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わたしたちのための不条理劇だ、あーぶくたった、にいたった【PR】

『いろんなことが、あるんだよ』

舞台上での、嫁入り前の娘に投げかけた母親の台詞です。
この台詞の、母親の、娘への投げかけ方が素晴らしいということ、そのことだけでも覚えておいてください。
今、ちょっとつらいことがある方がこの台詞を聞くと、なんてことない序盤の台詞ではありますが、すっと、救われるような気持ちになるんじゃないかと思います。

撮影:宮川舞子
(左から) 山森大輔、浅野令子


あーぶくたった、にいたった

は、別役実さんによる劇作で、初演は、1976年に文学座で行われました。

新国立劇場・こつこつプロジェクトの演目として選ばれた今作は、2019年3月より、1年かけて3度の試演会が行われました。
1年7ヶ月ののちに、再結集。今回、新国立劇場の本公演としての上演となりました。
時間をかけた創作。その成果は分かりやすく舞台の上に現れており、まさに、時間をかけたからこその濃厚で濃密なお芝居となっております。すべてのシーンがとても見やすく、シーンが進むごとに、どんどん心に迫ってきました。

笑いも、切なさも、恐怖も、ぜんぶ。

笑いに関しての第一人者でもあった別役実さん。
序盤の登場人物たちの言葉の応酬は、漫才のようでもあり、コントのようでもあります。
ズレ漫才、へりくつ漫才、勘違いコントというような、現在のお笑いで見られるような構造が入っていて、ただただ笑えます。

そうかと思ったら、急に、切ないシーンが飛び込んでくる。
中盤にやってくる『電柱』のシーンは、不条理劇だからこそ描ける、不思議で、美しい情景。切実な人たちの、つらくて切実な瞬間に、強く胸を打たれます。

それだけではありません。なにかしら事情があって「そこにいる人たち」という景色が、終盤になると、次々と異なる見え方になってきます。
今、舞台の上にいるあの人たちは、私たちなんじゃないか。あの人たちにとってのどこか遠くは、ここなんじゃないか。そんなもやもやとした恐怖が、襲ってきます。

撮影:宮川舞子
(右から) 浅野令子、山森大輔、龍 昇、稲川実代子

「あーぶくたった、にいたった」は、様々なことが唐突に起こるような不条理劇。描かれているのは、昭和の小市民の閉塞感や苦しさ。
ですが、まったく、古いなぁとは感じませんでした。

長い時間をかけて取り組まれたからこそ、戯曲の持つ普遍的な要素が、しっかりと伝わるようになっているのだと思います。

終演後、帰り道にて

一緒に見に行った同僚が、『うらやましい』とつぶやきました。

撮影:宮川舞子
(左から) 山森大輔、浅野令子

舞台上ではつらいことがたくさん起きていたのに、「うらやましい」だなんて、どうしてだろうと思いました。

「だって、どんなにつらくても、登場人物たちにはみんな、一緒に居続けられるパートナーがいるってことですもんね。やっぱりうらやましいですよ、それは」

『伝わらなかったってこと??』
「違うんです、ただただ、うらやましいなと、思ったんです。あの人たちのこと。本当に素敵な作品でした」

同僚は、にこにこしながら、感想を伝えてくれました。

昭和の小市民たちのやりとりが、令和を生きるわたしたちの「孤独」を浮き彫りにして、見つめさせてくれる。

これは、わたしたちための不条理劇でした。

新国立劇場 2021/2022シーズン演劇公演
『あーぶくたった、にいたった』
2021年12月7日(火)~19日(日)
@新国立劇場 小劇場

公演サイト

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