BLM (3) 奇妙な果実:黒人へのリンチの歴史

 「奇妙な果実」(きみょうなかじつ、原題:Strange Fruit)は、ビリー・ホリデイのレパートリーとして有名な、アメリカの人種差別を告発する歌である。
 題名や歌詞の「奇妙な果実」とは、リンチにあって虐殺され、木に吊りさげられた黒人の死体のことである。歌詞は「南部の木には、変わった実がなる・・」と歌い出し、木に吊るされた黒人の死体が腐敗して崩れていく情景を描写する。

 2002年に「奇妙な果実」はアメリカ議会図書館によってNational Recording Registryに加えられる50項目の1つとして選ばれた。

 ビリー・ホリデーではなく、69年のNina Simoneのライブ演奏を紹介します。 短いが胸を撃つ歌詞です。

Strange Fruit
Lyrics & Music by Abel Meerpool, 1937 Performed by Billie Holiday

  Southern trees bear strange fruit,
  南部の木々に奇妙な果実がある

  Blood on the leaves and blood at the root,
  葉は血に濡れ赤い血が根に滴っている

  Black bodies swinging in the southern breeze,
  南部の風に揺れている黒い肉体

  Strange fruit hanging from the poplar trees.
  ポプラの木々からぶら下がっている奇妙な果実

  Pastoral scene of the gallant south,
  雄大で美しい南部の牧歌的な風景

  The bulging eyes and the twisted mouth,
  飛び出した眼 歪んだ口

  Scent of magnolias, sweet and fresh,
  木蓮の甘く爽やかな香り

  Then the sudden smell of burning flesh.
  そこに突然漂う焼けた肉の臭い

  Here is fruit for the crows to pluck,
  此処にも一つ カラスの餌となる果実がある

  For the rain to gather, for the wind to suck,
  雨に打たれ 風に弄ばれ

  For the sun to rot, for the trees to drop,
  太陽に焼かれ朽ち そして木からその果実は落ちる

  Here is a strange and bitter crop.
  此処にも一つ 苦い奇妙な果実がある

2020年5月31日以降、木に吊るされた黒人の死体が見つかっている。

<FBIと連邦機関が調査に乗り出した矢先、4人目の遺体が発見された>

画像1フラーの死について公正な捜査を求めるデモ隊

 人種差別に抗議するデモが広がるアメリカで、黒人男性の遺体が木から吊り下げられた状態で発見される事件が相次いでいる。5月31日以降、少なくとも4人の遺体が発見され、捜査当局はいずれも自殺との見方を示したが、拙速な判断に怒りの声が上がっている。

 6月16日、テキサス州ヒューストンの北に位置するスプリングで、10代と見られる身元不明の黒人男性の遺体が小学校の駐車場で吊り下げられた状態で発見されたと、同州ハリス郡保安官事務所が発表した。同様の遺体が発見されたのは5月末以降、これで4件目だ。

 折しもアメリカでは、コロナ禍のさなかにもかかわらず、5月25日にミネソタ州ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイドが白人警官に首を押さえ付けられて死亡した事件をきっかけに、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事)」運動が大きなうねりとなって広がっている。

 この国にはかつて南部を中心に、黒人を木に吊るして集団リンチで殺す凄惨なテロがはびこった歴史がある。最近起きた4件の事件も、抗議デモの広がりにいらだつ過激な人種差別主義者の嫌がらせではないかとの見方もある。

 そうした見方を打ち消すかのように、4件とも捜査当局は早々に自殺との判断を示した。

 「監視カメラの映像や目撃者の証言などから、今の段階では、男性は首吊り自殺をしたと見られる」と、ハリス郡保安官事務所は16日に発見された遺体についてツイッターで発表した。「事件性を疑わせるような形跡は今のところ全く見つかっていない」

< "自殺" の発表に市民は納得せず>
 保安官事務所のエド・ゴンザレスは、本誌の問い合わせに対し、この件に関してはそれ以上提供できる情報はないと述べた。
 同じ日にはまた、先に遺体で発見された27歳の黒人男性ドミニク・アレクサンダーの死を自殺と判定した検視結果も発表された。地元メディアによると、アレクサンダーは6月9日、ニューヨーク市マンハッタン北部のフォート・トライオン公園内で木に吊り下げられた状態で亡くなっていた。通行人が発見し、警察に通報した。
 監察医事務所に確認したところ、アレクサンダーの死は自殺と判定されたと、アジャ・ワーシーデービス報道官が答えた。だが地元メディアによると、多くの市民はこの判定に納得しておらず、この週末にフォート・トライオン公園で徹底的な捜査を求めるデモが行われる予定だ。
 ニューヨーク市警の報道官は、監察医事務所の判定にかかわらず、アレクサンダーの死については引き続き捜査を行うと語った。

 これに先立ち、カリフォルニア州でも同様の事件が2件報告されている。  6月10日早朝、ロサンゼルス郡パームデールの市庁舎近くの公園で、24歳の黒人男性ロバート・フラーの遺体が見つかった。この件についても、ロサンゼルス郡保安官事務所は即座に自殺との見方を示したと、メディアが伝えている。

<自殺説を撤回、捜査やり直し>

 地元メディアによると、ロサンゼルス郡監察医事務所は当初、2度の検視でフラーの死を自殺と判定したが、その後に撤回。捜査が続行されることになったため、死因の判定も延期されたという。 当初の判定については、フラーの遺族が自殺は考えられないとして、検視のやり直しと徹底した捜査を求めていた。郡の捜査当局の拙速な判断は市民の怒りも買い、パームデールでも抗議デモが広がった。
 これに押される形で、ロサンゼルス郡のアレックス・ビジャヌエバ保安官は記者会見を開き、他殺の可能性も視野に入れて、フラーの死を捜査すると発表。カリフォルニア州司法長官事務所とFBIの公民権部門が捜査を監視すると付け加えた。 ロサンゼルス郡の主任監察医ジョナサン・ルーカスは、保安官の説明を補う形で、「慎重を期すために当初の結論を撤回して、より深く捜査を行うべきだと判断し、死因の判定を延期した」が、現場には事件性を示す証拠は一切なかった、と改めて強調した。
  フラーの遺族の弁護士ジェーモン・ヒックスはABCニュースに声明を寄せ、保安官事務所が「すぐさま」自殺と断定したことに、遺族と地域の人々は「激しい怒り」を感じていると述べた。
  「アフリカ系アメリカ人にとって、木から吊り下げられるということはリンチを意味する。なぜこの事件が傲慢にも自殺と片付けられ、謀殺として捜査されないのか。私たちが求めているのは完全な情報開示だ」

<あなたの恋人が木に>
 カリフォルニア州ではフラーの遺体が発見される10日前にも、パームデールから80キロ程離れたサンバーナディーノ郡ビクタービルで、38歳の黒人男性マルコム・ハーシュの遺体が木に吊り下げられた状態で見つかった。
 ハーシュの恋人が5月31日に「あなたの恋人が木に吊るされている」と友人に知らされ、警察に通報した。
 「検視官も含め、捜査官が現場に急行したが、事件性を示す証拠は見つからなかった」と、サンバーナディーノ郡保安官事務所は発表している。
 保安官事務所によると、検視解剖も行われたが、法医病理学者が毒物検査の結果を待って、死因や死に至る経緯について見解を出すという。
 ハーシュの遺族も、ハーシュの死が自殺と片付けられるのを懸念し、捜査当局に詳しい説明を求めている。
 「自殺の可能性はどう考えてもあり得ない。私たちは都合のよい弁明ではなく、公正な裁きを求めている」と、遺族は声明を出した。ハーシュの妹ハーモニー・ハーシュはニューヨーク・タイムズに兄の死について独自に調査をするつもりだと語った。
 FBIは6月15日、フラーとハーシュの両方の事件について、連邦当局が保安官事務所の捜査を精査すると発表した。
 「FBIに加え、連邦検事事務所と司法省の担当部署が、パームデールとビクタービルで起きた2人のアフリカ系アメリカ人男性の縊死に関する捜査について、連邦法違反が認められるかどうか詳しい調査を進めている」

画像21922年6月24日、3000人以上の黒人がワシントンDCの通りを無言で行進し、黒人へのリンチに抗議した。
当時のニューヨーク・タイムズ紙の記事によると、あるプラカードには「僕たちは15歳です。同い年のひとりが生きたまま焼かれました」と書かれており、別のプラカードには「議会が合憲性を論じているとき、焼かれた体から立ち上る煙で天は黒く染まった」と書かれていた。

 黒人のジョージ・フロイド(46歳)さんは動画の中で、頭を路面に押し付けられ、苦しそうに顔を歪めている。膝でフロイドさんの首を圧迫しているのは、白人の警察官だ。 「息ができない」。フロイドさんは、繰り返し訴えた。

 「頼む。息ができないんだ。頼むよ」

 動画の撮影者は、携帯電話を構えたまま警官にやめるよう訴えたが、警官はやめようとしなかった。他に3人の警官がそばに立っていたが、フロイドさんは8分48秒もの間押さえつけられ、息絶えた。
 「これは、現代のリンチ(私刑)です」。歴史家であり文化評論家、そして作家のアリカ・コールマン氏は言う。
 「大の大人がなすすべもなく地面に横たわり、警官に首を押さえつけられ、命乞いをしているんです。ひとりの人間が別の人間を支配するという、究極の権力誇示であると、私には思えます。その昔、黒人はあらゆる理由でリンチを受けていました」

画像1ジョージ・フロイドさんの殺害現場に座り込んで兄の死を悼む弟のテレンス・フロイドさん(右から2人目)。ジョージさんは、2020年5月25日、ミネアポリスのこの交差点で殺害された。
テレンスさんは、全米で起こっている暴力的な抗議活動を終わらせるよう
呼びかけ、「そんなことをしても、兄は戻ってきません」と訴えた。

<4400人以上の黒人が犠牲に>
 米国の非営利団体「公正な裁きのイニシアティブ(the Equal Justice Initiative)」によると、1877年から1950年の間に、米国では4400人以上の黒人の男性、女性、子どもが白人のリンチによって殺された。銃で撃たれ、皮膚をはがされ、生きたまま火をつけられ、棒で殴られ、木から吊るされた。司法機関である裁判所の前庭でリンチが行われたこともあった。  一部の歴史家は、南北戦争が終わってから数千人の黒人に行われたリンチが、現代の自警団による襲撃や警察による暴力につながっていると指摘する。しかも、そうした行為が処罰の対象になることはめったにない。

 フロイドさんの死の2カ月前、ケンタッキー州ルイビルで26歳の黒人女性ブリオナ・テイラーさんが、真夜中にノックもせずに家の中へ踏み込んできた警官に射殺された。

 さらにその3週間前には、ジョージア州グリン郡で、25歳の黒人男性アーマード・アーベリーさんが自宅近くをジョギング中にトラックに乗った白人親子に追いかけられ、殺害された。

 これらの事件をきっかけに、400年に及ぶ黒人抑圧の歴史という古傷が開かれたと、歴史家たちは見ている。新型コロナ感染症のパンデミックで、アフリカ系米国人の罹患率と死亡率が他の人種に比べてはるかに高いなかで立て続けに起こった事件に、人々の怒りは爆発した。
 全米で激しい抗議活動が起こり、さらにそれが全世界へと拡大した。パリ、シドニー、アムステルダム、南アフリカでも、群集が町を行進して、正義を要求し、警官による暴力を糾弾した。

 「公正な裁きのイニシアティブ」は、米国での人種差別の遺産を広く知らせるために活動している。創立者で代表者のブライアン・スティーブンソン氏は、奴隷制度にリンチ、そして現代まで続いている黒人抑圧という残虐な歴史を米国がいまだに清算していないことが、一連の抗議活動の根本にあると指摘する。

 「200年にわたって黒人を奴隷化してきたこの国最大の重荷は、黒人は進化しきっていない、人間として劣り、価値も低く、白人と同じ扱いを受けるのにふさわしくないという作り話です。私たちはこの問題に一度も正面から向き合ったことがないのです」

 「白人が最も優れた人種であるという考え方が、100年に及ぶ黒人への暴力を煽ってきました。数千件のリンチ、大量殺人、そして黒人は危険であり犯罪者であるという思い込みが、今に至るまでなくなっていません。
 ですから、アーマード・アーベリーさん、ブリオナ・テイラーさん、ジョージ・フロイドさんが殺されたとき、警察や検察、選挙で選ばれた役人の多くが、関与した白人をまず守ろうとしました。動画のおかげでそうしたやり方が難しくなっていますが、たとえ暴力行為がはっきり撮られていても十分ではありません。それだけ長きにわたって、この国は人種的な不公正の歴史について考えることを拒んできたのです」

<見えない人間>
 フロイドさんの動画を見て、人々は涙を流し、その死を悼んだ。多くの人にとって、それは黒人が直面してきた残虐な歴史を思い出させる事件だった。

 ボストンにあるエマーソン大学学長のリー・ペルトン氏は、学生たちへ向けたメッセージを公開し、事件に対する悲痛な思いを語った。
 「今日私は、ひとりの黒人男性として・・・皆さんにこの手紙を書いています。ここ最近の出来事を見ていると、このように書く以外考えられないのです」
 「金曜日の夜、私は眠ることができませんでした。ミネアポリスで白人警官によって殺されたジョージ・フロイドさんの動画を、何度も何度も再生していました。あれは、合法的なリンチです」

 パンデミックのため全米が外出自粛中という前代未聞の事態になってもなお、「衆人環視のなかで黒人が殺されるのを止めることはできませんでした」。そして、まるで何でもないことのように警官に首を押さえ続けられたフロイドさんの人間性が、あまりにも冷淡に、あまりにも軽々しく扱われたことに衝撃を受けたと、ペルトン氏は続ける。

画像11920から1938年まで、ニューヨーク5番街にある全米黒人地位向上協会(NAACP)本部ビルには、
「昨日、男がリンチにかけられた」と書かれた旗が掲げられていた。
画像12015年、サウスカロライナ州で黒人男性のウォルター・スコットさんが白人警官によって背中を撃たれて殺された事件の後、
アーティストのドレッド・スコット氏が作った旗。

 ミネアポリスの検視官は、フロイドさんの死を殺人と断定し、警官がその首を押さえつけたせいで心臓が止まったと説明した。警官のデレク・ショービン被告は免職となり、後に第2級殺人罪で起訴された。現場にいた他の3人の警官も免職され、殺人ほう助・教唆の罪で起訴された。

 英米文学の教授だったペルトン氏は、「あの警官の目に、フロイドさんの姿は見えませんでした。ラルフ・エリソンの小説『Invisible Man』(米国の人種差別をテーマにした小説。邦題は『見えない人間』)のように」と指摘する。「黒人は、白人社会の米国ではほとんど目に見えない存在なのです。私たちは、影のなかで生きているのです」

<黒人というだけでリンチを受けてきた>
 一連の事件に共通しているのが、黒人を人として扱わない「人間性の抹殺」であると、歴史家は言う。フロイドさん、テイラーさん、アーベリーさんの事件だけではない。公園でバードウォッチングをしていただけで警察を呼ぶぞと脅された黒人も、同じように人間性を抹殺された被害者だ。

 フロイドさんの死と同じ週、ニューヨーク市オーデュボン協会の役員で、ハーバード大学出身のクリスチャン・クーパーさんがセントラルパークで鳥の観察をしていたところ、犬を紐につながずに散歩させていた白人女性に出くわした。
 そこは犬の散歩に紐をつなぐことが義務付けられている場所だったので、クーパーさんが女性にそうするよう促したが、女性はそれを拒否した。クーパーさんが携帯電話でやり取りを録画し始めると、その女性は、警察に電話して「黒人の男」に脅されたと通報してやると言い出した。
 落ち着き払ってその様子を撮影し続けたクーパーさんは、後にワシントン・ポスト紙に対し「自身の人間性が抹殺されようとしているときに、それを進めさせるわけにはいきません」と語った。
 女性の名は、後にエイミー・クーパーさんと判明したが、2人は親戚関係ではない。

画像1ホワイトハウスの前でプラカードを掲げる女性。ジョージ・フロイドさんの事件以来、大勢の市民がホワイトハウス前の広場に集まって抗議運動を行っている。
6月1日、ホワイトハウスから近くの教会まで歩くトランプ大統領の進路を空けるため、平和的に抗議していた人々に向けて警官隊が催涙ガスを放った。大統領は、聖ヨハネ教会の前で聖書を手に写真撮影を行った。

 「何をしていようと関係ありません。バードウォッチングをしていようと、道で水を売っていようと、ニュースを報道していようと、黒人はただそこにいるというだけで脅威ととらえられてしまいます。黒人には、危険、不純、非人間、犯罪者というイメージが付きまとっているためです」と、歴史家のコールマン氏は言う。

 「黒人で息をしている」ことが犯罪になる。

 「この国では、過去に何度も繰り返されてきたことです。あまりに多くの黒人が、黒人というだけでリンチを受けてきました。それが、白人に力を与えるのです。それだからこそ、エイミーさんも自分がどうふるまうべきかをわかっていました。大きくて黒くて怖そうなオオカミに脅されて震える白い乙女、という役割を演じたのです。『今から警察に電話して、黒人男性が私を殺そうと脅しているって言ってやるわ』と、ちゃんとセリフまでわかっていました」
 リンチは、司法の外で行われる残虐な処刑行為だ。かつての米国では、黒人がただ木に吊るされるだけでなく、今では考えられないような残酷な目に遭わされてきたという。

 人種差別の遺産を広く知らせるために活動している非営利団体「公正な裁きのイニシアティブ」は2018年、全米で初めて、リンチの犠牲者のための「平和と正義の国立記念碑」をアラバマ州モンゴメリーに建立した。

 記念碑を構成する801本の柱は、それぞれ高さ180センチ、さび色の鉄でできている。一本一本が、リンチのあった801の郡を象徴し、そこで犠牲となった人々の名が刻まれている。天井の梁から下げられたそれらの柱は、首に縄をくくり付けられて木から吊るされた黒人男性、女性、子どもたちの体を連想させる。
 1930年代に、ビリー・ホリデイの『奇妙な果実(Strange Fruit)』という曲が全米で有名になったが、これはポプラの木からぶら下がる黒人の遺体を奇妙な果実に例えた反リンチ運動の歌だ。

 リンチは、司法の外で行われる残虐な処刑行為だ。ただ人を木に吊るすだけでなく、性器を切り取り、指やつま先を切断し、皮膚をはがし、生きたまま火で焼かれることもあった。女性や子どもも犠牲になった。黒人妊婦の腹を切り、胎児もろとも殺されたという記録もある。

画像11935年7月19日、フロリダ州フォートローダーデールで、木から吊るされたルービン・ステイシー(32歳)。白人女性を「襲った」と訴えられて警察に逮捕されたが、マスクをかぶった男たちに警察から連れ出され、リンチを受けた。NAACPの報告書によると、リンチの現場は彼を訴えた白人女性マリオン・ジョーンズの自宅近くだった。

ニューヨーク・タイムズ紙は、「後の調査で、ホームレスの小作人だったステイシーが食べ物を分けてもらおうとジョーンズの家を訪れたところ、ジョーンズがおびえて叫び出したという真相が明らかになった」と報じた。 ステイシーのリンチ写真は全米に拡散、NAACPのジャーナルに掲載され、後に雑誌「ライフ」にも掲載された。

さらに、フランクリン・ルーズベルト大統領への報告書にも含められた。NAACPは、1932年にルーズベルトが大統領に当選したことで、恐ろしいリンチが止むことを期待していたが、ルーズベルトは反リンチ関連法案を一切支持しなかった。

<妊婦への残虐なリンチ>
 全米黒人地位向上協会(NAACP)の記録によると、ジョージア州南部で1918年、21歳で妊娠8カ月だった黒人女性メアリー・ターナーが白人の暴徒からリンチを受けた。前日に夫がリンチされたことに抗議したためだった。 この事件を調査するために派遣されたウォルター・ホワイトは、1929~1955年までNAACPの会長を務めている。タスキジー研究所によると、1880~1968年の間に、ジョージア州では少なくとも637件のリンチがあった。
 NAACPの記録にはこう記されている。「横暴な農園主のハンプトン・スミスが銃殺され、1週間後にメアリー・ターナーの夫であるヘイズ・ターナーが犯人に仕立て上げられて殺された。メアリーは夫の関与を否定して、夫を殺した人間を公然と非難し、警察に逮捕させると脅した」
 翌日、暴徒たちはメアリーを殺しにやってきた。「彼らはメアリーの足首を縛って木から逆さに吊るし、ガソリンと自動車のオイルをかけて火をつけた。彼女がまだ生きているうちに暴徒のひとりが彼女のお腹をナイフで切り開くと、胎児が地面に転げ落ちた。それを暴徒たちは足で踏みつけた。メアリーの体は数百発の銃弾で覆われていた」

 リンチにかけられた黒人の多くは、正式に起訴されることはなかった。白人に不適切な態度で接したというだけでリンチを受けることもあった。白人女性に体が当たったり、ただ目が合ってしまったり、白人の井戸から水を飲んだという理由で殺された者もいた。

 「この国には、憎悪が骨の髄まで染み込んでいます。それが、黒人殺しを助長しているんです」と、歴史家で詩人、作家のセリリアン・グリーン氏は言う。

 米国は、白人至上主義の理想の上に作られた国であると、グリーン氏は言う。独立宣言に署名した56人のうち40人、さらに第12代までの大統領のうち10人が奴隷を所有していた。合衆国憲法は、黒人を完全な人間として認めず、奴隷は自由人の5分の3相当と数えられていた。

画像1アラバマ州モンゴメリーの「平和と正義の国立記念碑博物館」に展示されている800本以上の瓶。
中には、全米各地のリンチ事件の現場で採取された土が詰められている。
博物館がある場所には、かつて奴隷たちが働かされていた倉庫が建っていた。

<黒人殺しの権限を委ねられた白人>
 現代の抑圧の背景にある人種差別を生みだしたのは、「黒人は劣っている」と考える一部の白人の態度であると、歴史家は言う。かつて、米国の州には黒人の命の完全な支配権を奴隷所有者に与える奴隷法が存在した。一部の州では、黒人が集まったり、食べ物を所有したり、文字を習うことも禁止されていた。

 黒人の夜間の外出を規制するジム・クロウ法や黒人法も制定された。100%白人の町では、日没までに黒人は町を離れなければならないとする「日没法」があった。この法律に「違反」したという理由だけでリンチにかけられる黒人も多かった。

 18世紀のジョージア州では、農園主と白人労働者に州軍への従軍が義務付けられていた。米自由人権協会によると、その州軍は奴隷への法執行権を持っていた。「かつて米国では、長いこと黒人殺しの権限が白人に委ねられていました」と、グリーン氏は指摘する。

 2020年2月にアーマード・アーベリーさんを殺害した「あのジョージア州の白人親子は、奴隷狩りのようなことをやっていたんです」

画像1絵葉書になったリンチ:1930年インディアナ州マリオン
トーマス・シップとエイブラハム・S・スミスのリンチ。

アーティストのケン・ゴンザレス・デイ氏は、リンチ現場を撮影した絵葉書から犠牲者の姿を削除した写真シリーズ「削除されたリンチ」で広く知られている。
犠牲者の姿がないことで、写真を見る者の視点はリンチを見物する白人たちに集まり、そこで初めてリンチという行為そのものが持つ社会のダイナミクスが見えてくるという。
群衆のなかには、ヤジを飛ばしたり顔に笑みさえ浮かべる人々がいる。

 アーベリーさん殺害の場面は、通行証を持たずに歩いていた奴隷黒人への暴行を思い起こさせる。
 30分の携帯電話による動画が、その一部始終を記録していた。2月23日、ジョギングをしていたアーベリーさんを2人の白人が待ち伏せして襲いかかった。2人は後に、ジョージ・マクマイケル(64歳)と息子のトラビス・マクマイケル(34歳)と判明した。
 抵抗しようとしたアーベリーさんを、2人は銃で3回撃った。彼は逃げようとしたが、道路に倒れてそのまま死亡した。犯人は2カ月間逮捕されなかった。
 アーベリーさんの死は決して例外ではないと、歴史家で作家のアリカ・コールマン氏は言う。その背景には、黒人の人間性が抹殺されてきた長い歴史がある。「こうした事件は全て、黒い肌への恐れという感情でつながっています」 「人間性の抹殺」が合法的に支持されたのが、1857年の合衆国最高裁判所によるドレッド・スコット判決だった。
 黒人米国人は、自由人であろうと奴隷であろうと、米国市民とは認められないため、連邦裁判所に対して訴えを起こすことはできないとの判断が下ったのだ。つまり、黒人は法律によって保護されず、自分を弁護することも許されなかった

画像1絵葉書になったリンチ:1916年、テキサス州ウェイコー
ジェシー・ワシントン。

 その考え方が、3月のブリオナ・テイラーさん事件に影響を与えたと、コールマン氏は指摘する。警察が真夜中にテイラーさんの家のドアを蹴破ると、テイラーさんの恋人が警官に銃を発砲した。

 「警官はテイラーさんを8発撃っただけでなく、恋人を警官殺害未遂容疑で逮捕しました。恋人は、何が起こったのかわけもわからず、ただ自分の家を守ろうとして発砲しただけですよ。もう一度言いますが、黒人は自分を守ることも許されないんです。それが、最初から黒人の現実なんです」

白人女性の嘘が14歳少年のリンチ死を招い

画像1奴隷制度の遺産と、人種差別主義によるリンチ犠牲者の記憶を伝えるために、2018年4月26日にオープンした平和と正義の国立記念碑。

 2020年、ジョージ・フロイドさん拘束死に対する抗議運動が米国で広がりを見せるなか、ツイッターでは「#AmyCooperIsARacist(エイミー・クーパーは人種差別主義者)」というハッシュタグがトレンド入りしていた。

 エイミーさんは、犬を紐でつなぐよう注意した黒人男性クリスチャン・クーパーさんに対し、警察を呼ぶぞと脅した白人女性だ。この事件について社会評論家は、黒人男性は白人女性による告発というリスクに常にさらされていることを思い知らされるとコメントしている。
 ジャーナリストのアイダ・B・ウェルズが19世紀に行った調査にも、その厳しい現実が記録されている。ウェルズは当時の黒人に対するリンチを勇敢に取材した功績を讃えられ、2020年、ピュリツァー賞の死後特別賞を受賞した。
 ウェルズはその調査取材のなかで、白人女性による嘘の訴えで多くの黒人男性がリンチを受けたと結論付けている。1892年5月21日、ウェルズは、自身が所有するメンフィス・フリー・スピーチ紙に社説を掲載した。「ここでは、ニグロの男が白人女性をレイプするなどという陳腐な嘘を信じる者は誰もいない。南部の男たちは注意しないと、彼らの女たちの道徳的評判に大きな傷がつく結果となるだろう」

14歳の黒人少年の死

 白人女性の嘘で思い起こされるのは、シカゴ出身の黒人少年エメット・ティルのリンチ事件だ。1955年、ミシシッピ州マネーに住むおじの家へ遊びに来ていたティル(14歳)は、白人女性へ口笛を吹いたと訴えられ、拷問を受けたうえ、銃弾を大量に撃ち込まれて殺された。遺体は有刺鉄線でぐるぐる巻きにされ、重さ30キロの綿繰り機をくくり付けられて川へ沈められた。それから数十年後、ティルを訴えた女性は訴えの大半が嘘だったと告白した。

がんばります!