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『大天使はミモザの香り』 高野史緒 著(講談社文庫)

新歓期特別更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー

 オーケストラ……その単語の持つ美麗な響きに、多くの人は尻込みしてしまうことだろう。音だけでなく空間そのものが芸術を成し、我々は外からそれを享受する。観客席からの手拍子や歓声に彩られるポップスのライブとは構造の違う孤高が、オーケストラの演奏者には備わっている。
 本作における主人公、音羽光子もその一翼を担う存在だ。しかし、その目を通して語られる世界は、「アラフォー地味美人」のそれである。彼女の目は我々読者と同じ目線で世界を語ってくれる。合間に挟まる音楽知識を「呪文」と受け流す「天才高校生」小林拓人もそうだ。コメディ的なやりとりも相まって、美麗な世界を手軽に読者に提供してくれる。
 提示される謎も、クラシックコンサート同様、一級品である。本書における最大の謎……名器バイオリン《ミモザ》が厳重に管理されたホールから忽然と姿を消した。この一文に期待を膨らませない読者がどこにいようか! 魅力的な謎だけで読み応えがある上、二転三転し当初とは全く違う様相を呈すようになる物語は、まるでクラシックの楽章のようにスタイリッシュであり、重厚だ。重厚……誰であろうと、読み終わった後にこの作品を総括するならばこの単語が出てくるはずである。一癖も二癖もある登場人物(容疑者)たち……彼ら一人一人の行動が絡み合い、共鳴し合うことで「ミモザ消失事件」は「事件」から「物語」となる。
 ところで、光子たちの所属する「東京アークエンジェル・オーケストラ」は結成したばかりの楽団である。第一回の本番を通じて本物のオーケストラになる、とコンサートマスターは作中で意気込んでいる。この一言は非常に示唆に富んでいる。考えてみれば、オーケストラも物語も、表現の受け手(有り体に言ってしまえば、お客)が加わることで完成するのだ。それは本書とて例外ではない。いずれかの登場人物のパートに注意してもいい。それらが重奏となって織りなす全体の流れを見てもいい。オーケストラ同様、受け手の数だけ、楽しみ方がある。
本を開いた瞬間から、読者は物語の一員なのだ。

                               (まぜらん)

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