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少年法の改正から5カ月――「特定少年」の実名報道は、いまどうなっているのか

今年4月、少年法の改正が施行されました。成人年齢が20歳から18歳へと引き下げになったことで、従来は未成年扱いだった18歳と19歳を特別に「特定少年」と位置づけ、検察が起訴した場合は実名報道ができるようになりました。Yahoo!ニュースも、少年事件の報道に関する取り扱い方針 を4月に発表しています。この月、甲府放火殺人事件で初の実名報道が行われています。それから4カ月、特定少年の実名報道はどうなっているのでしょうか。この問題に詳しい専修大学の山田健太教授に訊きました。(取材・構成:Yahoo!ニュース、撮影:高橋宗正)

甲府の事件では、大半のメディアが実名報道をした

―この4月、甲府放火殺人事件で19歳少年の実名報道が行われました。「特定少年」として「初」になった事案です。改めてどう見ていますか?

メディア各社は、この事件が特定少年の実名報道で第一号になるだろうと考え、事前に準備した上でそれぞれの判断をしたようです。「実名、顔写真ともに公表」というメディアがある一方、「実名は公表、顔写真は非公表」というメディアもありました。「紙では顔写真を公表、ウェブでは非公表」という判断をしたメディアもありましたが、全体では大半のメディアが実名報道を行っています。

―なぜ、一部のメディアは「ウェブで顔写真は非公表」の判断をしたのでしょうか。

ウェブ上の画像は半永久的に残る可能性があるからです。新しい対応の仕方について、議論や悩みを表明するメディアもありました。事件発生地の地元メディアなど、地方紙や地方テレビ局は地域社会との結びつきも強いことから、慎重な判断を行ったケースもあるようです。ところが、注目度の高い事件としては初となった甲府の特定少年報道を除けば、「匿名」が増えています。

いくつか具体例を挙げます。検察が実名発表した事件だと、3月の寝屋川強盗致死事件がありました。実名、匿名の判断は分かれ、結果として匿名報道に踏み切ったメディアが多かった。5月に入ってからだと、江戸川の殺人事件、福島の強盗殺人事件、茨城の傷害致死事件がありましたが、ここでは地元紙が匿名にする対応をとっています。

「増える」匿名報道

―少年法の改正はされていて、実名報道はできるはずです。なぜですか?

家庭裁判所や検察が判断するに至った過程が非公開で透明性を欠いているため、メディアも自信を持って判断をしづらいのではないでしょうか。まず、最初に警察が逮捕した段階だと、名前が明らかにされていない場合が一般的です。その後の家庭裁判所の判断過程も少年法に基づき非公開とされているため、検察が起訴した段階で突然「実名」が発表されても、メディアにとっては事件の詳しい中身を知る由がありません。メディアが独自に取材をし、実名報道にするのはハードルが高い。「なんで実名にしたのか」と問われても、正直答えようがないともいえます。

―「検察次第」という面があるということでしょうか。

そう見られても仕方がない面もありますね。甲府放火殺人事件の際、検察は起訴段階で実名を発表します。このときに「この事件には残虐性がある」「地域社会に重大な影響がある」などの理由を付け加えていて、メディアはこの検察の見立てに引っ張られた印象があります。検察は恣意的な判断で、特定の情報を出す、出さないなどを決めてはならないでしょう。仮に名前を出さないのなら、説得的で合理的な具体的説明をするべきだと考えます。もし、実名・匿名を区分するとしても、可能な限り外形的(誰でも見た目でわかるような形式的な)な基準でわけるべきでしょう。

同じことは検察が実名発表する場合にも当てはまり、「重大性」「残虐性」「地域への影響」などが判断基準とされていますが、私が見る限りはっきりとした定義は見えてきませんし、抽象的な基準であることに変わりはありません。同時に検察は、殺人事件などの重大な犯罪の疑いで起訴された「裁判員裁判に該当する事件」を公表の典型例としていますが、実際に該当する場合でも実名発表になるケースは少ないのが実情だと思われます。

そうなると、特定少年の実名報道を決める上で、報道機関が独自に判断することは難しくなり、結果的に検察の判断に追随するようなことになりかねません。そこで、各メディアは地方検察庁の記者クラブなどで質問をしているものの、私が知る限り検察からの合理的な説明はないようです。いわば「ノーコメント」という返答です。

圧倒的に情報を持っているのは警察・検察・裁判所の側ですから、メディアの置かれた難しい状況はあります。ただし、読者・視聴者・ユーザーへの説明の余地はまだあるかと思います。たとえば、個別の事案でメディアは実名報道をするにあたり「残虐性がある」という表現をしますが、どういった点に残虐性があると判断したのか、はっきりと示してもよいのではないでしょうか。メディアに対する不信感の要因になってしまいかねません。「総合的に判断した」という説明も同じように思います。

―「総合的に判断」、ぼんやりとした表現ですね。

たとえば、取材の結果、明確な殺意を持って、計画性を有し、無差別に多くの人を殺(あや)めたと思われる、などの説明があればわかりやすいですよね。その一方で裁判前の限られた情報で断定的に事件を判断することは、加害少年の有罪視にもつながり、決してやってはいけないと考えます。あくまでも、裁判で有罪が確定するまでは「無罪推定」が大原則だからです。

そう考えると、ますますメディアが実名報道するのは「よっぽどの場合」でしょうが、そうした事件は特定少年に限らず「あえて実名」という前提で報じる場合もあってよい気もします。こうしたメディア独自の判断こそが自らの責任で自律的に報じるという、報道の基本だからです。だからこそ、判断に迷ったなら判断し切れなかったことをきちんと説明したうえで匿名でもよいと思います。

たとえば、「検察は起訴するにあたり匿名で氏名を発表し、追加取材で名前等を把握したものの、本人の供述も明らかになっていないなど、事件の状況に不明な点も多いため匿名にします」と報じた場合に、それでもメディアが勝手に匿名にしたと思う人はいないし、逆に名前を晒(さら)すべきだとも思わないのではないでしょうか。

なぜ実名報道が必要なのか

―報道機関は実名報道の必要性を訴えていますが、実名報道を重視するのはなぜでしょうか?

原則として「報道は自由」だからです。その上で「事実を伝える」ことが最も重要になってきます。メディアが事実を伝えることを放棄したら、それは報道ではなくなってしまいます。裁判一つ伝えるにしても「誰が」がなかったら、とてもぼやけた報道になってしまいますよね。

―確かにその通りですね。主語をぼかすことになります。

ですから、「誰が」を匿名にするのは特別な場合なんだという前提があります。もちろん、加害者、被害者への「人権配慮」という重要な観点はありますが、まずは事実を伝えることが最優先の事項になります。

なぜ事実を伝えることが重要なのか? 私はこういう言い方をしているのですが、事実を伝えることは「公共基礎情報」につながるからです。事件や事故で亡くなった方は誰なのか。誰が加害側なのか。これらは社会で共有されるべき情報です。日本の場合、イギリスなど海外の国と違って逮捕状や起訴状の公開はされませんから、こういった情報はメディアの警察取材にかかっています。

日本は独特で、事件・事故の被害者を実名で報じることを「晒(さら)し」と受け取る傾向があります。欧米社会では、亡くなった方を実名で報じることで、みんなで死を悼み、そういった犠牲・被害を繰り返さないための教訓とします。日本ではそうはならず、メディアに対する批判が起きることもあります。

なぜこういう違いが出てくるのか? 欧米社会を考えると「個の尊重」という概念があります。その延長線上に「人としての尊厳」を表す手段として、「Aさん」ではなく「実名」で報じる社会的な合意があると考えます。

事実を実名で報じ、社会で共有すれば、第三者が事後的に検証することもできるようになります。事実に対する深い考察も進みます。一方、政府や公的機関が情報を自由に操作できるような社会になれば、ある人にとっては都合がよくても社会全体にとっては健全な状態ではないかもしれません。

日本の場合は、「メディアは悪いことをするのではないか」といった批判的な見方があるように感じます。市民社会からの信頼が低いから、メディアが実名で報じる意義も理解されがたいのかもしれません。

―どんな情報が公開され、あるいはされていないのか。そういったことが明らかでない社会には恐ろしさを感じます。

「差し当たって自分の生活に特段の不便はないから、管理はどうぞお任せします」。そういった社会を望むのか。逆に居心地が悪い社会と感じるのか。それはそれぞれの社会がする選択です。

<山田健太さんのプロフィール>

専修大学文学部ジャーナリズム学科教授。専門は言論法、ジャーナリズム研究。1959年、京都市生まれ、青山学院大学卒。日本新聞協会職員を経て、2006年より専修大学。早稲田大学大学院ジャーナリズムコース等でも講師を務める。主な著書に「法とジャーナリズム 第4版」「ジャーナリズムの倫理」(ともに勁草書房)がある。

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