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【創作短編】ゆるり夢語り(伍)


ー伍ー


辺り一面に散乱しているのは、蓋の閉まった木箱や紙箱、口の閉じた袋や巾着、それから紙や布で包まれた何か・・・・・・素材から、色、形、大きさ、厚みも様々な容れ物と包みばかりだった。


それにしても、ようやく中身が出て来たというのに、やっぱり何が入っているのか判らないとは。まるで「おばあちゃんの旅支度」だ。

え?――つまりね、1つ大きな鞄があるだろ。その中に、またひとつずつ小箱や巾着で仕分けされた、いくつもの物が詰め込まれている。

万一の用心も怠らないから、こっちには筆記具、こっちには他人の分まで備えたノド飴や常備薬、こっちには着替えと、余分の下着、という感じで、ちょっと見その規模の外出に不適切と思われるほどの、沢山の中身が、きちんと仕分けして仕舞われているのだが・・・・・・なまじ、丁寧に包まれているが故に、手探りどころか、鞄を覗いてもどれがどれだか見分けが付かない。

いざ、必要な物を探した時、荷造りをした本人にさえ、なかなか見つけ出せない事もしばしばだ。

が、だからと言って不便なばかりではないのが、事ある毎に証明される。物を大切に扱うのは、年長者の見習うべき美点と言えよう。

そこでは、何もかも裸で放り込む乱暴者の鞄とは違い、物の破損は滅多に起きない。“どうせ、現地調達で何とかなる”と思っている者の、無駄な出費や浅はかな失敗も無い。

大抵の場合、入用の物はすぐには出て来なくても、鞄の中には存在するのだ。根気よく探していれば絶対に、いつかは見つけられるのさ。

・・・・・・さて?別に喩え話をするつもりではなかったのだが。



鼠は随分あっちこっちを引っ掻き回して、あれを開けたりこれを閉めたり、まるで年末の大掃除、はは、すぐまた喩えてしまったね。しかし本当に、片しているんだか散らかしているんだか、時には、うっかり懐かしのアルバムを開いてしまった時みたいに、箱を開けたまま感慨深げに眺め入る・・・・・・それが何かは見えないが・・・・・・そうして、暫くして当初の目的を思い出し、またごそごそがさがさやり始める・・・といった有様で。

しかし終には目当ての物を探し当てたらしい。



その手には、古めかしい小箱が握られていた。

これも鼠の手に対して小箱と言うくらいだから、我々からすればほんの爪の先程度なのではないかな。しかし自分がそこに居ない以上、大きさの考察は難しい。

結構、精巧なつくりの品のようで、これも夢の不思議なカメラワークにより観察可能となったわけだが、全体は上品な鶯色・・・が褪せて、薄っすら茶色味がかった布張りだ。しかも一面に、金糸で細かな刺繍が施されている。草花か何かの図案化されたような連続模様・・・・・・

口金も蝶番も金色、やや錆びは出ているが、骨董として、まあまあの美品と言えるだろう――等と偉ぶって語れるだけの審美眼も、僕は残念ながら持っていないが。

いずれにせよ年代品らしい。ぱっと見、常識的な鼠の寿命の何倍も、ともすれば一般的な人間の寿命以上の時間を、その小箱は経験してきたのだと推察される。幾度も手に取られ、受け継がれつつ、大切に使われ続けてきた雰囲気が、外から見ただけでも伝わってくる。


それを鼠が両手に持って、慎重な手つきで口金を外す。元より静かだった夢の中に、かちゃり・・・と金属の擦れる音が響く。

そうしてそっと上蓋を持ち上げた・・・・・・(つづく)




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