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京極夏彦〈百鬼夜行シリーズ〉全レビュー|第14回:『今昔百鬼拾遺 月』

2023年9月、京極夏彦の〈百鬼夜行シリーズ〉最新作『鵼の碑』が、17年の時を経てついに刊行された。第1作『姑獲鳥の夏』刊行からおよそ30年、若い読者には、当時まだ生まれてすらいなかった者も多い。東大総合文芸サークル・新月お茶の会のメンバーが、いま改めて〈百鬼夜行シリーズ〉と出会う連載企画。毎週火曜更新予定。

 わたしたちは、常日頃から情報を無意識的に選択し続けている。のみならず、他人が取捨し終えたあとの情報を、丸っと生の情報と誤認して受け止めてしまう。加工された情報と生の情報、この間にある情報量の差が死角を生み、そしてそれが謎を生む。妖怪はこの死角を好み跋扈する。

 本書は〈百鬼夜行〉シリーズの番外編短編集、中禅寺敦子の巻である。中禅寺敦子といえば、ご存知京極堂こと中禅寺秋彦の妹君であり、〈百鬼夜行〉シリーズに出てくる登場人物のなかでも数少ない「社会人」である。もうひとりのキーキャラクター、呉美由紀は『絡新婦の理』以来の登場だ。社会に対して正対しているとはいいがたい京極堂一派に比べ、彼女も敦子同様真っ直ぐとした人物として描かれている。そのためか本編や他の番外編に比べて酩酊感は薄く感じられるが、その分本シリーズの入門として強くおすすめできる一冊になっている。

 本作には中編——といっても、それぞれ文庫一冊分だ——が三つ入っている。「鬼」は連続辻斬り事件に隠されたちぐはぐさを聞き込みと推理にて解きほどしていく、シリーズにしてはかなり普遍的なミステリの形を取った一編だ。シリーズ本編ではあまり見られない敦子の記者としての本領が垣間見える作品になっている。

 「河童」では、尻が丸出しになった水死体が連続して発見されるという連続不審死の関連を敦子たちが追う。河童という妖怪の在り方から事件の構造を捉えようとする、「鬼」から一転してかなりシリーズらしい作品といえよう。ここではお馴染み妖怪マニアの多々良も登場し、河童にまつわる様々な蘊蓄をふるってくれる。

 三つ目の「天狗」では、ある山で女性の遺体が発見されるが、その遺体は約二ヶ月前に別の山で失踪した他の女性の着衣を身に纏っていた、という化かされたような謎に迫る。凝り固まった固定観念を持ち、それを以てして他人を規定する老人に対し、無垢な眼で現象を捉え啖呵を切る美由紀の弁舌が清々しい。なぜならばそれこそが、憑物落としだからだ。

 さて本作に登場する妖怪は「鬼」、「河童」、そして「天狗」である。見ての通り、とことんメジャーな御三方だ。どの妖怪も一度は聞いたことはあるだろう。それどころか知名度を調査すれば、多くのひとが「その妖怪、知ってる」というに違いない。しかし妖怪はそこにつけ込んでくる。本作を読めば分かる、わたしたちは其れらのことを、なにも知らなかったことを。

(月見怜)


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