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一隅を照らすシリーズ♯3・・・「この曲」の「この楽器」に注目してみよう!〜「ペトルーシュカ」の隠れた主役!トランペットは「ハードスケジュールのスター」なのだ!(前編)

新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回と次回は「一隅を照らす」シリーズ第三弾!11月27日(トリフォニーシリーズ)、11月29日(サントリーシリーズ)開催の定期演奏会のメインプログラム、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」の影の主役「トランペット」にフォーカス!華やかな「オーケストラのスター」達の獅子奮迅の活躍を深掘り!あまりの活躍に2回に分けてお送りします!


1990年の夏だったはずだ。地元のホールに文化庁の巡回公演でオーケストラがやってくるということで、数ヶ月前から僕は胸躍る気持ちでその日を待っていた。19時開演の演奏会、町外れの山の上にある高校での部活動を終え、急いで自転車で会場に向かった。しかしコンサートの一曲目には間に合わず、ロビーで漏れ聞こえてきたオーケストラの音を聴いた。2曲目からは客席で鑑賞、田舎ゆえ滅多に聞くことのできないオーケストラのサウンドに心が高揚したのを今でもはっきり覚えている。

当日のプログラムは、グリンカの「ルスランとルドミュラ」序曲、加藤知子さんのソロでチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、そしてストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」だった。指揮は井上道義マエストロ、オーケストラは我らが新日本フィルハーモニー交響楽団だった。この時が僕にとって初めての「ペトルーシュカ」体験であり、初めてのストラヴィンスキー実演体験だった。今思えば有名曲をプログラミングする、いわば「無難」なコンサートを組むのがオーケストラの地方巡回公演のイメージであることを考えれば、「ペトルーシュカ」をそのプログラムのメインに採用したことは珍しく、また意欲的なものであったと感じる。そこにはマエストロのこだわりが反映されていたのかもしれない。

ストラヴィンスキー(1921年)


当時高校生の自分には「ペトルーシュカ」は決して理解しやすい曲ではなかった。今となっては曲中に多くの民謡など、親しみやすい旋律が散りばめられていて「聴きやすい」作品であると感じるのだが、当時は「難しく、わかりにくい曲」というのが僕の印象だった。「春の祭典」や「火の鳥」は自宅でC D鑑賞していたのだが、この日まで「ペトルーシュカ」は聴いたことがなかったということもある。そのような僕の不勉強もあり「名曲だ!」という感慨を持てないまま演奏が終了した。曲が激しく終了しないのもまた、青二才の僕には「煮え切らない感じ」を印象付け、あまり心に残らなかった。なんだかキツネにつままれたような感覚で、オーケストラの「音のシャワー」を浴びたためか、アンコールに何か演奏されたのかどうかもよく覚えていない。

全く知らない曲なので、休憩中にプログラムノートを読んで曲のあらましを知った。この曲がストラヴィンスキーの「3大バレエ」の中の一つであること、ロシアバレエ団(バレエ・リュス)の依頼によって書かれたこと、魔術師によって操られ、支配されている、人間の心を持つ操り人形の物語であることを知った。その物語は主人公の「死」によって終わることも。曲については「場面転換において、スネアドラムの連打がそれを担当する」ことや「ピアノパートが独奏楽器並みの難しさと重要性を持っている」ことが書かれていたので、僕も鑑賞中は「スネアドラム」と「ピアノ」に注目して曲を聴いていた。記憶が確かならばピアノは東誠三さんが担当していたと思う。スネアドラムの連打が始まったら「あぁ、場面が転換されたんだな・・・」とか、ピアノ独奏が聴こえてくると「確かにオイシイことをしているな・・・」といった具合に・・・。そんなわけで僕の中での当時の「ペトルーシュカ像」は「スネアドラムとピアノの曲」程度のものであった。全くもって自らの不明を恥じるものである。当時の僕はペトルーシュカで活躍する多くの楽器たち、フルートやイングリッシュホルンのソロ、クラリネットやファゴットのデュエット、コンサートマスターが演奏する魅惑のソロなどに全く注目していなかったわけで、本当に自分が情けなくなる。

音楽史に残る大作曲家の有名作において、作曲家はすべての楽器に「見せ場」を満遍なく用意してくれている。従って、すべての楽器が「一隅を照らして」いるのである。この「ペトルーシュカ」もそのような作品だ。その中で今回、実はかなり「忙しく」も「重要な」役割を担っている楽器にスポットライトを当てることにした。それは金管楽器の中で最も華やかな存在、トランペット。トランペット目線で「ペトルーシュカ」を楽しんでみよう。

曲に入る前に基本的な情報を。この作品は約30分の管弦楽作品で、曲は大きく4つの部分に分かれている。

1・謝肉祭の広場
2・ペトルーシュカの部屋
3・ムーア人の部屋
4・謝肉祭の広場(夕方)〜ペトルーシュカの死

主な登場人物は、3体の操り人形(道化のペトルーシュカ、バレリーナ、ムーア人)とそれらを魔術で操る人形芝居小屋の怪しい老人である。ペトルーシュカは密かにバレリーナに恋をしているが、バレリーナはペトルーシュカには興味がない。どちらかといえば精悍なイケメンであるムーア人に興味がある。そのほかに、謝肉祭の広場に集う大勢の人間が登場する。

ストーリーなどは演奏会のプログラムノートにわかりやすく書かれているとは思うが、かいつまんで言えば「冴えないペトルーシュカが、バレリーナに振られたあげく、怒りのムーア人に殺されてしまう」というストーリーだ。

この曲の特徴といえば、トランペット奏者を最低4人必要とすることだろう。そしてそのうち2本は「トランペット」、もう2本は「コルネット」だ。形状はほとんど同じではあるが、厳密には異なる楽器である。ストラヴィンスキーをはじめとして、ロシアの作曲家はコルネットをスコア上に記載する際「ピストン」という楽器名を採用することが多い。トランペットも「ピストン楽器」ではあるのだが、この場合の「ピストン」は「コルネット」を指す。

また、この曲はトランペットも相当の重要な役割を果たしているのだが、特にコルネットに重要なメロディを担当させているのも注目ポイントだ。また、1番奏者と2番奏者の「絡み」が多いのも特筆すべき点で、2番奏者の力量も遺憾無く発揮される。つまり「4人全員が優れた奏者」であることが求められる。無論、新日本フィルのトランペットセクションは全員が素晴らしい技術と音楽性を持っているので、みなさんは安心してそれを堪能していただきたい。

それでは曲の進行とともに、トランペットの活躍を見ていくことにしよう。

トランペットはこの曲において、曲の始めからは登場しない。しばらくしてから満を持して登場する。ここで注目すべきは、まず2番奏者から吹き始めるということである。スターの中のスターである1番奏者の登場はもう少し後になる。スターというものは、現場に遅めに入るものなのか。(譜例1)

譜例1・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


当初はトランペットパートもコルネットパートも「裏方」の役割を果たすのだが、音楽が3拍子から2拍子に変わり、可愛らしい音楽になると木管楽器で演奏された旋律をトランペットがソロで演奏する。(譜例2)

譜例2
譜例2・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


また早いテンポbの3拍子に変化すると、拍子が目まぐるしく変わる「変拍子」と呼ばれる部分に入るが、この部分でトランペットも変拍子の嵐に巻き込まれる。トランペットは、その音量やロマンチックな旋律の魅力だけでなく、このような「細かい仕事」も求められる。(譜例3)

譜例3
譜例3・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


しばらくして、トランペットとコルネット奏者全員で絡みあうアンサンブルの妙を楽しむことができる部分がある。一つの旋律を4人で受け継ぎながら演奏するのだ。このようなアンサンブルの醍醐味を堪能できる部分も、この曲の隠れた「聞きどころ」となっている。トランペット奏者全員が楽器を構える部分では特に注目していただきたい。(譜例4)

譜例4
譜例4・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


この辺りまでが謝肉祭の広場の場面で、ここで初めての打楽器の連打により場面転換が行われる。

その後、トランペットがフルートやヴァイオリン等と同じリズムのパッセージを演奏する。ここではトランペット奏者の「タンギング」の妙技を楽しむことができる。しかも、ブレスをしっかり取らなくては演奏できない楽器のため、各奏者が交互にそれを演奏して「一つの動き」を形成している。タンギングの音の粒や音量なども揃えなくてはいけない部分で、楽譜上の難しさの印象よりも遥かに難しい。このような機動力もトランペット奏者には求められるのだ。この部分など、トランペット奏者にとっては「苦行」なのではないか?と、僕は常々思っている。(譜例5)

譜例5
譜例5・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


トランペットには一見「地味」だが、難しい役割も回ってくる。「合いの手」で1音だけ吹いたり、同じ音とリズムを連続して演奏したりもする。まるで、演奏者が日々の練習で行う「基礎練習」のような、単純だが難しい部分だ。目立つ部分だけに光が当たることが多いトランペットだが、このような涙ぐましいサポートもしているのだ。しかもたまに拍子が変拍子になったり、出る拍がかわったりと、「数え間違い」や「飛び出し」のリスクとも闘う。何せトランペットは「目立つ」・・・。この部分では「ミュート(弱音器)」をつけて演奏することもあるので、今までとは異なった音色を楽しむことができる。ぜひ耳を傾けてみよう。また「装飾音符」という飾りの音符(楽譜上では少し小さな音符で書かれている)を演奏する。簡単そうでこの装飾音も厄介なものだ・・・。(譜例6)

譜例6
譜例6・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


そして曲の最後に、コルネット1番だけが、1人「ド(C)」の音を伸ばして第1場は終了する。(譜例7)

譜例7
譜例7・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


第2場はペトルーシュカの部屋。怪しい老魔術師にペトルーシュカが部屋に放り込まれる場面の描写から始まる。その後はペトルーシュカのぎこちない動きを描写する音楽や、ウジウジとバレリーナに恋慕するペトルーシュカが、部屋からの脱出を試みるも失敗。その後部屋に入ってきたバレリーナに陰湿に思いを告げて嫌われションボリ・・・。舌の根も乾かぬうちに老魔術師に冷たくあしらわれ、挙げ句の果てにはバレリーナはムーア人といちゃつき始めてしまう・・・といった、ペトルーシュカには散々な場面が展開される。

この場面でもトランペットは大忙しだ。ソロに伴奏にと目まぐるしく役割を変えていく。「ペトルーシュカの呪い」とスコアに書かれた部分で、コルネットとトランペットは3連音符が特徴的な音楽をフォルテ(強く)が3つもついた大きな音で演奏する。このような部分はトランペットの真骨頂といえよう。(譜例8)

譜例8
譜例8・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


しばらくすると、この曲の重要な音型をトランペットが演奏する。このパッセージは曲の後半にも登場する。バレエ音楽「ペトルーシュカ」にとって重要な「動機」になるので、ぜひ注目していただきたい。(譜例9)

譜例9
譜例9・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用


そして第2場の幕が降りる直前にも、トランペットとコルネットが印象的なパッセージを演奏する。(譜例10)

譜例10
譜例10・バレエ音楽「ペトルーシュカ」総譜より引用

(後編へ続く)

【執筆者プロフィール】

岡田友弘(おかだ・ともひろ)
1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆も行っている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッスン&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中


写真・井村重人



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