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京極夏彦〈百鬼夜行シリーズ〉全レビュー|第15回:『鵼の碑』

2023年9月、京極夏彦の〈百鬼夜行シリーズ〉最新作『鵼の碑』が、17年の時を経てついに刊行された。第1作『姑獲鳥の夏』刊行からおよそ30年、若い読者には、当時まだ生まれてすらいなかった者も多い。東大総合文芸サークル・新月お茶の会のメンバーが、いま改めて〈百鬼夜行シリーズ〉と出会う連載企画。毎週火曜更新予定。

 作家である久住は、ある女性から父親殺しの記憶を告白され、探偵の益田は失踪者捜索の依頼を受ける。そして、刑事である木場は消えた三つの他殺体、学僧の築山は過去目撃された妖光という、それぞれ異なる謎に出会う。過去の出来事同士に繋がりはあるのか、浮かび上がる「鵼」の正体とは——。

 『鵼の碑』は、百鬼夜行シリーズ17年ぶりの新作長編である。単行本とノベルス両方で発売され、発売日には多くの書店で平積みが見られた。単行本で1280ページ、ノベルスで832ページ、ファン待望のレンガ本だ。言葉を尽くしてこの感動を表したいのは山々だが、割愛して先に進むことにする。

 今回の妖怪は「ぬえ」である。ヌエには鵺、鵼の字があるが、この作品は鵺ではなく、「鵼」の物語なのである。目次を見ると、蛇、虎、貍、猨、鵺、鵼と並んでいる。ヌエは一般的に、頭は猿、体は狸、尾は蛇、足は虎、鳴く声は鵺(この場合は虎鶫)の怪物とされる。つまり、登場人物たちはそれぞれ「鵼」の一部を追っていくこととなるのだ。全ての謎が揃った時、鵼は立ち現れる。

 しかし、鵼は化け物の幽霊、居るけれどいないものなのである。人は理解できない時、納得できない時に居ないものを生み出す。それは支えとなる場合も多いが、信じ込みすぎると取り返しのつかない事態をもたらしうる。高度経済成長期が近付いている作中では、すでに化け物が効力を失いつつあり、今の世では、もはや化け物が居るものとして存在することはできないだろう。現在にも居ないものはいる。しかし、「鵼」のような化け物が居ることができない現在、居るのはより無粋なものかもしれない。

 百鬼夜行シリーズは、巷説百物語シリーズなど他のシリーズと世界を共有しており、別シリーズの出来事が事件に影響を与えていることも多い。その中でも、今作は他シリーズとの繋がりが強い作品となっている。今まで読んだことがない人も、今作を機に他作品を読んでみるのもいいだろう。

 『百鬼夜行 陽』には、この作品につながる物語が載っている。ここから、『鵼の碑』の構造がすでに京極夏彦の頭の中にあったということがわかるだろう。次回作の予告もすでにされていて、タイトルは『幽谷響やまびこの家』だ。読者の前に現れる幽谷響は、どのような様相を示すのだろうか。京極夏彦の頭の中が文章化されるのを待とうではないか。

(藤巴)

*本連載は今回で完結となります。15回にわたってご愛読いただいた皆様、ありがとうございました!
(本連載は加筆修正の上、2024年5月頒布開始予定の『月猫通り』2184号に掲載予定です。)


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