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麻耶雄嵩 著『名探偵 木更津悠也』 復刊希望!ノベルス作品レビュー no.11

 書店から次々と姿を消しつつある新書判の小説「ノベルス」。全盛期には各社から様々なジャンル、多彩な作品が刊行され、中にはノベルスでしか読めない傑作もある。今、改めて読み直したい。そんなノベルス作品を追いかけて、リレー形式でノベルスの傑作群を紹介していきます。毎週金曜更新予定。

 木更津悠也は麻耶雄嵩の創造した名探偵である。木更津は非常に誠実で、人望もある。まさに、名探偵にふさわしい人格の持ち主だ。そんな彼を語るにあたって、絶対に外せないのが助手である香月実朝の存在だ。香月は優秀なワトソン役であって、彼は自分が名探偵にはふさわしくないことを自覚している。だからこそ、香月は誰よりも名探偵木更津悠也を敬愛し、信じている。名探偵木更津悠也の活躍を誰よりも待ち望んでいるのは、ほかでもないこの香月実朝である。

 さて、木更津悠也という名探偵は『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』が初出である。しかしながら、『翼ある闇』はまったく一筋縄ではいかない物語なので、正直なところ "名探偵木更津悠也の素晴らしい活躍が見れる小説" ではない。また、木更津悠也が登場する長編小説に『痾』と『木製の王子』があるが、この二つの主人公は如月烏有という別の青年である。そう考えると、純粋に名探偵 木更津悠也の活躍を読みたいのであれば、短編集『名探偵・木更津悠也』を読むのが一番である。

『名探偵・木更津悠也』は、そのタイトルの通り名探偵・木更津悠也が活躍する短編集である。一貫して白幽霊と呼ばれる幽霊の存在がギミックとして使われているが、あくまでギミックであってオカルトチックな話は出てこない。面白いのが白幽霊はいるという前提で話が進んでいくところで、幽霊すらも生かしたロジックが組み立てられていく。その影響もあって、事件が歪んだ構造を取るのも見どころで、一ミステリ短編集として文句なしに面白い。

 しかし、この短編集には単なる名探偵の活躍集とはいいがたい大きな歪みが存在する。短編の一作目「白幽霊」で、読者は木更津悠也と香月実朝の特殊性を知ることになる。もっともこれは『翼ある闇』でも見られたものなのだが、ここで改めて明確に "そうであること" が提示される。二作目「禁句」と三作目「交換殺人」は、比較的穏やかに進んでいく。木更津と香月は、今まで何年もこの関係だったのだろうと感じさせられるような穏やかな会話。あくまで歪みが見えるのはメタ視点のみであって、作中登場人物は当然ながら気が付かない。気が付かないはずであったのに、四作目「時間外返却」において木更津は唐突にある一つの真実を明かす。それは、彼らの関係性の根本を揺るがす非常に重大な問題であって、これにて木更津悠也と香月実朝の関係は一つの転換点をむかえる。

『名探偵・木更津悠也』は残念ながら絶版であるが、名探偵というものを語るにあたっては外せない歪んだ名探偵像が示されている。ただし、木更津悠也は紛れもなく "名探偵" である。そして "ワトソン役" 香月実朝は、"名探偵" を讃えている。この事実こそが歪みの原因でもあるのが非常に面白い点であるが、何がどう歪んでいるのかはぜひとも『名探偵・木更津悠也』で確かめてほしい。

 ちなみに、「時間外返却」よりも明確に時系列が遅い作品は未だ出ていない。そのため、転換点をむかえた二人の関係がその後どうなったのかは読者にはわからないままである。もしかしたら彼らは「時間外返却」で破綻したのかもしれないし、何事もなく進んでいるのかもしれない。いつかその先の物語が出るとき、木更津悠也と香月実朝の関係性はどうなっているのか、ファンとして非常に楽しみである。(久野川聖)



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