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『詐欺師は天使の顔をして』斜線堂有紀 著(講談社)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2020年1月

 しばしば0から1を生む人間と1から100を生む人間は対比的に語られる。無から有を生み出す人間と、あるものを発展させる人間。そして、呉塚要は0から100を生む人間だった。存在しない霊能力を奇術で演じ、見目麗しい男をカリスマ霊能力者に仕立て上げたこの男は0から100を生んだ詐欺師だった。自身は舞台に立たず、生まれながらの美貌とカリスマ性を持つ子規冴昼と霊能力詐欺を行い共犯関係を営み続けていた要。しかし、その楽しく幸せな生活は冴昼の失踪で終わりを迎えた。それから三年後。冴昼を失ったことを受け入れられず日々を無為に過ごした要の元に、一つの電話がかかってきた。親愛なる相棒は、異世界で殺人の罪を着せられていた。


 関係性ミステリの名手と名高い斜線堂有紀氏が送る特殊設定関係性ミステリ『詐欺師は天使の顔をして』。今までも濃い関係性を鮮やかに描き出してきた斜線堂先生だが、今回は関係性を物語に溶け込ませたより錬度の高い作品だった。今作の関係性と謎を深く語りたいのは山々だがそれではネタバレになってしまうので、ここでは呉塚要の万能性の例外に注目して関係の外枠だけ語らせていただこう。


 呉塚要が万能なのは人を霊能力者に仕立て上げて人様を騙しまくり一世を風靡したことからおわかりいただけるだろう。人身掌握術から奇跡と見間違う手品までお手の物。0を100にできる人間。だが彼は1を2にすることが出来なかった。子規冴昼を諦められなかった。要の技術があれば冴昼失踪後も第二、第三の冴昼を作り出すことは出来たのに彼は冴昼に執着したのだ。要は冴昼は何かに選ばれた人間だと確信し、彼を唯一の相棒とし、異世界にまで追いかける。そんな要の思いに果たして冴昼はどのような思いを持っているのか。要への信頼は言動から明らかに読み取れる。けれども自分の持つ唯一性をどこか信じていないように見える。異世界で冴昼は要にこう問いかける。「俺の代わりは、もう見つかった?」と。唯一性の証明。これはこの小説のテーマの一つであり、関係性を関係性足らしめる重要な要素である。唯一性。君の代わりはいない。一生一人を追い続ければ死ぬ間際には理解してもらえるだろうがそれでは遅いのだ! さあ、何をすれば証明できるのか。一番手っ取り早いのは自分が一つしか持たないものを相手に捧げることだろう。もしくは自ら苦痛を得ることで思いの深さを想像させるのも悪くない。この物語では果たしてどのような手段で唯一性が証明されるのか楽しみにして読んでほしい。冒頭1ページ半で要と冴昼の華麗な詐欺は語ることができるのに、互いの唯一性の証明は文庫一冊かかってしまう。これが関係性なのだろう。

文責:神浦七床


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