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星間探索

1.旅立ち


「島田さん。宇宙、行きませんか」
 職場の後輩である里村が、昼休憩から戻るや否や笑顔で声を掛けてくる。これから業務を開始するとは思えない良い笑顔だ。

「なんか新メニューでもあったのか?俺は火星丼一筋だが。どうせなら昼に行く前に誘えよ」
 俺はそう返しながら立ち上がって伸びをする。宇宙か。あそこ量が多いんだよな。久しぶりに行くか。

「定食屋の方の話だと思ってますよね?いきなりだからそう考えるのも仕方ないですけれど。これを見て下さい」
 里村はウェアラブル端末から立体広告を展開する。俺は広告を見る前に少しだけ里村の方に目を遣った。
 最近ロングからボブへと変化を遂げた里村は、何やら嬉しそうな表情を浮かべて目を輝かせている。

『来たれ星間冒険者。我々と共に未知を歩もう!』
 ナレーションの声で視線を広告に戻すと、旧式の宇宙服を着た人が宇宙船の上に跨って飛んでいる広告が流れていた。中々にチープな出来だ。

「あー、これか。わざわざ遠くまで行かなくても、宇宙くらい旅行で行けば良いだろ」
 俺は里村にそう声をかけながら椅子にかけていた上着を羽織る。正直、あまり触れたくない話題だ。

「旅行とは違うじゃないですか。大体たまにって言いますけど、数年に一度くらいの募集ですし。折角の機会だし応募しましょうよ!」
 妙に熱心に誘ってくる里村だが、俺が行きたい宇宙は歩いて五分の定食屋だ。

 前に俺がうっかり語ってしまった夢を里村は覚えているのだろう。だが俺はもう夢を見ていられる歳ではないし、現実も見えている。
 俺より適した人材は世の中にたくさんいるし、そもそも政府肝煎りの事業である星間探索隊の応募倍率はとても高い。

「気にしてくれてありがとな。俺は近所の宇宙に行くわ」
 俺の言葉に「分かりました!」と応じた里村は自席に戻って仕事を開始しているようだ。切り替えが早い奴だ。
 俺も気にせず外に出る事にする。

 募集の話を聴いて少しだけ、ほんの少しだけ夢が胸の内でくすぶっている気がした。
 俺も切り替えが早い方だと思ってたんだけどな。
 忘れたはずの未練が追いかけてくる気がして、俺は少し早足で宇宙へと向かった。


 星間探索隊の募集を政府が始めたのが十数年程前になる。信じられない事に、里村が持ってきたチープな広告は官報だ。予算がないのだろうか。
 世間では神の探索が主たる任務と揶揄されている。

 古来から森羅万象の説明が付かない部分を神によるものと決めつけてきた我々だが、文明の発展により明かせない謎が極端に減ってきてしまった。

『神はいないのではないか』
 不思議な事に、神の不在が証明される度に皆が不安になっていった。

 そのタイミングで当選者に多大な援助を与えて遠くの惑星を探索させる、政府肝煎りの事業が始まった。一応の名目は『未知の惑星及び物質の探索及び採取』とされている。

 宇宙探索では流れる時間が違う。まだ帰って来た探索隊は居らず、第一隊がいつ帰ってくるのかすら何年先になるのか想像もつかない。
 なので探索隊には家族や恋人などを同行させる者も多かった。

 いわゆるガス抜きだ。俺はそう捉えている。神がどこかにいる事の証明など出来ないが、いない事の証明を先延ばしにする事は出来る。

 子供がいたずらを隠すのと同じ要領だな。そう思いながらも、俺は十代の時から臨時募集も含めて四度応募している。
 どうしても未知を探索したかったからだ。

 しかし未知への憧れは、俺を宇宙へと連れて行くことはなかった。

「お客さん、冷めちゃうよ!」
 店主の声で我に返る。運ばれてきた時にはグツグツと煮えていた火星丼は、すっかり冷めている。
 
 余計な事を考えすぎた。今は近隣の星くらい気軽に旅行出来る時代だ。叶わない夢は忘れよう。

 俺はまだ少し熱の残った火星丼をゆっくりと飲み込み、日常へと戻っていった。


 すっかり星間探索者の募集など忘れた朝、いつものアラームとは違う大きな音で起こされた俺は寝惚けながらウェアラブル端末を探す。

 なんだ?何事だ?ようやく見つけたウェアラブル端末からは、チープなファンファーレ音と共に既視感のある映像が流れている。

『おめでとう島田君!君は星間冒険者に選ばれた!いざ行かん未知の旅へ!』

 状況を飲み込む事が出来ない俺はしばし呆然としてしまう。そして状況を徐々に理解した。
 選ばれたのだ、星間探索隊に。

 俺が?何で?応募した記憶すらない。唯一の心当たりである里村の顔が咄嗟に思い浮かぶが、断ったのに応募するような奴ではないと思う。

 星間探索隊に参加できる。

 意識が冴えてくると共に湧いてくる実感に、指が震えるのを感じた。冷静にならないと。
 早朝で迷惑なのは百も承知で里村に連絡する。

「島田さん、おはようございます!」
 意外にも里村は瞬時に元気よく連絡に出た。ウェアラブル端末に里村のアバターが映し出される。

 疑ってしまって良いものだろうか。どう切り出すのかを考えていなかった俺が「おはよう」と返して二の句を継げずにいると、里村から思いもかけぬ言葉が飛び出す。

「星間探索隊に選ばれましたね!おめでとうございます!」
 興奮した様子の里村に呆気を取られる。少し遅れて思考が追いつき、疑惑が確信へと変わった。里村の仕業だ。

「お前、俺の応募…なんで勝手に…」
 ようやく絞り出した言葉は上手く形を成す事が出来ていない。責めようとする言葉を紡げない理由を、俺は知っている。

 夢が叶ったからだ。押し付けられた親切を感謝こそすれど、里村に対する怒りなど湧いてくるはずがない。

「え?今、もしかして勝手にって言いました?お願いされたから応募したのに信じられない!」
 しかし里村の反応は意外すぎるものだった。里村のアバターが怒りを表現してバタバタしているのを横目に、俺は必死に記憶を手繰る。

『折角の機会だし応募しましょうよ』
『ありがとな。俺は近所の宇宙に行くわ』

 なるほど、確かにそう捉えることも出来る。言葉って凄く難しいんだな。そういう意味じゃなかったんだが。

「…悪かった。確かに言ってたわ」
 腑に落ちないまま俺は謝る。細かい事で突っかかるのはやめよう。

 星間探索隊に参加すれば、参加メンバー以外と同じ時間を生きる事は出来ない。
 通例では準備期間はそこまで長くは設けられていないので、里村と話せる時間も限られている。わだかまりは残したくなかった。

「良いですよ、冗談です。これから宇宙で長い時間を一緒に過ごす仲間なんですから仲良くいきましょう!」
 里村の言葉に俺は今度こそ絶句する。一体何を言っているんだこいつは。里村のアバターは無邪気にハートマークを作っている。

「言い忘れてたかも知れませんが、私も宇宙に行きたかったので、随伴枠で登録してあります!この星に未練もないですし!」
 こちらに向けて元気に親指を立てる里村のアバター。やって良い事と悪い事があるんだぞ里村。
 俺のアバターが里村に向けて親指を下に向けていたりしないか心配だ。

「…報連相、ちゃんとしような…」
 思わず間が抜けた言葉が口から出る。俺がこれまで随伴枠に誰も登録せず応募しているのは伝えてあったが、状況が変わってる可能性は考慮しなかったのだろうか。

 まぁいいか。実際連れていく人間もいない事だし。知人友人を連れて行く事も規定上出来ないわけではないはず。

「はーい!これからも末永くよろしくお願いします!」
 聴いているのかいないのかわからない返事と共に、里村のアバターは深々と頭下げた。


「島田さんと里村ちゃんの門出を祝して!かんぱーい!!」
 同僚達が開いてくれた送別会が始まる。誤解を生みそうな表現の音頭だが、致し方ないだろう。
 俺は手元の酒を高く掲げて笑顔を返した。里村も横で笑顔を浮かべている。

 星間探索隊への選抜通達があった日、会社に俺と里村が退職する事を伝えた時の気まずさと言ったら表現のしようがない。

「え、二人ってそういう?」
「島田さんも隅に置けないっすね!」

 予想していたとはいえ、かなりの人間に俺と里村に何かしらの関係がある事を勘繰られた。
 俺も他の人がこのような状況になったら同じ感想を持つだろうが、痛くもない腹を探られるのはやはり愉快な事ではない。

「私がお願いして島田さんの枠でも応募してたんです。宇宙一のイケメン捕まえて来ますから!」
 後から聞けば里村も自ら応募してたとの事。よほど宇宙へ行きたかったのだろうか。そもそもお願いなどされてないわけだが。

 里村の堂々とした主張が早い段階で市民権を得て真実という扱いになったのは、本人の人柄によるものだろう。

 お陰で事なきを得たとも言えるが、里村自身で蒔いた種だから当然と思う気持ちも少しある。

 上司や果ては社長からも祝われ、兎にも角にも会社からは円満に離れる事が叶っての送別会の開催だった。

「僕を置いていくなんて、島田さんは本当にひどい!帰ってくる頃には僕らの孫の世代、下手するともっと後でしょ?ロマンすぎるわー」
 後輩の一人である橋本が支離滅裂な事を言いながら俺のグラスに酒を注ぐ。赤みがかったその顔には涙と満面の笑みが浮かんでいる。少し怖い。

「随分酔ってるな橋本。帰ってきたらお前の子孫に挨拶してやるから、養子でもなんでも迎えて俺が来るって語り継いどけ」
 俺は注がれた酒を飲みながら、酔い潰れそうな橋本に声をかける。

 橋本の恋愛対象は同性だ。同性婚など法整備された今でも、現在の法では直接の子孫は残せないし差別する輩も少なからずいる。

 橋本の一人称である『僕』はごく自然なものであるにもかかわらず、社内では平場であっても『私』に直すべきではないかと議論になった事があった。
 公の場で『私』を正しく使い分けていた橋本にとって、それは差別以外の何者でもなかったようで、随分塞ぎ込んでいたのを覚えている。

「私は平場では『俺』と言っているし、周囲にもそのような上司もいる。橋本だけ直すのはおかしいのではないか?」
 俺がそう啖呵を切った事で議論はうやむやのまま収束し、橋本からは一定の信頼を得る事となった。

 俺自身が平場でくらい『俺』と言いたかったから、というのが主な理由である事は墓場まで持っていくつもりだ。

「理解ある先輩が居なくなるのは本当に寂しいです。しかも僕の癒しの里村ちゃんまで連れてくし。死にたい」
 里村の親友でもある橋本は項垂れる。ここまで慕ってくれる人間と離れるのは、やはり少し寂しいものだ。

「あーあ、僕も家族が居なければ宇宙でもなんでも連れていってもらうのになぁ」
 遠い目をする橋本。父を早くに失い、兄弟を養いながら病気がちの母の面倒を見ていると話してくれた事を思い出す。
 橋本にとって全てを捨てて家を出る事は、宇宙よりも遠い場所に行く事に等しいのだろう。

「探索船って十人くらい乗っていくんでしたっけ?他の人にも会ったんですよね?どんな人達だったんですか?」
 畳み掛けるように問いかける橋本は、すぐにでも寝そうな身体の揺らし方をしている。
 他の乗船者か。俺は事前説明会が開かれた日の事を思い出していた。


 星間探索隊への選抜が通知されて一月後、俺と里村は事前説明会の名目で宇宙研究施設へと呼び出された。

 宇宙研究施設自体は一般にも公開されており、宇宙旅行を何の訓練もなく行える現在では幼少期に一度は研修で訪れる。当然俺もこれまで何度も見学に来ていた。

「島田さん、私達が乗るのってどの宇宙船でしょうね。同行者はもう来ているのかな?」
 施設についてからずっとソワソワした様子の里村が、周囲の施設をグルグル見回しながら話しかけてくる。

「少し落ち着け。顔合わせも兼ねた説明会だろうから、もう少しで同行者についても分かるだろ」
 あまり真面目に考えていない俺の意見に対し、里村は「そうですねー」と気のない返事を返してまだ周りをキョロキョロしている。そんなに珍しいのだろうか。

「小さい時に来てないのか?別に初めてみるわけじゃないだろ」
 俺がそう話しかけると、里村はキョロキョロするのをやめてムッとした表情でこちらを見た。

「島田さんみたいに何度も来てれば珍しくないでしょうけれど、私はまだ二回目なんです!全部が新鮮なんですよ!あれはなんですか?」
 里村の指差す方向を見ると、旅客機として使われる宇宙船とは違う一回り小さな船があった。

 従来の宇宙船は箱型なのに対し、あれはまるで…

「見覚えのある形でしたか?今回、お二人にも乗って頂く新型の宇宙船ですよ」
 不意に掛けられた言葉に驚いて振り向くと、背が少し低めの老人がこちらを見ている。一瞬遅れてその正体を理解し、俺は目を見張った。
 
「高木博士!お書きになられた本、拝読させて頂いております」
 俺はその老人へ深々と頭を下げる。慌てて里村も頭を下げている気配があった。

 高木博士は航宙学の権威だ。同時に宇宙を旅する冒険家でもある。星間探索隊の歴史は彼から始まったと言っても過言ではない。

 今回の旅でも高木博士の教え子などには何かしらの形で会えるかもしれないとは思ったが、まさか本人に直接会えるとは思ってもみなかった。

「今回は応募してくれて有難うございます。星間探索プロジェクト総責任者の高木です。あなた達が来てくれて良かった」
 柔和な口調でそう話した高木博士は「まずはこちらへ」と続けて俺達を誘導する。俺も里村も軽く会釈をしてそれに従った。

 名前を認識されているという事は、高木博士が何かしらの形で星間探索隊に関わってくれるのだろうか。
 期待で胸が高鳴るのを感じる。良い旅路になるに違いない。

「島田さん、ちょっと気になってたんですけど」
 里村がそう話しかけてきたのはミーティングルームに通され、フカフカなソファに並んで座って高木博士を待っている時だ。

「そういえばずっと静かだったな。どうした?」
 そう答えている間に若い女性が現れ、黙って飲み物をテーブルに置いてから一礼して去っていく。助手だろうか。

「なんかこう、あまり大々的に歓迎してくれないんですね。いつもセレモニーとかやってませんでしたっけ?」
 里村に視線を戻すと神妙そうな表情している。これには俺も思う所があった。

 前回までは選抜メンバーが大々的にセレモニーと共に公開されてきたと思うが、今回は情報が一切公開される気配がない。

 研究所の受付ではさすがに体裁の良い歓迎と祝福を受けたが、中に入った印象は「慌ただしい」の一言に尽きた。こちらを見向きもしない職員も多い。

「忙しいんだろ。何せそう遠くない未来に俺達が出発するんだから」
 忙しいという推測は半分本気だ。長期の宇宙旅行にどのような準備が必要かを、それこそ高木教授の論文でも読んでいる。だが…

「それは分かるんですけど、そんなの普通じゃありません?何かあったんじゃないですか?」
 里村の意見に俺も頷く。そう、確かにこれくらいの忙しさは折り込み済だろうと思ってしまう。

 セレモニーは探索隊を歓迎する意味合いは勿論の事、職員がやってきた事の成果を表現する場だ。区切りとして必要だと思う。

「…そうだな。何かあるなら説明あるだろ。そんな事よりあの新型宇宙船のをどう思う?」
 邪推ばかりしていても仕方がない。俺は話題を変える事にした。例の宇宙船について里村の意見を聞きたかったというのもある。

「さっき見たやつですか?思ったより小さいですよね。探索隊ってそんな少人数でしたっけ?あれは何人乗りなのでしょうね」
 里村が首を傾げる。それは俺も気になっていた所だった。

 星間探索隊の宇宙船は旅客用のそれよりも遥かに大きく、四〜五世帯程度はプライバシーを確保しながら収容出来た筈だ。
 今回の募集から何か目的が変わったのだろうか。
 
「確かに小さくなったよな。けどそれよりもっと気になる事がないか?例えば形とか…」
 俺の質問に里村は困ったような表情をする。里村は既視感を覚えなかったのだろうか。
 円盤のようなあの形はまるで…

「島田さん、UFOなんてものは余程の伝承マニアでもない限りご存知ないですよ」
 高木教授は俺と里村が立ち上がろうとするのを手で制しながらソファに座る。

「失礼。会話の途中で割って入ってしまいましたね」

恐らく島田さんも感じてらっしゃる通り、新型宇宙船は大昔の都市伝承にあるUFOにとても似ています」
 高木教授は俺の感じていた事をズバリと言い当てる。

「すみません。UFOってなんですか。伝承に詳しくない私にもご説明下さい」
 里村が小さく手を上げながら軽い調子で言う。
 高木教授を前に恐れ多い事だと思うが、里村には人の良さそうな老人にしか映っていないのだろうか。

「里村さん、有難うございます。UFOというのは古語で未確認飛行物体を指しました。こういう形です」
 高木教授がUFOの資料を展開する。改めて見ても新型宇宙船にそっくりだ。新型宇宙船の遊び心のあるデザインに関心する。

「平たく言うと、昔の人は別の文明がこのようんな円盤型の乗り物で宇宙を渡り、この星に来ていると考えていたようです」
 高木教授の説明をうんうんと頷きながら聴く俺だったが、里村は納得のいかない顔だ。

「実際にはそんなの来てなかったんですよね?そこまで高度な存在が来ていたら、この星は支配されていると思います」
 身も蓋も無い事を言う里村。実際そうだろうが、同じような宇宙船が世界中で目撃されている事がロマンなのに。

「実は昔の人達も多くの人はUFOなど信じていなかったようです。勿論僕もそうでした。ですが今はその自信が揺らいでいます」
 高木教授はここで一呼吸おいてから続ける。

「新型宇宙船はどう見てもUFOにそっくりですよね?実は参考にしたわけではありません。持てる技術を全てぶつけたら、あの形になってしまったんです」
 高木教授は手を大きく動かしながら訴えるように説明を続ける。

「正直な所、設計した時は何かの間違いかと思いました。ですが結局この形になってしまったのですよね」
 高木教授は興奮気味に話す。これまでの苦労などもあったのだろうし、様々な想いが去来しているのだろう。

 ただ俺は正直偶然じゃないかと考えているし、里村に至っては「ふーん」とでも言いたそうな顔をしている。絶対に口には出してくれるなよ。

「失礼しました。島田さんがUFOをご存知の様子だったので、つい熱く前置きを語ってしまいましたが、本題に入ろうと思います」
 高木教授は穏やかな口調に戻り、UFOの資料を閉じながら別の資料を展開する。

「まず、最初に今回の探索の主旨を改めてご案内します。非常に曖昧かつシンプルで僕は気に入っているのですが、未知の探索と採集です」
 高木教授が展開する資料に近隣の惑星や衛星などの天体が写し出されていく。

「採集と言っても実物を持ち帰る訳ではありません。あくまでデータの採集になりますのでご注意下さい。またこの探索における注意事項ですが……」

 資料を交えた基本的な注意事項の説明が続く。注意事項の内容はほとんどが法と倫理に基づいたものなので、悪意なく生活していれば大きくズレる事はない。

 少し変わった点があるとすれば『生命体がいたら不要なコンタクトを取らない』『食料の現地調達は生命の維持に必要な場合にのみ行う』などだ。

「……以上です。何か質問点などはございますか?」
 高木教授が注意事項の説明に一区切りを付ける。すると俺が手を挙げるより早く里村が挙手して発言を始めた。

「航宙時の注意事項は理解出来ましたが、メンバー構成や滞在期間、それに目的地や補償についての案内はこの後でしょうか」
 里村がハキハキと発言する。ほとんど俺が聞こうとしていた内容と一致しているので、取り敢えず挙げかけている手を引っ込めた。

「そうですね。本来はそこから始めるべきでした。まずメンバー構成ですが四名です。この三人と、先程飲み物を運んできた助手一名です」
 四名、しかも高木教授も同行する事に衝撃を受ける俺を置いて高木教授は続ける。

「あの宇宙船には大人数を受け入れるキャパシティはありませんが、四名程度であれば半永久的に衣食住を確保出来る性能があります」
 高木教授はここで一旦話を区切り、反応を伺うようにこちらを見つめた。

「なぜ高木教授が自ら探索に出るのでしょうか。これまでは教え子の方々だったと記憶しておりますが…」
 挙手も忘れて俺は質問をする。高木教授がこの星から離れてしまうとなると、今後の航宙学の行く末が心配だ。

「僕の研究はこの宇宙船で完成しました。というのは半分建前で、僕も探検家ですから。そろそろ年齢的に最後となる冒険に出る決意をしたんです」
 高木教授は笑顔で力こぶを作るポーズをする。そうだ、高木教授は探検家でもあるという事を失念していた。

「そうそう、さっき里村さんが質問されていた事に回答します。まず探索期間は年齢時間にして約五年、この星の時間にして約二百年の旅になる予測です」
 いざ高木教授から二百年と提示されると重みを感じてしまう。やはり戻ってくるまでに相当の時間がかかるのだな。

「次に補償の件ですが、島田さんと里村さんの口座、並びに島田さんの指定した最大三世帯の口座に対して三百年間の補償が年次で実施されます」
 高木教授の言葉と共に、補償内容の選択肢と免責が書いてある資料が俺のウェアラブル端末に送られてくる。

 三個の口座か。俺の実家と里村の実家と…あと一つは心当たりないし辞退だろうな。

「里村、あとでお前の実家の口座情報送ってくれ」
 自分から言い出すのも気が引ける事だろうから、俺は出来るだけさりげなさを装って言う。

「その言葉を待ってました。ミーティング終わったらすぐ教えます。出来る先輩を持つと後輩は幸せですよね」
 里村は笑顔で言い放つ。少し格好付けたはずだったのだが、どうやらそこは全く伝わっていないようだった。

「お二人の関係は何だろうと思っていましたが、素敵な関係のようで何よりです。最後に目的地をご案内しますね」
 高木教授は少し姿勢を変えて改まった雰囲気を出す。

「目的地は簡単に言うと恒星の周りを回っている天体の一つで、恐らく水が凍っておらず、引力も強めの惑星です。どう思いますか?」
 高木教授はこちらを見てニヤッと笑う。どうもこうもない。さすがにそこまで言われれば俺でもわかる。

「私達の星のように、生命体がいる可能性があるという事でしょうか」
 横から里村が美味しい所をさらっていく。それ俺が言いたかった。

 いつの時代も夢物語でしかなかった事が、俺の手で現実へと変わるのかもしれない。

「その通りです。しかも極めて高い確率で。僕はこの惑星を発見した時、正直感動で震えました」
 高木教授は大きく腕を動かして感動を表現したのも束の間、すぐに肩を落とした。

「この惑星にこれまで送った探索隊は三隊いますが、音信不通になってしばらく経ちます」
 三隊。これまで派遣したのは四隊の筈なのでかなりの非常事態ではないだろうか。

「残り一隊は救援を目的として派遣しましたが、こちらもつい先日音信が途絶えました」
 全滅か。背中を冷たいものが走る。まだ誰も死んだという確証はないが、生きている確証もない。当然俺もそうなる可能性が大いにある。

 これまでずっと浮かれていたとまでは思わない。思わないが、死ぬ可能性までは考えていなかった。

 俺だけならまだいい。今回は里村も巻き込んでしまっている。里村が少しでも不安を感じてるなら無理を言ってでも外れてもらおう。

「最初に先発隊の状況を説明しなかったのは何故でしょうか。あと、選考の基準があれば教えて下さい」
 俺は高木教授に質問をぶつける。元々選抜された理由は気になっていたが、先発隊の状況を考えるとそもそも素人である俺達を加える余裕はないように思える。

「細かい事を後回しにすると、単純に僕がお二人と探索に行きたいからです」
 高木教授は真っ直ぐこちらを見て続ける。

「この探索の目的は最初に言ったように未知の探索と採集です。万一先遣隊が遭難していても、収容出来ないので後発隊に託す事になります」
 確かにその通りだ。冷静に考えればあの宇宙船では助けようがない。救助される身になって考えると絶望しかない話ではあるが。

「ただ、探索隊の帰還予定時間はまだまだ先です。全員無事であり、通信に問題があるだけだと僕は考えています。その解決を行うのが僕の個人的なミッションです」
 高木教授はそう言いながらおもむろに複数の通信画面を開く。通信不能を訴える画面を見つめるその目は、どこか哀しげだ。

「そうそう。選考基準の話。諸々あるのですが、一番は島田さんの応募にですね、物語を感じたんですよ」
 物語?何かあっただろうか。結果的にこれまでの全ての募集に応募してはいるが、そのような応募者は少なくはないと思う。

「これまで単独の応募だったのに、今回は随伴者あり。しかもその随伴者である里村さんからの応募。背景を勝手に想像してしまいます」
 そんなに細かく見ていたのか。その背景は残念ながら『伝達ミス』です教授。高木教授が笑顔で里村を見るのに釣られ、俺も里村の方を見る。

「島田さんの夢をどうしても諦めないで欲しくて勝手に応募しました。先発隊の状況を島田さんが不安に思うのであれば、私だけ行きます」
 里村は真っ直ぐ教授をみて答える。こいつ空気を読んだ嘘を吐く上に、俺のセリフまで取っていくのか。

「あ…えっと。私はむしろ里村を心配してたわけでして、勿論行きます」
 しどろもどろになってしまう俺。今日全然見せ場がなかった気がする。

 高木教授は立ち上がり、笑顔で俺に手を差し出した。
「長い旅路になりますが、よろしくお願いします」


 そうだ。あれから世間には詳細がオブラートに包まれたまま、この送別会に至るんだった。橋本はいつの間にか机の上に突っ伏して寝ている。

「橋ちゃん寝ちゃってるじゃないですか。島田さんここは上着くらいかけてあげるのがいい男ですよ」
 里村が橋本にコートをかける。主役二人を解放するくらいには場が小慣れてきているようだ。俺は里村のグラスに酒を注ぐ。

「さっき思い出したんだけど、俺の応募の物語は思い出す度に笑うわ。里村はほんと役者だよな」
 俺はグラスに残っている酒を飲みながら話す。里村は一瞬何の事か分からないような顔をした後に笑顔になった。

「やだなー。あんなの本気に決まってるじゃないですか。咄嗟に嘘なんて出ませんよ。いい後輩でしょ私」
 飄々としているというのはこういう事だろう。里村は飲み会様子と橋本の様子を交互に眺めている。

「俺さ、残った補償口座を橋本にしようと思うんだ。こいつ家の事も自分の事も全部諦めてるだろ。帰ってきたら絶対橋本の子孫に迎えて貰おうぜ」
 俺は里村に提案する。里村に別の案があればそちらを優先するが、飲んだ勢いでの考えでは悪くないと思う。

「島田さんにしては素敵な案じゃないですか。そうしましょう」
 里村が賛成してくれた事で、この星に帰って来た時にも寂しい思いをせずに済みそうだ。

「良い旅になりそうだな。里村、俺を宇宙に連れ出してくれて有難う」
 酔ったついでに言うのは自分でも最低だと思うが、この場で言わないといつ言えるのか分からない。

「酔った勢いで言うなんてヒドイじゃないですか。けど二百年一緒ですからね。長い時間をかけて許してあげますよ」
 里村が笑顔でグラスを掲げる。俺もそれに合わせてグラスを掲げて乾杯し、この星で最後の酒を飲み干した。


 今日はとうとう出航日だ。私はぼーっと新型の宇宙船を眺める。いつ見ても変な形だ。やる気が出ない。
 
「才賀君、準備は出来てるかい?」
 高木教授の声だ。私は少しだけ身の回りを見回して荷物を確認する。

「あーい。あの二人もう来てるんすか?挨拶くらいさせて欲しいです」
 私がジーッとみると、高木教授は苦笑いした。

「悪かったよ。僕も迂闊だった。まさか飲み物だけ運ばせて君の紹介を失念するなんてね」
 高木教授は頭を掻きながらバツの悪そうな顔をする。

「教授が私の事をどう思ってるかよーく分かったので良い勉強になりましたよ」
 私の言葉に教授は更に苦笑いをする。笑って誤魔化させないけどね。あり得ないでしょこの状況。私はため息をつく。


「この二人にしようと思うんだがどう思う?」
 突然選考者の資料を見せられたのが数月前の事。中々渋い感じのおじさんと、顔とノリだけで生きてそうな女が写っている。

「はぁ。なんか普通っすね。特技とか凄いんですか?書いてないけど」
 パッと見た感じ経歴に目を惹くものは特にない。敢えて共通点を見つけるなら古くさい武術をやってるくらいだ。

「目に見える事実だけを追うのは悪い癖だよ才賀君。履歴を追って見ると面白いよ」
 おじさんの方は過去四度の募集に全て応募しているが、女の方は…

「随行枠で三回目…はぁ!?しかも全部違う男じゃん。何考えてるのコイツ」
 宇宙をなんだと思ってるんだろう。絶対仲良くなれないタイプだ。しかし私の言葉に高木教授はため息をつく。

「最初のはお父さんだよ。二回目は苗字が違うがお兄さん。ちゃんと読んで。三回目は何故か会社の先輩である島田さんだけど、面白くないかい?」
 会社の先輩?第一印象というのは難しいもので、いかがわしい関係を疑ってしまう。
 おじさんはおじさんで応募を随行者に任せるとかやる気あるのだろうか。

「新型に乗れるのって四名ですよね。技術は誰が行くんすか?私は嫌なんですけど」
 探索隊用の宇宙船には、長期航宙に向けてそれなりに自己修復機能が備わっている。しかし不測の事態に備えて技術者が一人は乗る決まりだ。

「僕が行くんだよ。言ってなかったっけ?」
 私は思わず教授の方を見る。資料を読んでおり、自分がどれだけ無茶な事を言ってるか理解して無さそうだ。

「ストップが掛かるに決まってるでしょ…。おかしくなっちゃったんですか。私尻拭いとか絶対しませんよ?」
 開いた口の塞がらない私に高木教授からトドメの一言がさされる。

「才賀君も行くんだよ。君は僕の最後の教え子だから冒険面も継いでもらう。設計図は残すし、十分文献も残したから誰にも文句は言わせない」


 そこからあれよあれよという間に反対派をねじ伏せて自身と私を搭乗者に登録した教授。
 私は結局一度たりとも「行きます」とは言わないまま今日を迎えた。
 
「高木教授、本日からよろしくお願いします!」
 渋めな声で渋めのおじさんが近付いてくる。島田さんだ。
 実はおじさんと言ったら多分怒られる年齢だし、何なら写真より実物の方が若い気がする。

「よろしくお願いします」
 続いて顔とノリで生きている気がする里村さんだ。思ったより落ち着いている雰囲気があるから、ただの偏見かもしれない。

 二人ともこちらをチラチラ見てくる。『恐らく同乗者だが確証がない』といった感じの目線だ。高木教授に聴こえるように舌打ちしてやりたい。

「ご紹介が遅くなってしまい申し訳ありません。こちら恐らく私の最後の教え子となる才賀君です。古来の護身術が趣味の才女です」
 高木教授は私を武闘派のように紹介する。ほんとこういう所ダメだよなこの人。

「才賀です。護身術は趣味ではありませんが、よろしくお願いします」
 こうして私の星間探索隊としての一日目が始まろうとしていた。


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