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『錬金術師の密室』紺野天龍 著(早川書房)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2020年2月

 ライトノベル畑の作家による、良質な本格ミステリである。遥か二千年の昔、神の子によって授けられた神の叡智、錬金術。また同時に与えられたエメラルド板には、神の領域に至るまでの段階が七つ、記されており、最初の段階たる《第六神秘・元素変換》を実現できる者が、錬金術師と呼ばれていた。世界にたった七人しかいない錬金術師は、各々が戦略級の兵器に匹敵する存在であり、各国が抱える錬金術師は、抑止力として機能している。極めて限られた数の能力者という設定は、久住四季『トリックスターズ』シリーズのオマージュだろうし、《第六神秘》といった用語には、Fateシリーズの影響が色濃くみられる。そのような外連を柔軟に取り入れた設定の元、一般的なミステリではなされにくい試みに挑戦できるのは、ラノベ本格ミステリの強みと言えるだろう。

 左遷され、僻地の基地で燻っていた情報局の新人、エミリア=シュヴァルツディーネ。彼は情報局長の命によって、王国唯一の錬金術師、テレサ・パラケルススの内偵を請け負うことになる。二人は、メルクリウス・カンパニィ本社の招きのもと、とある式典に出席するために水上蒸気都市へと向かうこととなった。

 招待者は、同社所属の錬金術師、フェルディナント三世。彼は《第四神秘:魂の解明》の成就を謳っており、それを公の場で実演しようと、式典を計画していたのだ。だが二人が到着した夜。自らが寝起きする地下の研究部屋で、三世は刺殺体となって発見された。しかし、部屋へ至る経路は三つの扉が塞いでおり、誰も通過した形跡が残っていない。錬金術が使用できることで、唯一犯行が可能とみられたテレサは、翌日までに真犯人を解明しねばならない羽目に陥ってしまう。

 事件の中心となるのは、《第四神秘:魂の解明》。それに成功した三世は、自らの肉体を若返らせると共に、自作した魂を機械人形に組み込んで作成したホムンクルスを、メイドとして傍らに置いていた。前人未踏の偉業をなした彼は、なぜ殺されねばならなかったのか。そして犯人は、いかにして密室殺人をやり遂げたのか。
事件にまつわる真相が次々と暴かれていく七章後半以降は、その巧みな見せ方も相まって、ページをめくる手を止めさせない。導入した設定を駆使した真相は、特に目新しさはないがよく考えられている。また、真相が明らかになると共に、捜査の過程で明らかになったいくつもの事実が繋がっていったり、その意味するところががらりと変わったりする。加えて、とあるサプライズを上手にストーリーに組み込んでおり、主人公コンビの“その後”へ大きな期待を持たせる幕引きに繋げている。どんでん返しもうまい。謎とその解決を紡ぐ手際は、第一作目とは思えないほどに、鮮やかなものだ。

 だがその一方で、欠点も多い。序盤や中盤の複数の箇所で、キャラの行動や展開にまるで説得力がなかったり、キャラ描写に稚拙な点があったりする。また、単語の選び方に無神経な所があり、ファンタジーの雰囲気を損なっている。小説としては、大分改善の余地があるだろう。

 だがそれでも。この作者が腕を上げた暁には、もしかしたらより面白い本格ミステリを書き上げてくれるかもしれない。ラノベでしか描きえないような物語。ラノベだからこそ許される設定ならではの仕掛け。それらが高い次元で融合したミステリが、世に送り出されるかもしれない。そうなることを願いつつ、筆者は次作を楽しみに待つことにする。

文責:剣崎聖也

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