【超短編】海への手紙
梅の盛りも終わり、桜の蕾が今にも開花しそうなこの頃となりました。
春が訪れたと言うにはまだ少し肌寒いですが、それもあなたは季節の趣と楽しむのでしょうね。
さて、この度お知らせしないといけない事があり、重い筆をとらせて頂きました。
先月の末、珠代が永い眠りについた事をご報告します。
家にいると、何度も何度も実感するのですが、いざ文面にすると手が震えてしまい、乱れた文字になってしまいます。
我が事ながら情けないと思いますが、中々ままならないものですね。
もう3月も終わりだというのに、お知らせするのが遅くなって申し訳ありません。
改めての話になってしまいますが、同性婚だった私達には子が望めませんでした。
それでも子が欲しい私達の元に、あなたは来てくれましたね。
実の親以上に慕ってくれたあなたを、珠代は最後まで愛していました。
あなたを探したこの2年間、私も珠代も街中でたくさんのあなたを見ました。
同じような服、同じような髪型、同じような年齢。少しでも共通点のある人影が、全てあなたに見えるのです。
あの日、あなたは海になど行っていないのではないか。
私達に連絡を取るのが面倒だから身を隠しているのではないか。
あなたはどこかで生きているのではないか。
私は、恐らく珠代もそう思い込む事で何とか平静を保っていました。
遺体が無いというのは、残された者にとって本当に残酷な事なのですね。
先週、珠代とはどうしても行く事が出来なかった、あなたの居なくなった海にいきました。
そこで水の温度に触れた時、何となくわかってしまったのです。
あなたはもう決して戻って来ないと。
その直感は私にとって耐えがたい悲しみでしたが、同時に私達は本当の親子になれたのだと改めて感じました。
もしかしたらこの便りよりも早く、あなたは珠代に会えたのではないでしょうか。
珠代も本当にあなたに会いたがっていましたから。
この手紙を最後にして私も精一杯生きて、あなた達と同じ所に行けるようにします。
最後になりますが、私達の子供でいてくれて本当にありがとう。
生まれ変わってもまた、あなたに会いたい。