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【創作短編】ゆるり夢語り(弐)


ー弐ー


鼠は何とも一生懸命に、何か・・・綱のような物の一端を握り、引っ張っている。

腰を落として両脚を踏ん張り、両手いや両前脚でもって、うんとこしょ、どっこいしょ、と、思わず声を当てたくなるほどの――丁度、地引網とか、綱引きとかをやっているような感じで――うん?そう、鼠がだとも。

これが、その人間じみた動作といい表情といい、丸きり漫画ちっく。

あまりにコミカルなその印象は、「トムとジェリー」とか、「おおきなかぶ」とか、そういった古典的・お伽噺的イメージに近いのだけれども、しかし、これまた同時に、この鼠の容姿自体は、非常に写実的と来ているんだな。


つやつやした茶色の毛並みも、動くたび盛り上がる肩や腿の肉付きの様子も細部まで見て取れ、どこにも偽物くささはない。円らな瞳と薄い耳、つんと上を向いた鼻周辺の、ほわほわ揺れる髭などには、確かにキャラクター然とした可愛らしさを感じるものの、表情さえ除けば、それらも、図鑑で見るような鼠の写真と変わりないのだ。

種類は・・・そうだな、あまり詳しくは知らないが、ハツカネズミとか、アカネズミ、ヒメネズミ、そういう小型種のひとつと見える。しかし何度も言うように、それがきゅっと口を結んで、苦し気に、時折ふんふん鼻息を漏らし、額から汗の雫さえ垂らしながら、全身で人間のように綱を引く姿というものは・・・・・・

想像できるかい?

僕自身、その光景を目の当たりにして、それが夢で目撃しているものと理解していた筈なのに、それでもなお見ているものの不可思議さに、一時、脳の混乱を禁じ得なかった。


いや、夢だと解っていればこそ、そのあまりの現実感の重みに、耐えられなかったのかも知れない。

ぐらぐらぐるぐる、ふわふわふらふら、夢か現か、どこに居るのか、重心の置き所が定まらない感覚・・・・・・

本当に、筆舌に尽くし難い、絶妙なリアル・アンリアルの融合だった・・・・・・



まあでももしかしたら今時分、そんな位の映像はやろうと思えば、某大手映像会社の最新技術でももってすれば、容易く実現できてしまうのかもしれないな。

生憎、僕は最新鋭の科学技術などにはとんと疎くてね、そういう種類の映像を見慣れている方でもないし、・・・・・・だから、もしも同じ光景を、僕ではない別の誰かが見ていたとしたら、存外目新しくも思わず、印象にも残らないまま、夢を視た事さえ忘れていたかもしれない。

感覚の相違に依る事実の齟齬、とでも言おうか。

そういう可能性は常に、至る所に存在する。僕の感想を、横から誰かに否定されても、僕にはそれを否定できない。僕にとっての事実は、あくまでも僕にとってだけの事実だからね。何せ、こうして言葉で語られる事柄の悉くは、個々人各々の主観的観測事項、しかもそれの事後報告に他ならないのだ。


・・・いいや、けれどやっぱりここは、僕の夢の中での率直な印象を第一として話させてもらおう。細かな考察は別の機会に譲る。いちいちこんな風に立ち止まっていては、すぐまた朝に追い付かれてしまうものね。


君も、僕の言葉の至らぬ点はどうか大目に見て、まったりのんびり付き合って欲しい。

いずれにせよ、この話はだらだらと睡眠という目的地まで続く、単調な一本道に過ぎないのだし・・・・・・(つづく)




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