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【マイ・ラブ制作陣×ネトフリ編集部座談会】愛する人と共に生きる人生の美しさを描く「マイ・ラブ: 6つの愛の物語」日本篇にみるドキュメンタリー映画の魅力(前編)

世界的大ヒットドキュメンタリー映画『あなた、その川を渡らないで』(14)のチン・モヨン監督をエグゼクティブ・プロデューサーに迎え、長年連れ添ったカップルの日常に焦点を当て、6か国、6組のカップルの生活を、現地在住監督と制作チームが一年にわたり丁寧に記録したNetflixオリジナルドキュメンタリーシリーズ「マイ・ラブ: 6つの愛の物語

さまざまな愛の形を教えてくれる素晴らしいシリーズですが、ひときわ心に残ったエピソードがありました。それは結婚50周年を迎える石山春平さん(85歳)と絹子さん(83歳)ご夫婦を、優しく映し出した日本篇「絹子と春平」です。春平さんは身体にハンセン病の後遺症を抱えながらもボランティアや講演会など忙しく全国を飛び回り、絹子さんは「生活記録」として短歌を詠み写経に通い、二人は日常に溢れるどんな些細な幸せも分かち合い日々を送っています。

今回、この日本篇の戸田ひかる監督をはじめ、制作陣の皆さんを迎え、座談会形式で作中では語られなかった想いやドキュメンタリーならではの魅力を深掘りしていきます。この座談会を通して、愛する人と共に生きる人生について、一緒に考えてみませんか?

監督:戸田ひかる
10歳からオランダで育つ。ユトレヒト大学で社会心理学、ロンドン大学大学院で映像人類学・パフォーマンスアートを学ぶ。10年間ロンドンを拠点に世界各国で映像を制作。前作『愛と法』(17)で第30回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門作品賞、第42回香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。現在は大阪在住。
撮影:小田香
1987年大阪府生まれ。2011年、ホリンズ大学教養学部映画コース修了。2016年、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory修了。ボスニアの炭鉱を撮影した第一長編作品『鉱 ARAGANE』(15)が山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門特別賞受賞。メキシコの地底湖を描いた『セノーテ』(19)で第一回大島渚賞を受賞。
録音:川上拓也
1984年北海道生まれ。映画美学校で学んだ後、フリーの録音・編集としてドキュメンタリー映画を中心に活動。録音担当作品に酒井充子監督『ふたつの祖国、ひとつの愛 イ・ジュンソプの妻』(14)、小林茂監督『風の波紋』(16)。録音・編集担当作品に酒井充子監督『台湾萬歳』(17)、大浦信行監督『遠近を抱えた女』(18)など。
編集・プロデューサー:秦 岳志
1973年東京都生まれ。ドキュメンタリー映画の編集とプロデュースを中心に活動。編集担当作品に、佐藤真監督『花子』(01)、『阿賀の記憶』(04)、小林茂監督『風の波紋』(15)、小森はるか監督『息の跡』(17)、戸田ひかる監督『愛と法』(17)、島田隆一監督『春を告げる町』(19)、原一男監督『水俣曼荼羅』(20)など。
新里 碧:ネトフリ編集部。旅と工作と古いものが好きなイラストレーター/取材漫画家。好きなネトフリ作品は「ストレンジャー・シングス」と「ノット・オーケー」。
伊藤:ネトフリ編集部。アニメ好き。邦画、明るいコメディ中心にチェック。血と戦争とホラーが苦手ですが、辛いノンフィクション系はなぜか見てしまいがち。「クィア・アイ」はメンバーの著書も購入済のファン。「SKYキャッスル~上流階級の妻たち~」「ナビレラ」で韓ドラの面白さを知り勉強中です。
DIZ:ネトフリ編集部。SNSを中心に活動している映画ライターであり、ネトフリ編集部の一員。常に幅広いジャンルの映画やドラマをチェックしている。好きなネトフリ作品は「ダーク」「The OA」「アンブレラ・アカデミー」など。

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こんな風に生きてみたい。出会えて良かった素敵なご夫婦、春平さんと絹子さん

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DIZ:本日は貴重なお時間ありがとうございます。最初に監督の戸田さん、プロデューサーの秦さんから、今回の作品「マイ・ラブ:6つの愛の物語」日本篇についてご紹介をお願いします。

戸田ひかる(以下、戸田):石山春平さんと絹子さんご夫婦のラブストーリーです。10か月間ほど、主に私とカメラの小田さん、録音の川上さんの3人で彼らの生活に入らせていただいて、日々を丁寧に生きる姿を記録しました。彼らの現在の姿だけでなく、ハンセン病という歴史の壮絶な過去も垣間見えますし、今も続くハンセン病に対する社会の目が感じられる作品になっていると思います。

秦 岳志(以下、秦):ハンセン病の回復者ということで、今からでは想像を絶するような経験をされてきたお二人ですが、つつましいながらも、しっかりと芯を持って生きている。コロナ禍で、彼らのようにきちんとした視点を持ちながら生ることが難しくなっていると感じていたので、お二人の生活を10か月間見せていただき、とても勉強になりました。人としてこんな風に生きていきたい、と思わせてくれる人に出会えて幸せでしたし、その気持ちを見てくださる方々にお裾分けできたらと思って作りました。

DIZ:私もお二人が日々を大切に生きる姿を見て、自分もこういう風に毎日を生きていけたらいいなと思った、とても素晴らしい作品でした。本作は世界190か国で配信されますが、その点について意識されたことはありますか?

戸田:今までも世界の観客のことも意識しながら作ってきたので、その点についてはあまり意識していなかったんですが、いざ公開が始まって、副音声で春平さんと絹子さんが他の国の言語で話しているのを聞いたりして、やっと規模の大きさを実感し始めましたね。

ネトフリ編集部の記憶に残ったシーン

DIZ:では次にネトフリ編集部から、とくに記憶に残ったシーンについてお話しいただけますか。

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新里 碧(以下、新里):新年にお二人が団地の神社にお参りするシーンで、春平さんが「今年も守ってもらうようにお願いします。とくに絹子さんをね」と言うんですけど、そのあとすぐ絹子さんが「私はいいのよ」とおっしゃったんです。この時、確か体調を崩されて検査をすることになっていたのに、自分のことは置いておいて人のことを願う姿に、彼女の気持ちや愛の深さを感じて、とても印象に残りました。

:絹子さんが、自分の体のもどかしさや辛いことを語るシーンがあるのですが、その中で「みんなこういう経験をして辛かったんだって初めてわかった」というような事をおっしゃっていて、私もそれが印象的でした。

伊藤:制作チームから見たお二人の印象はいかがでしたか?

戸田:まずは懐の深さですね。底知れぬあたたかさをお持ちで、芯の強い揺れ動かない優しさを感じました。

お二人はお互いを支えながらも、とても独立していらして各自の世界がある。絹子さんは自立心が強く、春平さんは人から受け取るエネルギーをバネにしている印象です。講演などで自分の体験を語り、反応を感じ取ることは春平さんにとって大切なのですが、コロナ禍の今はそれが叶わないので、映画を観た人の印象や感想を伝えられたらなと思っています。

新里:すごく月並みですけれど、こういう夫婦になりたいと思いました。いつまでも寄り添っていける夫婦になりたいと思って、夫にもこの作品の話をたくさんしました。一度もお会いしたことがないのに、映画を観るうちに親戚の知っている人のような感じになりました。

小田:お二人は人の悪口は一切言わないし、愚痴もおっしゃらない。変な言い方ですけど10か月間の撮影中、嫌な気持ちになったことが一度もなくて。多分ものすごく気を使ってくださっていたし、自分たちが甘えていた部分もあったと思いますが、そういう人たちがいることに驚きました。

川上:確かに10か月ぐらいドキュメンタリー撮影をしていると、お互いにピリピリすることもあるし、嫌な部分も絶対に見えてくるんですが、春平さんと絹子さんにはそれがなかったですね。そういう経験は、ドキュメンタリーを撮っていて珍しいかもしれない。お二人が普段からそういう姿勢で人と接しているから、我々にもそのまま伝わって、「人ってああいう境地に至れるんだな」と思いましたし、目指したいなと感じました。

:ドキュメンタリーの撮影で、「普段の生活そのままをやってください」と言っても、そんなことなかなか出来ないんですよね。だけど二人はそれに挑戦してくれた。大変な決意を持ってカメラの前に立つことを選んでくれた、ということだと思います。だからこれは二人が作った作品。私たちはそれを受け止めるのに必死で、「なんとか受け止められました」という感じですね。

日々の何気ないことに美しさを見出す二人の姿に感動

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伊藤:作品の中で「おや?」と思ったのが、後半の絹子さんの手術が終わったシーン。全編を通じてほとんどナレーションがない中で、ここだけ春平さんが手紙か何かを読みながらお話されているようなナレーションが被せられていて、何を読まれていたのか気になりました。どんな風にこのシーンを作られたのか教えていただけますか?

戸田:読んでいるのは春平さんの日記です。春平さんは毎日日記をつけていて、最初は恥ずかしそうにしてたんですけど、頑張って読んでくださいました。春平さんは教育を受けられず療養所で字を学んだそうですが、ハンセン病の療養所は短歌や詩などの文化活動が盛んで、春平さんも短歌を詠んだり、カメラで写真を撮っていたりしていたんです。絹子さんも毎日短歌を詠んでいて、二人が表現者であることも、私が彼らに惹かれた大きな理由のひとつですね。

DIZ:私も、お二人が当たり前の風景や何気ないことを美しいと思ったり、感動を分かち合っている姿に感銘を受けました。周りにも素敵な人が集まってくるし、素敵の連鎖が起こるのだろうなと。それが、お二人の人生を通して私が自分の人生に取り入れたいと思った部分で、実際にこんな風に生きている方がいらっしゃることに感動しました。

戸田:そこが彼らの魅力の一番大きなところですよね。小さな幸せをしっかり感じ取っているし、忘れがちな美しさを心から楽しんでいらっしゃる。

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「こんな風に生きていきたい」と思わせてくれる春平さんと絹子さん。マイ・ラブ制作陣×ネトフリ編集部座談会(後編)では、撮影の裏話やドキュメンタリー映画の魅力を語ります。

文・鈴木智美
構成・DIZ(@netflixjp ゲストライター)
Twitter: @DIZfilms

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