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どこが好きか聞かなくていい(小説:28)

クリスマス期間のイルミネーションに向けて、街路樹に電飾を施している業者を横目に、ミカとユキは昼の並木通りを歩いている。

この時期になるとどうしても話題に上がるのが恋人の話だ。この二人も例外ではない。

「この間彼氏が料理を振舞ってくれたの。パスタとアヒージョ、それに牛肉の赤ワイン煮込みだっけな。スパークリングも彼が選んできてくれて、とりあえず全部すっごく美味しかったのよ」

ミカがそういうとユキは目を細めて「え?何それ惚気?」と冗談めかしながら言った。「待って、ちゃんと続きあるから」とミカが言い、二人は笑い合った。

「普段は料理とかするタイプじゃないし、私のためにすごく頑張ってくれたみたい。彼はそういうところが結構あって、今回の料理だけじゃなくて、旅行の時とかも率先して計画立ててくれたり、私がスキーやりたいって言ったときに彼も得意じゃないのに色々調べてくれたり」

ユキはまだ目を細めている。
ミカは「ごめんごめん、もう少しだから」と謝り話を続ける。

「それでね、少し前にお互いのどこが好きかの話になったときに、そのことを言ったの。慣れないことでも頑張ってくれるところが嬉しいって」

「それで?」「そしたらね、それ以降いろんなことを頑張ってくれるようになったんだよね。さっきの料理もそうだけど、見慣れないグッズを買ってきて掃除したり、シャツをちゃんと糊付けしてくれたり。もちろんやってくれるのは嬉しいんだけど、そこまでしなくてもって思うんだよね」

「私はいつ目を細めるのを止めればいいかな」とユキが微笑む。目は笑っていない。

「ごめんごめん、惚気てるつもりはなくて、私は結構深刻な問題だと思ってるんだよね。無理されても困るし」とミカは少し俯きながら言った。もう冷えきった紙コップのコーヒーをくるくる回している。

「しっかり惚気だね。でも少しわかる気もする。どこが好きって話になって何も言わないのは、それはそれで違うじゃない?だから答えてはみるけど、自分でもしっくりきてることなんてあんまりないんだよね。だからそれを真に受けられるとちょっと困ると言うか」とユキが続けるとミカは顔を上げ、大きく頷いた。

「そうそう、例えば優しいところが好きなんて言ったとするじゃない?それを聞いて彼はもっと優しくしようなんて思うかもしれないけど、そんなことする前からずっと優しくて、そのくらいがちょうどいいからそう言ったのに、それを言ったことで変にバランス崩れるもの嫌だよね。頑張ってくれるのは嬉しいけど背伸びしすぎて苦しくなってないか心配で」

「確かにね、少し不安になって、相手にどこが好きってつい聞いちゃうけど、あまり良くないことなのかもしれないね。聞かなくっていいことってあるんだよね」

「確かにね、私も気を付けないとな。目を瞑るわけじゃなくて、聞かなくていいことは聞かないように」そういうとミカは残っていたコーヒーを一気に飲みほした。

「ところでさ、ユキは彼氏いないの?」とミカが聞くとユキは「それは聞かなくていいの」といい二人は笑いあった。

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