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ごまかしが下手な屋台のオヤジ2人組

 「金を巻き上げてやろう」という魂胆が、顔を合わせたときから見え見えだった。

 スペイン南端のアルヘシラスから船でジブラルタル海峡を越えて北アフリカ、モロッコのタンジェへ。そこから陸路でマラケシュ、そしてエッサウィラへ。今はマラケシュもエッサウィラもメディナ(旧市街)を中心に世界遺産に登録されているようだが、一世代前はマラケシュはともかく大西洋の港湾都市のエッサウィラはリゾートとして知られていた。

 エッサウィラの夕方、海岸沿いに並んだ屋台の一店でちょっと早い夕食を取ることにした。自分が歩いている場所から数十メートルはあろう遠い屋台で、オヤジ2人組がこっちに来いと大手を振って招いていて、寄ってみようと思ったのだ。遠目にも分かる黒く汚れた白衣が心配ではあったが。

 近づくと、オヤジたちは人を強引にテーブルにつかせ、注文もしていないのに、勝手に何かを作り始める。黙っていれば何を出されるか分からない。「まだ注文をしていない!」と言うと、「おお!」とわざとらしく驚きながら、ボロボロになったメニューを見せてくる。現地の言葉で書かれていて、料理も価格も分からない。メニューを見て注文するのは諦めて、イワシを指差して焼いてくれ、野菜を指差してサラダを作ってくれと頼んだ。

 オヤジたちは「分かった」というような素振りを見せ、作り出す。「いくら!?」と聞くとまた、「おお!」とわざとらしく驚きながら、そして人の顔色を伺いながら、指でそっと価格を告げてくる。いかにも騙そうという顔付きだ。

 モロッコに入って数日経っていたので、食事のだいたいの相場は分かっている。オヤジたちが言ってきたのは倍ぐらい。法外なぼり方ではない。何となく人の良さというか、気の小ささが伝わってくる。「高い!」と返すとすぐに、立てていた指を半分ぐらい折り曲げた。

 塩で焼いただけのイワシは新鮮で、7〜8匹とボリュームもあって美味かった。こんなにシンプルで美味い魚はエッサウィラのほかに、後にポルトガルの港町、ラゴスで食べたイワシぐらい。どちらも大西洋。サラダは辛めのドレッシングでベチャベチャだった。足し引きしてイワシの美味さでプラスとなり、料理としては満足だった。

 会計。ごまかそうとするに違いない。気を引き締める。値段を再確認して紙幣を渡す。それを受け取ったオヤジの1人は釣り銭を手にし、こちらの顔色を伺いながら半分だけ返してくる。「そっちは!?」と未だ手にしている残りをすかさず指差すと、「おお!」とわざとらしく驚きながら即座に手渡してきた。最初から最後まで、ごまかしが下手だった。

 そしてこちらは、その日の夜から立ち上がれないほどの腹痛となり、完治するまでに1カ月を要した。あのサラダがあたったのだ。

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写真は全て当時の紙焼きをスキャンしたもの。

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