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『地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険』そえだ信 著(早川書房)

毎月更新 / BLACK HOLE:新作小説レビュー 2021年1月

 交通事故に遭った刑事が目を覚ますと……体がロボット掃除機になっていた!

 衝撃的な、というかほとんど出オチに近い冒頭から始まる本書。クリスティー賞で大賞を受賞した著者のデビュー作だ。奥付の発行年月日は2020年11月25日──本来であればこの記事で紹介するのは直近二ヶ月間の新作ということになっているのでギリギリではあるのだけれども、しかし直近のミステリシーンを語る上では欠かせない作品だと思い、紹介する。

 主人公は北海道在住の警察官。諸事情により小学五年生の姪と二人暮らしをしている。そんなかれがひょんなことから「掃除機」になってしまう。どうやら現実のかれの肉体は病院で昏睡状態にあるらしいのだが、そうなると今度は家でひとりぼっちになってしまう姪が心配だ。しかも彼女の「元父親」は札付きの暴力男で、主人公は姪の身を案じて彼女を助けに行く──もちろん掃除機の体で。
 そうはいっても、かれが目覚めた場所は自宅から30km離れた場所。ロボット掃除機の歩速(?)ではとうてい遠くまで行けない。その上、かれは偶然にも近くで起こった殺人事件の捜査に巻き込まれてしまう。次々と起こるトラブルを解決して、姪を助けに行けるのか?

 全体的にユーモラスな調子でありつつも、話の展開は非常にタイトで無駄がない。小動物や子供の脅威に怯えつつ、掃除機ロボットが屋外をひた走る展開などは、この手の冒険ものの「あるある」を押さえているし、それでいて主人公が刑事としての経験と知識を活かして行く先々の事件を解決していくという面白みもある。
 思うに、ミステリの作劇においては二種類のアプローチがある。ひとつは謎や問題の難度を上げる手法。そしてもうひとつは探偵役側にハンデを与える手法。本書では後者の方に注力しつつ、加えて謎解き要素にも独特の捻りをつけている。掃除機の視点から集めた手がかりで、何が導き出されるのか。小さな意外性を積み重ねていくテクニックに、作者の細やかな配慮が見える。

 本書はいわゆる異世界転生ものの文脈を踏まえた作品でもある。もちろん本書には「異世界」は出てこないし、主人公が経験するのも正確には「転生」ではないのだが、とはいえ冒頭部分で掃除機ロボットとなった語り手が現実を少しずつ把握して自分の能力を模索していく描写は、流行りの異世界転生ものを踏まえたからこそ出てくる視点だといえる。それこそ作中に登場するロボット掃除機よろしく、最新式のガジェットを搭載した一作だ。

 作劇上の構成としては「主人公がはたして小樽までたどり着けるのか」という部分が軸になっているので、いわゆる本格ミステリ作品とは違った味付けがされている。(この点ではクリスティー賞選考会でも指摘されていたようだ)。
 しかしながら、サイドストーリーにミステリならではの問題解決、トライアル&エラーの構造を持ち込んだ上で、全体としては二時間の映画のような時間感覚で物語を成立させているというのは、かなりの小説巧者だ。DVや高齢者運転など現代社会の問題を取り扱いつつも、雰囲気が重くなりすぎない絶妙のバランス感覚も見事。
 ぜひ今、読んでおきたい一冊だ。

文責:夜来風音


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