをくゆらせる・・・と、誰もが想像するシャーロック・ホームズだが、本作は、パイプの代わりにニコチンパッチを貼り、スマートフォンとGPSを駆使して犯人を追いかけ、自分のサイトでその推理を披露する!まさに21世紀の現代に蘇ったシャーロック・ホームズだ!

出典:https://www.mystery.co.jp/programs/sherlock

どうだろう。「面白そう」と思われただろうか。ちなみに私は最初、それほど魅力的には感じなかった。それどころか、この突拍子もない設定にドン引きさえしていたのである。

聖典原理主義者、「所詮は現パロ」と侮る

今では再放送と聞いただけで「助けて」などと言うほど苦しんでいるが、先述の通り、当初は割と冷めた目で見ていた。「大人気とは言っても、所詮は現パロだろ。発想が安易なんだよな〜〜」……と。私はもともとシャーロキアン(シャーロック・ホームズの熱狂的なファン)であり、聖典(原作小説)を神聖視するあまりの暴言であった。実際、シーズン1の第一話を見てもまだ「こんなインディーズバンドのボーカルみたいな見た目(※個人の感想です)のシャーロック・ホームズがいるわけないだろ」などと茶化すほど、心の距離はあったのである。

ドン引きから「かつてない、見たことのない二人」へ

他人の黒歴史を見るような気持ちで視聴を始めた「SHERLOCK」であるが、「こんなインディーズバンドの(以下略)」と思う一方で、全く新しいホームズ像というものに魅力を感じ始めてもいた。
パーマヘアにベルスタッフのコートを着て、いらぬ推理を披露しては人々に嫌がられているシャーロック。一方、アフガニスタン帰りの元軍医であるジョンは、PTSDのために片足が不自由になり杖生活を余儀なくされている。訳ありで難物の二人は出会ったその日に同居を決め、ジョンが部屋の下見に来た日にはもう、事件捜査のため一緒に街に繰り出すのだ。

「君は医者だろ? 陸軍の軍医だ」
「…ああ」
「腕はいい?」
「…とてもね」
「怪我人や死体は…山ほど見た?」
「ああ」
「トラウマになってる?」
「ああ、そうかも。もう、嫌と言うほど見てきたよ」
「…もっと見たい?」
「もちろんだ」

出典:https://twitter.com/sher_locked_bot/status/850520699504668672

二人は飛び出していく。そしてそれは霧深く真っ暗な19世紀のロンドンではない。二階建てバスとSANYOのネオンが光るきらびやかな21世紀。我々の生きているこの時代へ、1887年以来続く二人の男は突然、身近な存在のように姿を現した。その瑞々しさに心を打たれたのだ。

こいつら、距離感がおかしい

ここからが本題である。

もともと「ホームズとワトソン」といえば、息のあった名コンビの代名詞だ。シャーロックとジョンは本家の二次創作なのだからその通りであって当然である。とはいえこの二人、「息の合った名コンビ」で済ますにはいささか度が過ぎているのだ。
シャーロックが推理を披露して見せればジョンは感嘆のあまり「Brilliant!」と叫んでしまうし、シャーロックはシャーロックで、ジョンが不在の場面でも思わず「ジョン」と呼んでしまい、周囲に察せられている。おまえら……

作中でも(特に前半シーズンでは)シャーロックとジョンは頻繁にゲイカップルだと勘違いされる。元はと言えば、恋愛に興味を持たずに生きているシャーロックに対して周囲がそのような先入観を抱いていたため、彼と仲の良いジョンにも同じ目が向けられた……とジョンは信じているようだが、それを除いても相当なキャッキャウフフぶりではあった。だが今にして思えば、この「お似合いカップルね♡」で済んでいた頃はまだ平和だったのである。

シーズン3でジョンはメアリーという女性と出会い、結婚する。以降シャーロックとジョンにメアリーを加えた三人の物語が進んでいくのだが、これがまた一筋縄では行かない、面倒な展開になっていく。メアリーの知られざる過去や、シャーロックにもまた本人も覚えていない秘密が……といったようなものだ。初期の「ホームズとワトソンがキャッキャウフフしながら難事件を解決する」テイストからはいつのまにか離れ、ヒューマンドラマへと主軸が動くのがこのシーズン3と続く4となる。

この後半シーズンにおいては、シャーロックとジョンには様々な変化が起きる。特に二人の関係の変化、感情面での変化がすごい。これまでの物語で、良い事も悪い事もたくさんあったシャーロックとジョン。二人の間には膨大な量の愛や憎しみが蓄積されてきた。シーズンの後半ではそれらが一挙に爆発するのだ。

物語自体がめちゃくちゃ重いというのはあるのだが、シャーロックが人間的感情に目覚め「ジョンとメアリーを守る!」と健気な誓いを立てる一方、シーズン1で目をキラキラさせながら「brillant!」と騒いでいたジョンは今やかなり深い闇を抱え、鬱屈した感情と怒りに満ちたマイナスオーラを終始放っている。なおそのイライラは大体シャーロックに向けられ、時には物理攻撃を伴うことさえあるのだ。

……いや、そんなシャーロック・ホームズ見たことあるだろうか? 確かに「こんなホームズ見たことない」というコンセプトではあるが、もはや「俺たちは何を見せられているのか?」と思わざるを得ないレベルなのである。

そんな二人が、それでも二人でたどり着く境地を得る。

なぜなら彼らはホームズとワトソンだからだ。

伝統を壊し、呪いを受け継ぐ

ホームズとワトソンは「息の合った名コンビ」の代名詞だ。だがそれは当人たちにとっては悲劇であるのかもしれない。ホームズとワトソンというのは出会わずにはいられず、出会ったら最後、到底離れることはできない。ともに「伝説の二人」という因縁を背負って生きなければならないのだ。

それはホームズとワトソンがこの世に誕生して以来、133年にも及び受け継がれてきた呪いである。「熱い友情で結ばれた紳士二人の物語」だけではない人生を、シャーロックとジョンは歩む。新たなホームズとワトソンであり、同時に我々のよく知っているホームズとワトソンである彼らは、製作者スティーブン・モファットとマーク・ゲイティスによって作られた銃に込められた弾丸なのだ。

引き金はすでに引かれている。上手く避けて欲しいが、できれば心臓に命中してほしい。つまるところ、ぜったい見てね!!ということだ!!




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