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【note連載版】ライトノベル回顧2023|レビュー:『好きな子の親友に密かに迫られている』 土車甫 著(角川スニーカー文庫)

新月お茶の会の自称ラノベ担当・はじめまことが、今年1年のラノベ界隈を振り返る。週にひと月を取り扱い、12週間で1年を振り返ることを目的とする。蒸発した場合も『月猫通り2183号』に掲載予定なのでご心配なく。毎週土曜更新予定。

【あらすじ】
 俺は、強く気高く、そして微笑むと誰よりも可愛い初恋の人――夜咲美彩に幾度となく告白をしては、毎度玉砕している。
 そんな諦めの悪い俺の前に立ちはだかるのは、夜咲の親友・日向晴。そして肝心の夜咲はいがみ合う俺たちを微笑ましげに眺めている。こんなちょっぴり変わっているけど平穏な俺たちの日常は、とある一つの“誘い”をきっかけに徐々に崩れ始める。
「あたしのこと、全部好きにしていいよ。……美彩の代わりに」
 潤む目。触れる柔肌。二人きりの部屋の中、熱に浮かされたような表情で迫ってきたのは、友達だったはずの日向で――!?
 一途な初恋と抗えない欲望、その間で揺れ動く恋物語開幕。

※このレビューはネタバレを含みます。

 端的に言うならば「二番目彼女」から綺麗にエグみだけを取り除いた作品。恋に落ち沈み壊れていく女の子の描写がとにかく上手い。不安定な停留点でのラブコメが上手すぎる。個人的には今年一番のラブコメと言っても過言ではない。恋する乙女が最強可愛いラブコメ。

 まず、全体の構成について。最近のシチュコメはメインとなるシチュを導入として持ってくることが多いが、この作品では一巻の引きまで綺麗に引き伸ばす。如何にして好きになったか、如何にしてその子に親友ができたか、如何にしてその親友が密かに迫ってくる状況になったのかと言うシチュエーションの構築を一冊丸々使って丁寧に行っている。あらすじで騙されそうになるが、少なくとも一巻に関しては最後の行こそが本質であり、しかも「一途な初恋」も「抗えない欲望」も綺麗にダブルミーニングになっている。最高だ。

 さて、まずは美彩さんについて。元はといえばこの人の正ヒロイン力が高すぎたのがこのシチュ誕生の原因である。最初の100ページは(やや不穏なところはあれど)紛れもなく美彩さんとの至高の1on1ラブコメだし、その後も順調に主人公視点でのラブコメが進んでいく。なんとプロローグ(タイトルのシチュの紹介)を反転させたシチュで二人で買い物に行ったりする。晴ちゃんは涙目である。

 そんな晴ちゃんだが、こちらも負けてはいない。先述した「やや不穏なところ」を第三話の怒涛の晴ちゃん視点&回想で全回収し、恋に堕ち壊れていく女の子として暴力的な可愛さを見せつけてくる。その後100ページは主人公視点と晴ちゃん視点が細かく入れ替わり、見事な表面上の安定と三角関係の実情が描かれていく。主人公が美彩さんに毎日告白する度に心のうちで黒い感情が爆発する晴ちゃん。水着や浴衣の感想を同時に聞いて対応の差に傷つき嫉妬しつつも褒められたことへの歓喜が勝ってしまう晴ちゃん。焦って暴走して失敗して自己嫌悪しながらも環境を嘆く晴ちゃん。全てが可愛い。

 そしてここで終わらないのがこの物語。シチュのためとはいえそろそろ晴ちゃんが強くなりすぎたかな?と思っていたところで満を辞して美彩さん視点がやってくる。しかもご丁寧に第一話「瀬古蓮兎の恋」、第三話「日向晴の恋」に対して第五話「夜咲美彩の?」である。最後の最後でこの物語を「二つの恋の物語」から「三つの恋心の物語」に塗り替えてくる。そしてそのままエピローグでタイトルのシチュに導入し、次巻に続いていく。ここからが本番だぞ。シチュの導入までで素晴らしいのに本番はこれからである。どうにかしてくれ。

 持論として「エロコメに求めるべきはエロさではなくエロを許容することでしか描けない空気と関係である」というのがあるのだが、それを見事に体現してくれた素晴らしいラブコメだ。僕は「二番目彼女」がしんどすぎて5巻で止まっている人間なので、この作品に対する期待値がとても高い。是非とも続刊していただきたいものである。

(はじめまこと)


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