「秀才」には3つの顔があるー学校秀才・企業秀才・人生秀才
「秀才」=できる人。学校においても社会においても、ここを目指せと言われたり努力をしてきた人が大半です。ですがその先に私たちは何を得るのでしょうか。本当の学びが目指すべきものを、経営コンサルタント歴25年の著者が語ります。
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本当の学びってなんだろう
2019年5月に『NHKスペシャルシリーズ 子どもの声なき声“不登校”44万人の衝撃』と題した番組が放映された。当時、不登校児童は行き場がないと言われていたが、今、そうした子ども達にとって、学校に通わない新しい形の学びのスタイルが確立されている。驚きと共に、さらにいろんな選択肢が増えていくといいなぁと思っている。
学ぶことは、知的好奇心を満たし、自己充足感が高まること。私たち大人にとっても、新しい形の学びが必要だ。かくいう私も10年以上形而上学を学んでおり、いまだにワクワクし続けている。その学びの楽しさや、知識や情報だけでないエネルギーをも伝えたい。このオンラインマガジンはそんな気持ちで取り組んでいる。「本物の学び」というものに触れる楽しさを、多くの人に知ってもらいたいのだ。
「本物の学びってなんだろう?」と考えたときに、コンサルタント時代に言われた言葉を思い出す。
学びには、3種類がある。最初の2つは、学校秀才、企業秀才である。
当時は、学校秀才=企業秀才とは限らないということを教えるために、この話が語られていた。
ひとりでできる「学校秀才」
「学校秀才」とは、「be able to…」。すなわち、自分一人で何かを成し遂げる能力を持つ人を指す。たとえば「難しい漢字をたくさん知っている」とか、「数学が得意だ」とか、「歴史を隅々まで暗記している」、「運動能力がやたら高い」といったように、自分一人で磨いた能力のことである。学生時代にはこうした能力を持っている人が頭がいいと言われたり、あるいは、一目を置かれたものだ。
「企業秀才」が持っているもの
ところが、企業に入ってくると、そうした頭のいい人や運動能力の高い人が必ずしも活躍するとは限らない。それはなぜかと考えると、学生時代に磨いた能力が必ずしも企業で役に立つとは限らないからである。
では、企業でできる人と言われる、「企業秀才」とは何か? それは、「Competence」(能力、技量)をどれだけ持っているかだ。「Competence」の語源は、誰かと競争するという意味の「Compete」。つまり、企業に入ってからは、自分一人で何かを成し遂げる能力よりも、人と一緒に分かち合ったり、人と競争したり、人に影響力を発揮するといった能力が必要になってくる。
学業と違って仕事では、自分一人で成し遂げられることが少ない。誰かと一緒に協力して成果を上げることが圧倒的に増える。ゆえに、どんなに優秀であっても、人と歩調があわせられなかったり、その場の空気を読んで動くといったことができないと「使えない人」と見られてしまうのがオチである。
私も会社で働きだした頃に営業を経験していたので、「Competence」、人と歩調を合わせて仕事をする重要性をしみじみ実感している。どれだけ、お客様と親身にやりとりできるか、あるいはいろんな人の力を活用できるかが仕事の成果に結びついた。
一方で、どれだけいろんなことを知っているかということはさほど役に立たなかったように思う。というのも、学生時代の理屈だけでは企業活動で起きる様々な問題は解決できないことの方が多く、理屈よりもさらに見えない感情の問題が影響していることがよくあったからだ。
そうなってくると、経験豊富な人の知恵を活用した方が、よりいい提案が出せて、お客様からも喜ばれた。自分の知識に自信を持っている人は、その自負心が邪魔をして、他の人に相談できず、いつまでたってもお客様への提案ができないでいた。コンサルタントになってからも、自分の知識に自信を持っている人ほど難しい言葉を使いたがったり、相手に伝わらないような複雑な表現をして、結局、参加者からの評判がよくなかった。
要は、どんなに学校秀才で頭が切れても、認識力が低かったり、対人関係能力が低ければうまくいかないというのが企業ではよくあることだ。
学校秀才=企業秀才とは限らないのだ。
最も大切な3番目の「秀才」
さて、ここまでは、企業で働く優秀な人たちにとっては当たり前のことだと思う。しかし、ここからが大切なことで、3番目の秀才がいる。それが、「人生秀才」だ。
当時、人生秀才とは、自己実現を目指して、充実した人生を送る人と言われたような気がするが、それも定かではない。つまり、それくらい、曖昧な感じで示されていたように思う。
では、人生秀才とは一体なんだろう?
自分の好きなことに没頭している人なのだろうか?
プライベートを充実させている人なのだろうか?
社会においては、学校秀才や企業秀才になったものが、人生秀才=充実した人生を送ると思われがちである。「やりたいことをやれる」ようになるために、勉強に励んだり、仕事ができる人を目指す。しかし、学校秀才が企業秀才とは限らないのと同様に、最初の2つの秀才と人生秀才とは、まったく別のものだ。
今となってハッキリとわかるのは、「人生秀才とは、自分が誰かを思い出して生きることであり、自分が決めてきた人生の目的を100%遂行しようとする人のこと」だということだ。
では、その自分とはいったいなんなのか。自分はいったい何者なのか。ここでエピソードを紹介したい。
自分が変われば、周りが変わる
本日お会いしたクライアントのお二人から、人生で大きな変化を体験したという話を聞かされた。かつては王侯貴族でしか受けることができなかった秘儀、DNAアクティベーション、そしてアデプトプログラムという深遠な叡智を受け取ったことで、それまでマイナスでしかなかった仕事環境が、お二人ともがらりと変化したという話。
それまで仕事が面白くなく、生活のために我慢して働き続けていたお二人(それぞれ全く職種は異なるが似たような状況に陥っていた)。これ以上仕事を続けていたら、自分がおかしくなるという一歩手前で、形而上学と出会われた。
それからの変化。お一人は突然会社を辞めて、その3日後にかつての知り合いから電話があり、「ちょうどこういうことができる人を探している、よかったら来てもらえないか」と。今では新しい会社で楽しく仕事ができ、会社の人たちからも喜ばれているということ。
もう一人は、すべての願いがぴったりという、人生のパートナーと出会われた。その後、DNAアクティベーションや必要と感じるヒーリングを受けられ、アデプトプログラムで学んだことを実践されるうちに仕事面でも大きな変化が起きた。コロナ禍に始まった仕事を任されて、関係する人たちを助けて喜ばれることに仕事のやりがいを発見された。その仕事ぶりが周囲から好評価されるという大変身を遂げられた。
おふたりの話を聴いていて、こちらも楽しくなってきた。
自分が誰かを思い出し、やれるだけやってみよう!と決めたあたりから、大きく変わっていったのだ。今では「自分のエネルギーが変われば、まわりの環境も変わる」ということを確信していらっしゃるようだ。お二人とも自分で自分の人生の舵を取る、そんな「人生秀才」への一歩を踏み出されている。
自分が誰かわかっているか
「人生秀才」とは、自己実現を果たすこと。これはその通りであるが、自分が誰かすらわかっていなければ、自己実現もありえない。アデプトプログラムを始めとするミステリースクールで伝えている形而上の知識無くして、そのようなことが起きるはずがない、ということが今ではよく理解できる。
私自身、かつてはバリバリのコンサルタントとして、それこそ「24時間戦いますか?」の世界で、ほぼ休みなく朝から晩まで働き詰めの猛烈サラリーウーマンだった。年間100社近い企業を全国各地飛び回り、忙しい=充実と思い込んで生活していた。収入も平均サラリーマンの倍近くもらっていて、「企業秀才」の典型だったかもしれない。
しかし、仕事は充実、体はボロボロ、というのが正直なところだった。高いお給料は、ほとんどがマッサージと食事代、洋服代に消えていった。そんな中、たまたま体のケアの一環でレイキに出会い、そこからアデプトプログラムを受けることに。見えないエネルギーなんて全然感じられなかったが、何か役に立てばと朝晩習ったことを実践してみた。
しばらくして、面白いように仕事が決まる。担当先での研修生の変化が、目に見えて違うことを実感した。さらに、さまざまな紹介された本を読んで衝撃を受けた。これは、学問だと思った。これほどまでに体系化された学びを今まで全く知らないまま生きてきたのだ。学校でも企業でもそれは学ばない。衝撃だった。
それからというもの、よくわからないけれど、理解したいという思いで、本をかたっぱしから読み、参加できるときには仕事の合間を縫ってミステリースクールに通った。会社を辞めるまでの一年間は、仕事かミステリースクールかで、ほぼ一日も休みが無かった。それでも、疲れ知らず。あんなにマッサージ通いをしていた私が、薬を飲むこともなく健康に一年楽しく過ごせた。知識だけではなく、エネルギーにも変化が起きていたのだ。
そこから、この目に見えない世界の学び、形而上学の学びがどんどん面白くなっていった。氣づいたら、ここまで10年学び続けている。
かつて「これが自分だ」と思っていたものとは随分違う、けれど「これが本物だ」と思える自分を生きている。「本物の学び」とは、人生を変えるものなのだ。
人生の学びは進化・成長
人生は進化・成長し続けるためにあると言っても過言ではない。そして、私たちは、誰もが完璧で壮大な自分の人生の計画というものを持っている。形而上の知識を知り、本当の自分を思い出して人生秀才となれば、そして本来の人生の目的を思い出すことができれば…地球にはとてつもないシャンバラ(理想郷)が完成するだろう。その日がやってくる未来を想像すると、ワクワクしてくる。
シャンバラの実現のためにも、誰もが本物の知識を手にして、そして、エネルギーレベルで実感して、人生をより賢く生きてほしい。もちろん、私自身も、人生秀才目指して、さらに自分を磨いていきたいと思う。
シンシア・ロヒ
「NEW LIFE」エディター。ニューシャンバラクリエイター。通称“泣きのロヒ”。経営コンサルタントとして25年間大手企業から中堅企業まで幅広く携わった後、ヒーラーとして独立。年間1000を超えるセッションを数える行列のできるヒーラーに。直感的なひらめきと怒涛の行動力を発揮する「NEW LIFE」のアイデアウーマン。銀河的でヘルシーなライフスタイルを追求しており、オーガニック情報や健康情報にも詳しい。熱い熱いおひつじ座。
時代を変えるリーダー・エグゼクティブに愛されるサロン「幸せの扉」主宰。
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