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『進撃の巨人』は劇薬! しかし、だからこそ今人生に苦悩しているすべてのひとに見てほしい(ネタバレ無し)

原作が完結してTVアニメもファイナルシーズンを迎えた『進撃の巨人』。2013年にTVアニメシリーズがスタートした時はものすごい反響があって、ぼくもリアルタイムで見ていた。しかし、そのあとの展開があまりにも二転三転するので振り落とされてしまった。実際、そういうひとはぼく以外にも多かったと思う。ただ最近、シーシャ仲間の熱烈な勧めによって、また1期からNetflixで見直し始めたら、おもしろいがずっと止まらなくて最新話までぶっ通しで見てしまった。

アニメ1期の頃は想像もしてなかった世界観の大きさ、壮大な物語なのに伏線回収のすごさ、計算されたコマ割りと効果的な演出、そしてなによりもぼくの心が震えたのはその普遍的なテーマ性の深掘りにある。

「残酷なこの世界で生きる意味ってなに?」「自分の判断は正しかったのか?」「どうしたらお互いわかりあうことができるの?」「正義とは?憎むべき本当の敵はだれ?」「憎しみや悲しみとどう向き合うべきなんだろう?」

この社会を生きていると、ぼくらは何度も様々な『壁』にぶち当たる。ここでいう『壁』とは物理的なもののことではなく、生きていると待ち受けている試練のようなもののことを言っている。そういった『壁』に対して、『進撃の巨人』のキャラクターたちはそれぞれの思惑や葛藤の中、苦悩し続ける。また個人の思惑とは関係なく大きな流れにも翻弄されていく。そういった描写が手を替え品を替え、何度も何度も繰り返されるので、見る者の心臓を刃のような鋭さでえぐられるのだ。

TVアニメの最新話まで見たぼくは、完結している原作コミックも最後まで読んだ。最終話は圧倒されてしまい、正直、今でも自分の中でどう処理していいかわからない。この作品の評価を自分なりに冷静な分析なんかもまだできていない。単純な言葉で表したら、その時点で嘘になる。そして素晴らしい芸術やエンタメは簡単に言語化できないからこそ、ぼくらに生きる希望を与えてくれると思っている。『進撃の巨人』はまさしくそういう作品だ。

今、幸せな時間が突如奪われ失意のどん底にいるひと、失敗した恐怖で動けなくなってしまっているひと、他人に裏切られ憎しみを持っているひと、自己評価が低く卑屈になっているひと、何者にもなれず傍観者だと諦めてしまったひと、親との関係に悩んでいるひと……。

そういった人生に苦悩している人たちにこそ、この作品を見てほしい。アニメでも漫画でも。

作者の諫山創先生は編集者と『進撃の巨人』のプロットを3年間作り込んだ。だから最初に出てくる伏線が相当後になって判明したりと緻密な作品づくりになっている。

しかし、漫画家というのは人気商売だ。いくら作り込んでいても、人気が落ちたら即連載打ち切りが待っている。そういう意味では漫画家というのは後のない勝負に挑んでいる。常に命がけの真剣勝負の世界だ。それだけ魂をすり減らして産み出された命の産物なのだから、こちらも当然心をえぐられ、傷つけられるだけの劇薬を浴びることとなる。

しかし、麻酔薬でぼんやりと生きていては一時期に休めたとしても、いつかは現実と立ち向かわなければいけない。覚醒するにはこういった劇薬こそ、人生の救いとなるのだ。

『進撃の巨人』は劇薬だからこそ、ぼくらやぼくらが生きる社会にある様々な『壁』をぶっ壊してくれる作品だと思っている。今目の前にある『壁』を破壊し、進撃していこう!

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