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そう遠くない未来の話(小説:30)

「ねぇねぇ、タツロウおじいちゃん」と孫のユイがこちらをまっすぐ見つめて話かけてくる。

孫の視線を一心に受け止め「どうしたんだい?」となるべく優しく言った。

「学校の宿題でおじいちゃんの話を聞いてこようってのがあってね、それでいくつか聞きたいことがあるの!」

「おぉ、そうかなんでも聞いてくれ」と明るく答えたつもりだったが、学校の宿題という義務的なものを通して喋るのは少し寂しかった。

久しぶりなのだからもっと孫の話を聞きたいと思うものも、自分が同じ立場の頃はそんなことしてなかったなと思うと、自分が言えたことではなかった。少し曇った表情を孫に拾われたら嫌だなと心配したが、この状況下ではそこまで読み取れないだろうなとも思った。

「えーっとね、おじいちゃんの頃って鍵ってものをいつも持ち歩いてたんですか?」ユイが質問内容を記したタブレットに目を落としながら聞いてきた。

「あーそうだよ、今は指、目の模様とかが鍵代わりになってるけど、昔は家の鍵、車の鍵、自転車の鍵、会社の鍵、倉庫の鍵を持ち歩いてたよ。いつも全部の鍵を持ち歩いてたわけじゃないけどね、いつも2~3個は持ち歩いてたかな」と答えると、

ユイは少し困った表情で「そうなんだ」と言いタブレットを操作し始めた。
「ごめんなさい、おじいちゃんもう一回喋って、タブレットがおじいちゃんの声ちゃんと拾えなかったみたい」と少し申し訳なさそうにユイが言ってくる。

どうやらタブレットで質問の回答を文字起こししているようだ。私は先ほどより丁寧にはっきりと喋った。

「できた!じゃあ次の質問ね。どうやって持ち歩いてたんですか?「キーケースってのがあってね、そこに鍵を入れて持ち歩いてたよ。今は使ってないけど。ちょっと待ってね」と言い、私はしばらく開けていない引き出しから昔使っていたキーケースを取り出し孫に見せる。

「これがキーケースだよ」と言い、中を開いて見せてあげた。ユイは「おじいちゃんストップ」と言うとカメラを向け写真を撮った。

「あれ、うまく撮れないや、なんで」と少しごねていると、ユイの近くを通りかかった母が、つまり私にとっての娘が、「それだとうまく撮れないよ、あとで撮り方教えてあげるから、今は質問してあげて」とユイを諭した。

ユイは「はーい」と返事をして次の質問に移った。「持ち歩かない鍵はどうしてたんですか?」

「基本的には玄関に置いてたよ」そういうと「え!それ大丈夫なの?」と驚いた様子だった。その驚きとは裏腹に初めて自分の言葉で質問してきたことが少し嬉しくもあった。

「だってさ、昔の鍵って自分のじゃなくても、誰でも使えたんでしょ?もし家の鍵落として家に入られたら、玄関にある鍵全部持ってかれちゃうじゃん」

「あはは、確かにそうだね。だけど家の鍵落としても、その鍵で開く家を見つけるのは果てしないからそんなことにはならなかったね」

「そうなんだ」と少し納得いかない様子だったが、特にそれ以上は突っ込んでこなかった。

しばらくの間、ユイはタブレットを懸命に操作した後「そろそろピアノの時間だから行かないと、ありがとねおじいちゃん」と手を振った。

私も手を振り返していると、奥から娘がやってきて、ユイに「ほらピアノの準備しておいで」と言い、ユイを準備に促した後、「お父さん元気?」と聞いてきた。

「もちろん元気だよ。もっとユイちゃんと一緒にいたかったな、今度はこっちにきてちゃんと顔を見せてほしいな」と言うと、

「また、そんなこと言って、地球まで行くのお金かかるし遠いんだもん。それにいいじゃない、こうして定期的に顔合わせてるんだから」

「まぁ、そうなんだけどね。なんか違うような気がしちゃうんだよね」

「心配しないで、そっちの年月で1年以内には旅行も兼ねて会いに行くから」

「わかったよ、楽しみに待ってる」

「またね」と言いかけたところで、「あ、ちょっと待ってもう一回キーケース持ってくれる?スクショ撮るから」と娘が言い、私はキーケースを持って静止する。

「ありがと、じゃあまたね!」と娘が手を振る。私も手を振った後、ホログラムのスイッチを切った。

暗くなった画面に自分の顔が映る。

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