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【マイ・ラブ制作陣×ネトフリ編集部座談会】愛する人と共に生きる人生の美しさを描く「マイ・ラブ: 6つの愛の物語」日本篇にみるドキュメンタリー映画の魅力(後編)

さまざまな愛の形を教えてくれるNetflixオリジナルドキュメンタリーシリーズ「マイ・ラブ: 6つの愛の物語。日本篇「絹子と春平」を、本作の製作陣の皆さんを迎え、ネトフリ編集部と作中では語られなかった想いやドキュメンタリーならではの魅力を深掘りしていく座談会。”こんな風に生きていきたい”と思わせてくれる素敵なご夫婦について語り合ったマイ・ラブ制作陣×ネトフリ編集部座談会(前編)はこちら。

後編では、ドキュメンタリー映画ならではの現場での緊張感や自分自身と向き合えるその魅力について語り合います。

監督:戸田ひかる
10歳からオランダで育つ。ユトレヒト大学で社会心理学、ロンドン大学大学院で映像人類学・パフォーマンスアートを学ぶ。10年間ロンドンを拠点に世界各国で映像を制作。前作『愛と法』(17)で第30回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門作品賞、第42回香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。現在は大阪在住。
撮影:小田香
1987年大阪府生まれ。2011年、ホリンズ大学教養学部映画コース修了。2016年、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory修了。ボスニアの炭鉱を撮影した第一長編作品『鉱 ARAGANE』(15)が山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門特別賞受賞。メキシコの地底湖を描いた『セノーテ』(19)で第一回大島渚賞を受賞。
録音:川上拓也
1984年北海道生まれ。映画美学校で学んだ後、フリーの録音・編集としてドキュメンタリー映画を中心に活動。録音担当作品に酒井充子監督『ふたつの祖国、ひとつの愛 イ・ジュンソプの妻』(14)、小林茂監督『風の波紋』(16)。録音・編集担当作品に酒井充子監督『台湾萬歳』(17)、大浦信行監督『遠近を抱えた女』(18)など。

編集・プロデューサー:秦 岳志
1973年東京都生まれ。ドキュメンタリー映画の編集とプロデュースを中心に活動。編集担当作品に、佐藤真監督『花子』(01)、『阿賀の記憶』(04)、小林茂監督『風の波紋』(15)、小森はるか監督『息の跡』(17)、戸田ひかる監督『愛と法』(17)、島田隆一監督『春を告げる町』(19)、原一男監督『水俣曼荼羅』(20)など。

新里 碧:ネトフリ編集部。旅と工作と古いものが好きなイラストレーター/取材漫画家。好きなネトフリ作品は「ストレンジャー・シングス」と「ノット・オーケー」。
伊藤:ネトフリ編集部。アニメ好き。邦画、明るいコメディ中心にチェック。血と戦争とホラーが苦手ですが、辛いノンフィクション系はなぜか見てしまいがち。「クィア・アイ」はメンバーの著書も購入済のファン。「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」「ナビレラ」で韓ドラの面白さを知り勉強中です。
DIZ:ネトフリ編集部。SNSを中心に活動している映画ライターであり、ネトフリ編集部の一員。常に幅広いジャンルの映画やドラマをチェックしている。好きなネトフリ作品は「ダーク」「The OA」「アンブレラ・アカデミー」など。

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自分自身と向き合う、ドキュメンタリーならではの現場

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DIZ:撮影はどのように始まったのでしょうか?

戸田:一番最初のロケが、2019年に沖縄で行われた市民学会だったんです。ハンセン病のことも勉強中だし、たくさんの人に会うし、でもここでしか撮れない画だし……といういっぱいいっぱいの状況で。初顔合わせで沖縄に行って、もみくちゃにされながらとりあえず撮る、みたいな感じでした。誰が誰かもわからない中で撮るような感じで始まって、徐々に関係性が生まれて受け入れられて、という流れになったのが秋から冬にかけてですね。

小田:私の個人的な感覚ですけど、ハンセン病を患った人と、そこで出会った連れ合いというフィルターが外れたのが秋以降だった気がします。

DIZ:それは何かきっかけがあったんですか?

小田:ハンセン病というものを知らないから、まずはたくさんのことをインプットする時間が必要でした。たとえば、春平さんには目に見える形の後遺症がありますけど、私自身がそういうことを見つめる時間を取らないと、その先には行けないんです。手やお顔をしっかりと見て、それも含めて石山春平さんだと。そういうことを特別視しないためのプロセスが必要だった気がします。撮影が開始する前には見慣れてないから、どういう風に春平さんの姿を見ていいかわからないですし、そういうのは絶対に作品に反映されるので。

戸田:それはすごく正直な感想だと思います。我々のように障がいを持っていない人が障がいを持つ方をどう見るか、まず戸惑いがあると思うんです。いくら「ハンセン病のことじゃないんです。個人のことを描いてます」と言っても、春平さんは手に後遺症があるのでお茶碗を持って食べることはできないですし。そういうことに小田さんはカメラマンとしてしっかり向き合っていたからこそ時間が必要で、自分の中の違和感みたいなものと向き合ったんだと思います。人として向き合おうとしなければ、そういう過程には入れないですよね。撮影の前半と後半では相手との距離感が違ってきていて、面白いなと思います。

ドキュメンタリー映画の魅力とは?

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DIZ:ドキュメンタリーの魅力は、撮影を進める中で信頼関係が出来て、それが映像にも反映される所なのかなと感じましたが、皆さんが思うドキュメンタリーの魅力とは何でしょうか?

川上:ドキュメンタリー映画って撮りたいものがなかなか撮れなくて、撮っている人たちが被写体の方から学んで変化して、それが作品になるという奇跡的なプロセスなんですよね。撮る人と撮られる人との共同作業でできるものだから、作り手の内面に囚われないというか。被写体からの影響を、作り手たちがメディアになって受け取り、自分たちなりに変換して作品にする、そのプロセスが魅力だと思います。

:作り手としては、ナマの経験として学べるというのが魅力です。その学んだことの中から、自分が想像もしなかったことを発見できたり、新しい視点を見つけることができたり、そういうことを一つ一つ丁寧に組み合わせることで、何かを提示できるという手法がドキュメンタリー映画。出演している人自身も知らなかった自分が見えたり、カメラが入ったことで想像もしていなかった事が起きたり、そういう様々な発見や新しい出会いをもとに、さらに新しい見え方ができる作品として観客の皆さんと共有することができる手法だと思います。

戸田:私がこの作品を通じてドキュメンタリーの魅力だと感じたのは、時間の共有なんです。実際にいま生きている人と向き合える場であり、今を一緒に生きているという時間の共有ができることが、ドキュメンタリーの醍醐味。

それから今回とくに「見る側」の視線が問われているなと感じました。実はハンセン病の問題は、まだ公に出来ない方もたくさんいる。彼らが弱いのではなくて、そういう現狀を社会が受け入れられていないんですよね。そういう意味でドキュメンタリーは「観る側」の責任というか、作品を観ていただく方にも自分の視点を感じることができるメディアだと思います。

DIZ:今後もドキュメンタリー作品を作られる予定ですか?

戸田:ドキュメンタリー映画って、すごく怖いところがあって。撮影中は守られた環境での信頼関係の中でやるんですが、作品が完成して独り立ちすると、出演者を守りきれない部分があるんです。視聴者の受け止め方も、必ずしもあたたかい反応が返ってくるわけではない。そこはさらけ出している本人にしかわからない不安で、私たち制作者側は、作品が完成して終わりではいけないと思いますし、ずっと続く関係性の中で作るものなので、軽い気持ちで「次もドキュメンタリーが作りたい」とは言えないなと思います。

今回も作品を世に届けるところまでフォローしたいという思いで、この座談会も参加させていただいています。

DIZ:現実の世界に生きている方なので、その後の影響も考えると気軽には作れない、ということですよね。今のお話を聞いて、ドキュメンタリーを観る時って、観る側の姿勢も大切なんだなと思いました。

“絹子さんの目線”に注目

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DIZ:最後にこれからこの作品を観る方に向けて、みなさんからのメッセージ、こういう部分に注目して欲しいという部分があれば、ぜひ教えてください。

:石山春平さんの本『ボンちゃんは82歳、元気だよ!』(社会評論社 刊)を皆さん、ぜひお買い求めください。Netflixで再生回数が増えても、私たちにも春平さんにも一銭も入らないですけど、この本は春平さんたちの活動の支援にもなります。作品では描ききれなかったハンセン病への差別・偏見のこと、そしてお二人の苦難の人生や抱腹絶倒のエピソードまで入っている充実の一冊です。

小田:石山ご夫妻が皆さんと同時代を生きていることを知ってもらいたいし、そういうことを見てもらえるだけですごく嬉しいです。それから、劇場でも公開できたらなと。やはりオンラインで観る人と劇場で観る人は層が分かれていると思うので、広く届けたいですね。

川上:“絹子さんの目線”、とだけを言っておくと面白いんじゃないかなと思います。“絹子さんの目線”に注目してみると、すごく面白い作品になっている。そういう編集になっていると思います。

戸田:彼らのあたたかい視線を受け取った自分の視線を感じながら観て欲しいですね。私たちも本当にあたたかく受け止めてもらって、そこから徐々に変わっていったのを現場で体験しているので、自分がどんな風に映像を見ているのか、彼らと向き合っているのかを感じながら観て欲しいです。

劇場で公開したいという話に付け足しますと、オンラインが当たり前の世の中ではありますが、オフラインでしか生きていらっしゃらない方々もたくさんいますよね。とくに春平さんたちのようなご年配の方、今回撮影に協力してくださったのもほとんど上の世代の方々なので、彼らの物語を提示する私たちの責任のひとつとして、観てくださった方々の声や反応をもっと目に見える形でお二人に届けたいという思いがあります。

ドキュメンタリーでなぜ劇場にこだわるかというと、そこだと思うんですね。特に春平さんは見ていただくことによってパワーをもらう部分がありますし、絹子さんも今回撮影隊が来て、「春平の人生を記録していることをすごく嬉しく思った」と言ってくださっていて、どこかに届けたいという思いが彼ら自身にもあると思うので、届いた実感を彼らにも味わって欲しいから。ぜひいつか劇場で公開できればと思います。

DIZ:何気ない日常の中にもたくさんの美しさがあることを教えてくれた、春平さんと絹子さんご夫婦に出会えて本当によかったです。この作品を1人でも多くの方に観ていただきたいと思います。


文・鈴木智美
構成・DIZ(@netflixjp ゲストライター)
Twitter: @DIZfilms

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