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スペシャリスト x ゼネラリスト=シャルル・デュトワ!

新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は2022年6⽉9⽇、14⽇に名匠シャルル・デュトワを迎えて⼆夜にわたる創⽴50周年特別演奏会開催に関連して「シャルル・デュトワ」のおはなし。筆者の少年時代のエピソードを絡めながら、筆者にとっての「ウルトラマン」のような…つまり「いつでも!どこでも!どんな曲でも!デュトワがなんとかしてくれる」存在であり、上質な音楽と幅広いレパートリーを持つ指揮者の魅力を綴ります。これを読んで、一緒に演奏会を楽しみませんか?「演奏会S席チケット付きオンラインレクチャー」のご案内は本文の後に掲載いたしますので、どうぞご一読ください!

[スペイン狂詩曲」「ダフニスとクロエ」「展覧会の絵」「海」「夜想曲」「三角帽子」「ローマの祭り」「火の鳥」「寄港地」「ロミオとジュリエット」「白鳥の湖」「禿山の一夜」・・・他にも挙げたらキリがないこれらの曲。昭和から平成にかけて、国内でも最大規模の音楽コンクールの一つである「全日本吹奏楽コンクール」の全国大会や地方大会において、いわゆる大編成の学校を中心にこれらの曲が頻繁に自由曲として演奏されていた曲だ。もちろん原曲はオーケストラなので「吹奏楽編曲」されたものが演奏されるのだが、当時秋田という「辺境」(愛ゆえの表現)に住んでいた一人の吹奏楽少年がそのような曲を知り、鑑賞する機会があるのは夏のコンクールや地元の楽団の演奏会だけだった。年に数回文化庁の巡回公演やオーケストラの演奏旅行などが開催されることはあったが、生のオーケストラの響きに触れる機会は皆無であり、代わりに吹奏楽がその大きな情報源であった。少年はそれらの曲の素晴らしさや、上位入賞校の演奏に驚嘆とため息をついていたものだった。

亡き母は不思議な才能を持っていた。我が子が興味を持っているのではないかと思われることを察知し、その関心を深めるべく本やレコード、CDを知らぬ間に買ってきた。僕は「指揮者になりたい」とか「クラシックが好きだ」と口に出して言うタイプではなく、部屋で一人黙々とそれに関する雑誌の記事や本を読んでいるような内気な少年だった。今でもそれは変わらないと思うのだが、どうやら実際は違うらしい・・・。

指揮者やオーケストラに興味があると察知して最初に買ってきて自分の机に置かれた本は岩城宏之さんの「森のうた」だ。岩城さんの藝大時代の思い出を中心とした物語で、悪友であった山本直純さんとのドタバタ感動劇。この本との出会いが、ある意味では「指揮者」に対する憧れのようなものの原点だったのかもしれない。僕は何度も何度も繰り返し読み、笑い、感涙したものだ。

藝大在学中の岩城宏之(左)と山本直純(右)。「森のうた」の表紙にもこの写真が使われている。

この本の中に、初来日したカラヤンの演奏会に「モグル」、つまり入場券を払わずに裏口などから侵入し演奏会を見る・・・というエピソードがある。そのエピソードもとても面白いのだが、そこに登場する神秘的な指揮者カラヤンに俄然興味が湧いた。

ヘルベルト・フォン・カラヤン

何の予備知識もなくレコード店に行くと、とにかく「カラヤン」という名前を目にした。子供心に「指揮者といえばカラヤン」なんだろうと思ったものである。のちにその考えはあながち間違いではないことを知るのだが・・・。偶然地元の本屋でカラヤンの伝記を発見した。確か5000円くらいしたと思う。最初は立ち読みで読破を試みたがあえなく断念、それを察した母が購入してくれた。カラヤンの本も何度も何度も繰り返し読んで、カラヤンに詳しくなった。同時にベルリンフィルやウィーンフィル、そしてそれらのオーケストラの奏者の名前や歴史的指揮者の名前を覚えた。

そのようにカラヤンに傾倒し始めた頃、自宅に通信販売会社からある荷物が届いた。それはキャビネットに入った20枚のCDで「カラヤン名演集」というタイトルのものだった。母の鼻はどこまで利いていたのだろうか。「カラヤン名曲コンサート」という小品のCDでカラヤンの音楽を楽しんでいた僕には大きな転機となった瞬間だ。その日からこれらのCDをヘビーローテーションした。おかげで僕はその当時の歌謡曲やロックよりもクラシックを聴く少年時代を送ることになる。

話がかなり迂回してしまったが、カラヤン名演集は主にドイツ古典、ロマン派の作品が中心。もちろんロシア、フランス、イタリアなどの作曲家の作品もあったのだが、前述の吹奏楽コンクールで聴いて興奮していた曲はほとんど収録されていなかった。周りには大人も含めてオーケストラのCDに詳しい人は少なく、情報も乏しかった。「音楽の友」や「レコード芸術」も定期購読していたけれど、基本的には最新盤についての話題が多く「定番」の演奏というのはどのようなものがあるのかを知るのは至難の業だった。

そこでまた母の出番である。知らぬ間に一冊の本を買ってきた。「不滅の名曲はこのCDで」(志鳥英八郎)というタイトルのもので、帯には「あなたのベストコレクションのために」とあった。この本ももちろん何度も読み、聴きたいと思ったCDにチュックをつけて、そのCDを毎週のように地元のレコード店や秋田市、仙台市などの大型店、時には東京のレコード店を文字通り「徘徊」し手に入れていった。僕の初期コレクションの基盤はこの本の上に立っていた。推薦盤は最新のデジタル録音やCD化されているものを掲載しているのもまた魅力的だったと思う。

現在も自宅にある「不滅の名曲はこのCDで」(志鳥栄八郎)の表紙

この本の中では、吹奏楽コンクールで聴いた曲も多く収録されいたのだが、各曲決まって名前が登場する一人の指揮者がいた。それがシャルル・デュトワである。ラヴェルやドビュッシーなどのフランス音楽や、リムスキー=コルサコフ、レスピーギなどのオーケストレーションの華やかな曲では特にデュトワの盤は「若い世代向け」の録音として推薦されていた。

シャルル・デュトワ(1984)

「海」にしても「ダフニスとクロエ」にしても「ローマの祭り」にしても他の推薦盤には「腑に落ちる演奏」と「腑に落ちない演奏」が例え指揮者が同じであっても両方あった。しかし、推薦されていたデュトワの盤に関しては全てが「腑に落ちる」演奏であり、華麗で色彩豊かなその演奏は僕の心を掴んで離さないものばかりだった。金管楽器の華やかさやセクションのサウンド感、木管楽器の音色や細やかなニュアンス、弦楽器の清涼な響き・・・。指揮者の巧みなバトンテクニック、オーケストラの機能性、そして録音の良さという「三位一体」の創造物といえるものばかりだった。吹奏楽少年少女のカタルシスに応えるデュトワの演奏は、いうまでもなく周囲の先輩後輩同輩の間でも話題となり「やっぱデュトワでしょ!」(標準語訳)と盛り上がったものである。

デュトワといえば「フランス音楽のスペシャリスト」と言われることが多い。これは完全に正解である。しかし、フランス音楽だけが彼の「得意分野」ではない。チャイコフスキーからショスタコーヴィッチまで(それ以降の作曲家も含めて)ロシア音楽も全般的に得意分野だし、レスピーギやファリャなど南ヨーロッパの作曲家の作品も得意としている。実際のコンサートではベートーヴェンやモーツァルト、ブラームスやマーラーも指揮するし、バルトークやコダーイなど東欧の作曲家も得意とする。日本との関わりも強い指揮者であるのも理由だが武満徹の演奏にも定評がある。忘れてはいけないのがメシアンなどの現代の作曲の作品、そしてスイスの作曲家オネゲル作品においても名演が多く残されている。録音や演奏で知られているゆえあまりイメージはないが、バレエ音楽やオペラの指揮もする。カラヤンの推薦で2年間ウィーン国立歌劇場のバレエ指揮者を務めたこともある。

以前デュトワがインタビュー内で「自分には2000曲以上のレパートリーがある。」と語っているが、デュトワはフランス音楽をはじめとした音楽の「スペシャリスト」であり、同時に「ゼネラリスト」でもあることを如実に表す発言だ。そのような指揮者はそう多くはないだろうし、僕が思い浮かべる何人かの指揮者は、全てが「歴史的名指揮者」たちである。

また協奏曲の録音でも名盤を多く残している。この事実が物語るのは、デュトワがソリストからも厚い信頼を寄せられていること、そして「指揮がうまい」ということだ。「協奏曲」の指揮は指揮者の技量が最も試される。それは楽曲の組み立て、ソリストとの対話、そして絶妙なタイミングの取り方などだが、「指揮の難しさ」が詰まっていると僕個人が考えるのは「協奏曲」の指揮と「オペラ」「バレエ」の指揮だ。協奏曲はソリストの卓越した技巧についつい目がいってしまうが、是非とも指揮者の動きにも注目して欲しい。

「新しい音の追求」に対してもデュトワは開明的な人物だ。例えばチャイコフスキーの「1812年」の大砲や鐘の音にシンセサイザーを使用したりと「イマドキ」の企画で録音を残している。是非一度聞いて欲しいディスクの一つである。現実空間での「新しい音の追求」の一例としては、デュトワがNHK交響楽団のシェフとなってからのNHKホールのオーケストラセッティングが挙げられる。NHKホールのオーケストラピット部分を迫り上げ、その迫り上げた舞台からオーケストラをセッティングしたのだ。オーケストラは聴衆側に近づき、2階席や3階席からもオーケストラが近くに見えるようになっただけでなく、聴こえてくる音も僕には良くなったように感じている。あるひとはこれを「デュトワ・シフト」と名づけていたように記憶している。常に理想の響きを追い求めるマエストロの気持ちの一端を垣間見るようだ。

先ほど紹介した「1812年」が収録されているCD推薦文で、志鳥さんはこのようにデュトワについて書いている。

今様アンセルメともいえるのがデュトワの演奏である。ソフトで色彩的なモントリオール交響楽団の響きからして魅せられるし、多様に変化するリズムもデュトワならでは抜群の抜群の感覚で処理していて、唖然とするほど巧妙な棒さばきだ。録音もすこぶる優秀。
志鳥英八郎「不滅の名曲はこのCDで」(朝日新聞社)より引用

読者にはいささか誉めすぎではないか、と思うかたもいるかもしれないが、僕の感想も志鳥さんと同じだ。文中に出てきた「アンセルメ」とは、スイスの名指揮者エルネスト・アンセルメのことで、フランス音楽を得意としていた大巨匠である。デュトワはこのアンセルメと親交を深め、薫陶を受けていたので、「今様アンセルメ」という言葉はデュトワにとっても誇るべき「勲章」かもしれない。しかし、決してデュトワはアンセルメの亜流でも真似事ではない。確固たる「自分の音楽と響き」を持った指揮者である。

エルネスト・アンセルメ

アンセルメの指揮ぶりは、決して派手でも華麗なものでもない。もちろん音楽の作りは素晴らしいし、アンセルメの「音」というのもしっかりと存在している。それは長年多くのクラシックファンに愛されていることが証明している。だが、アンセルメとデュトワの大きく異なる点は「指揮する姿」も華麗でエレガントだということだ。もちろん、見かけだけの「アヤシイ指揮者」ではなく、巧みなバトンテクニックとバランス感覚で類い稀な音楽を作り出すのである。壮年期のデュトワの弾ける高級シャンパンのような指揮姿や、高級な香水の持つ香りをその体から振りまくようなオーラは今でもまだ健在だが、それに加えて巨匠の域に達した「名人」の、まるでブランデー、例えばコニャックのような芳醇な香りと味わいを感じることができるはずである。ワインにも例えることができるかもしれないが、僕は全くワインの知識がない。浅い知識をひけらかし恥をかかないようにワインの例えは封印する。

新日本フィル50周年の特別演奏会では、マエストロ登場の瞬間からその華やかなオーラを感じることができるのを今から楽しみにしている。しかも、デュトワの自家薬籠中のレパートリーが並んでいるのだから期待は膨らむばかりである。

高級なシャンパンを、深い味わいのコニャックを・・・デュトワの指揮姿と新日本フィルが紡ぎ出すサウンドで堪能していただけたら嬉しい。そして・・・コンサートの帰路、余韻に浸りながら美酒で乾杯!?

(文・岡田友弘)


♪♪♪演奏会情報♪♪♪


2022年6⽉9⽇(⽊)19:00開演 東京芸術劇場

指揮︓シャルル・デュトワ
ピアノ︓北村朋幹

フォーレ︓組曲「ペレアスとメリザンド」
ラヴェル︓ピアノ協奏曲ト⻑調
ドビュッシー︓交響詩「海」
ラヴェル︓管弦楽のための舞踏詩「ラ・ヴァルス」

公演詳細 https://www.njp.or.jp/concerts/26821


2022年6⽉14⽇(⽕)19:00開演 すみだトリフォニーホール

指揮︓シャルル・デュトワ
チェロ︓上野通明(2021年ジュネーヴ国際音楽コンクールチェロ部門で日本人初優勝)

バーバー︓弦楽のためのアダージョ
ショスタコーヴィチ︓チェロ協奏曲第1番
チャイコフスキー︓交響曲第5番ホ短調

公演詳細 https://www.njp.or.jp/concerts/26825

『シャルル・デュトワ指揮 特別演奏会』 6/9東京芸術劇場 6/14すみだトリフォニーホールの事前オンラインレクチャーセット券の発売!

シャルル・デュトワ指揮 特別演奏会(6/9東京芸術劇場及び6/14すみだトリフォニーホール)の「事前オンラインレクチャー付きチケット」を発売します。

レクチャー前半では、2021年デュトワ指揮サイトウキネンに出演した奏者3人が、サイトウキネンでのエピソードや、本公演リハーサルの様子などをお話しする予定です。

新日本フィル 元首席クラリネット奏者 山本正治
新日本フィル 首席チェロ奏者 長谷川彰子
新日本フィル 首席ヴィオラ奏者 瀧本麻衣子


レクチャー後半では、各演奏会からテーマ曲を選出し事前に質問を受付します。今回のテーマはドビュッシーの「海」とチャイコフスキー交響曲5番です。楽器の演奏をされない方でも、何度かこのレクチャーに参加頂く事で、今までホールで聴く音とは違う感覚や各楽器の特徴などが聴こえてくるはずです。

テーマ曲に対して、普段何気なく思う事、不思議な音、演奏上の悩み等、様々ご質問をお待ちしております。(時間の都合上、質問を割愛させていただく場合がございます)


開催日時:2022年6月7日(火曜日)19~20時(約1時間)

講師:山本正治、長谷川彰子、瀧本麻衣子

ナビゲーター:岡田友弘(指揮者、ライター)

配信方法:オンライン会議ツール「Zoom」

【お申込方法】

オンラインショッピングBASEにて6月9日(木)〈東京芸術劇場〉と6月14日〈すみだトリフォニーホール・シリーズ〉のチケット(S席)とオンラインレクチャー視聴のセット券を、座席限定にて販売いたします。


ご購入はこちら(BASE)


執筆者プロフィール


岡田友弘(おかだ・ともひろ)

1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻入学。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆や、指揮法教室の主宰としての活動も開始した。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッス&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中。また5月より新日フィル定期演奏会の直前に開催される「オンラインレクチャー」のナビゲーターも努める。

岡田友弘・公式ホームページ
Twitter=@okajan2018new
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