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『愚かな薔薇』恩田陸 著(徳間書店)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2022年01月

 賢いバラは散り際をこころえている。美しさを失ったときバラは散る。だけど、愚かなバラはいつまでも咲き続ける。呆けたように、いつまでもいつまでも真っ赤なままで-

 舞台は近畿地方の田舎町、磐座いわくら。季節は里バラの咲く、夏。町の駅舎に一四才の少女が降り立つ。磐座の町には一〇〇〇年前からつづく奇妙な夏祭りがあり、その最中に日本中から選抜された二〇人の少年少女たちが山寺でキャンプをするのだ。キャンプの間、彼女たちの身体は内側から別の存在へと変質していく。血を吐き、苦しみ、やがて、身体が血を求めはじめる。祭りが最高潮にたっしたとき、彼女たちのごく一部のみが変質を完了する。そのとき初めて、永遠の命と、外宇宙探査船“虚舟うつろぶね”に乗船する名誉を得るのだ。

 幻想SFの旗手・恩田陸がSFJapanと読楽に一四年かけて連載した大作である。頁数は単行本にして五〇〇頁超、手にとると歳月の重みがずっしりと伝わってくる。しかし読破にはまったく苦労しない。歯切れの良い文体がするすると頭に入っていき、真夏の山村がありありと感じられる。

 本作の主題は通過儀礼イニシエーシヨンだ。キャンプについて全くの無知だった少女、奈智は、急速に変質していく自らの体に怯え、恐怖心をいだく。だけどそこでキャンプから逃げてしまえば、皆の期待を裏切る事になる。いなくなった両親につながる手がかりも永遠に失われてしまう。しかし同時に、成熟するということは、磐座をおおう醜い利権争いの沼と、国家の押しすすめる計画に参加することでもあり……。奈智のすすむべき世界は、その吸血鬼の耽美な外見とは裏腹に、金銭をつかって個人に義務を押し付ける、現代社会の醜悪さに満ち溢れている。大人になるべきか、ならざるべきか。奈智は必死にあがき、思いなやむ。その姿は同年代の読者の胸に、ぐっと突き刺さるに違いない。だが、この小説は青臭い葛藤を描いただけではない。少年少女の戸惑いは、地球から旅立ち、揺籃期から脱しようとする人類の苦悩と重なっている。青春群像劇とポストヒューマンSFが圧巻の密度で交叉していく。

 一〇〇〇年続く町の祭り、夜な夜な血を求めて徘徊する少年少女、町にうごめくあやかしのかげ、ふんだんに詰め込まれた伝奇系エッセンスが美しく、世界の秘密が次々にあらわになるミステリタッチが好奇心を引き立てる。SFとして抜群に鋭く、それでいて幻想と怪奇の空気がたっぷりと漂っている。

(ミイラ鳥)


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