見出し画像

はやみねかおる 著『少年名探偵虹北恭助の冒険』 復刊希望!ノベルス作品レビュー no.17

 書店から次々と姿を消しつつある新書判の小説「ノベルス」。全盛期には各社から様々なジャンル、多彩な作品が刊行され、中にはノベルスでしか読めない傑作もある。今、改めて読み直したい。そんなノベルス作品を追いかけて、リレー形式でノベルスの傑作群を紹介していきます。毎週金曜更新予定。

 初めてミステリを手に取った時から、ずっと意識している言葉がある。それは「赤い夢」で、この言葉にピンときた人は間違いなく同じ夢を見続けている――。

 夏といったら海と山、つまり孤島と火山ということで、今回紹介するのはぼくを本格ミステリの沼へと突き落とした作家、はやみねかおるによるノベルス作品『少年名探偵虹北恭助の冒険』だ。

 著者本人があとがきで言っているように、はやみねかおるは講談社の青い鳥文庫で活躍している『児童向け推理小説書き』である。しかし、ここで強く言いたいのは児童向け推理小説、とは言っても子供だましな推理小説を書いているわけではないということ。例えば彼の代表作の一つに夢水清志郎シリーズがあるが、このシリーズで披露されるトリックやロジックは「大人向け推理小説」顔負けといってもいいほどのレベルの高さである。愛するミステリと真摯に向き合い、子供たちにミステリの楽しさを伝えることがはやみねミステリの本懐なのだ。

 そんなはやみねかおるが大人向けに推理小説を書いた。それが「推理小説の鬼たちが原稿を書き、推理小説の鬼たちが編集する、推理小説を愛する人たちのための雑誌」(あとがきより)、『メフィスト』に連載されたのちノベルスとして発売された、虹北恭助シリーズの一作目である今作だ。今作には五つの短編が収録されている。なぜかお店の商品が増えていく謎を解く「虹北みすてり商店街」。心霊が写真に写りこんだ怪現象を解く「心霊写真」。商店街に残った透明人間がつけた足跡を紐解いていく「透明人間」。願いが叶うビルのからくりを見抜く「祈願成就」。少年名探偵虹北恭助の小学校卒業を彩る「卒業記念」。いずれの作品も素晴らしいが、とくに三作目の「透明人間」はワットダニットの傑作だ。誰もいないのに次々と浮かび上がった足跡に遊歩道に残された大量の足跡、そして時季外れに設置された不可思議な飾りのすべてを噛みあわせ、そこで何が起きていたのかを明らかにした虹北恭助の推理には脱帽である。

 また、はやみね作品ならではの良さも紹介したい。探偵虹北恭助と語り手の野村響子の成長や、人間である以上神にはなれない探偵の葛藤など、物語としての面白さも一級品だ。そしてこの作品にも、はやみね作品には欠かせない推理小説ファンがにやりとできるネタが随所にちりばめられている。たとえばこの商店街には「メヌエット賞」なるものがあって、第一回受賞企画は「すべてがトウフになる」、第二回受賞企画は「コミック」だし、そしてなにより主人公虹北恭助の実家は「虹北堂」という古本屋なのだ。某怪盗ではないが、小説に必要なのはC調と遊び心!

 最後にはやみね作品から卒業してしまった人たちに向けて、一つだけ紹介したい作品がある(ノベルスではないので職権乱用かもしれない)。今年の七月に講談社から発売された単行本『令夢の世界はスリップする 赤い夢へようこそ -前奏曲-』だ。この本を嚆矢に、はやみねかおるが書いてきた「赤い夢」の行く末が描かれていく。里帰りした気分で、ぜひこの作品も手に取ってほしい。はやみねかおるに背中を押され、物語世界に足を踏み入れた者なら必ず楽しく読める作品になっているはずだ。もちろん、まだはやみね作品を手に取ったことがない人も、例えばこの『少年名探偵虹北恭助の冒険』や、夢水清志郎シリーズ、怪盗クイーンにマチトム、『ぼくと未来屋の夏』に......(書いても書ききれない!)を手に取って、赤い夢を見てほしい。かけがえのない読書体験が味わえることを保証する。(月見怜)

この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?