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【創作短編】きらわれものの夢


 あなたについての怖ろしい夢を見てから、以来ずっと、私は不安で、いてもたってもいられなかったのです。どうか、言いつけを破って手紙などお送りする事を、憐れと思ってお許し下さいますよう……


 あなたは他に誰も居ない夜の波止場に立って、船も、灯台も、明かり一つも見えない真っ暗な海の、見極められもしない水平線、そのもっとずっと先を、遠い遠い向こうを眺めています。あなたの眼差し……

 それは私の良く知っている、あの、あなたが夢を語って聞かせてくれる時の、私の大好きな眼差しでした。あなたの瞳に映っているのは、けして本当の海なんかじゃなくて、冒険の海。遠い見果てぬ夢の島、なのでありましょう。黒く、暗く、けれど底知れない熱き光を、それは内に秘めているのです。


 さざなみの音が響いています。どこの港でしょう、それは、日本ではないのかもしれません。現実のあなたが今いらっしゃる場所には、もしかして、こんな何も無い海が実際にあるのでしょうか?島影も船影も見えず、寂しいコンクリートだけが延々と連なった夜の波止場……。

 海に向かって立つあなたの遥か後方には、遠く、街の灯が煌めいています。ああ、私なら、寂しさに耐えかねて、きっとすぐにその光の方へ駆け出してしまう事でしょう!何せそこには月も星もなく、重たく垂れこめた黒い雲が、地上の何もかもを海との間に挟んで、押し潰してしまいそうな夜なのですから。


 独り、立ち尽くしているあなたの側でその時、不穏な影が揺らめきました。


 虫のようです。ムカデやダンゴムシ、シデムシといった、石を除けた下の湿った地面にいるような、あんまり気持ちの良くない虫たちが、あなたの足元に集っていました。

 地面が煙って見えるくらい、異常な数の虫たちでした。服の裾から上へも、這い登ってくるようです。何ともおぞましい光景――ですが、あなたは一向に気付く気配がありません。私は何かを言ってあげたかったけれど、自分がそこには居ないという事を、夢を見ながらも私は、嫌という程わかっているのです。


 集まって来るものは、虫たちだけではありませんでした。低い轟きの内に、ガラスを爪先で擦るような、耳ざわりな音を混ぜた、鳴き声とも足音とも付かぬものを響めかせながら、何匹もの鼠が、あなたの身体目指して駆け寄ってくるではありませんか……何十匹、あるいは何百という、鼠たちはあなたの身体にとりつき、手足と言わず、頭と言わず、あなたのあちこちを齧り始めました。私は叫び声を上げた、筈です――それが音として聞こえるような事はありませんでしたが。


 次には黒くて、大きくて、獰猛な犬が、あなたの背後からいきなり飛び掛かって来ました。鼠や虫たちは驚いて逃げ去りました。

 もう、あなたの衣服はぼろぼろで、手足の指は欠け、毛髪はまだら、あちこちに生々しい肉や骨が覗いています。――それでも、あなたはずっと何かに憑かれたように、身じろぎもせずに、海の向こうを、あなただけに見えている、その景色だけを一心に見つめ続けているのです。

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