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『最後の楽園 服部まゆみ全短編集』服部まゆみ 著(河出書房新社)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2020年1月

 服部まゆみの筆致は、移ろいゆく時をひときわ美しくとらえ、人間心理の機微を本格ミステリの切り口で魅せる。その上品な表現力を用いて憎悪や劣情、そして魑魅魍魎に至るまであらゆる隠微なものを書き出す。その技術には思わず息を呑む。著者の作風を語る上で頻出するのは「耽美」の一語だが、実のところ服部はその世界観に耽り浸るというより、むしろ見事に飼いならしているように思える。

 短編においては特に、その類まれな小説技巧の骨格を垣間見ることができる。没後十余年、本書は雑誌等に発表された中短編を網羅した一冊だ。不協和音を奏でる人間関係と殺人を主題にした本格ミステリを中心として、サプライズあり、ホラーあり、そしてもちろんゴシックロマンスありの一冊となっている。

 この本の魅力はなんといっても、無造作に繰り広げられる幻想劇が、謎解きを軸として物語を織りなし、そして意外な帰結に着地する面白さだ。本格ミステリの理屈で結末がつく作品が多いが、超自然的な展開になる話も混ざっているので、読んでいる間はどちらに落ちるのか分からない緊迫感もある。これがまた良い。

 夫の愛人に対して異常な思いやりを魅せる正妻。彼女を中心に歪な家族を描く一作「」では、人間関係の見え方が二転三転とし、主人公が推理を進めれば進めるほど、周囲への疑念は深まり、それまで見えていた美しい景色や思い出までもが歪んで疑わしいものになっていってしまう。
 画商が出会った芸術品が背筋凍る怪事を巻き起こしていく二作「」「」では、次々と起こる怪現象に一通りの説明をつけていくのだが、その着地点はあまりに不気味で忘れがたい。
恋する心」は一見ミステリらしさのなく愛らしいショートショートだが、その構成には一縷の無駄もない。

 声を大にして云い添えたいのは、どの作品においても服部まゆみの本格ミステリ的センスの高さがあらわれているということ。特に「謎解き」の段階で「何を明かし何を明かさないか」という匙加減の上手さに注目したい。ミステリにおいては、「ある事実」を明かすことによってまったく思いがけない視点が生まれ、そこから新たな物語が紡がれていく。しかし本書の中ではその「新たな物語」までは書き切られていない。あくまでそれを読者に委ね、沈黙することによって最上級の雄弁さを獲得している。

 そうした所作に著者のミステリセンスがある。際立ってそれが感じられたのは「」という作品だ。うぶな恋心、きな臭い家族構成、そして殺人……まさに著者らしい一作だが、ここにおいても著者の語りには一切の過不足もない。無駄がないというより、隙がない。

 皆川博子は服部の作風を「膨大な量の薔薇によって得られる一滴の香油」と形容した。選び抜かれた言葉を慎重に紡ぎ出すその作風は、まさに洗練の極みだ。

 隙のない語りはある種の構成美を生む。作中にも和歌、ソネット、オペラなど巧みに構成された古今の芸術作品への言及があるが、それらと服部まゆみの精緻な小説はきわめて近い所にある。何よりこの作品集、第一部が短編8本200ページ、第二部が中編100ページ、第三部が再び短編8本で200ページという均整のとれた構成になっているのだ。編者が誰かは分からないが、服部の美学をこの上なく深く理解した書籍として仕上がっていると云えるだろう。

文責:夜来風音


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