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夜中図書室

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おはなし
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#BL

◆小説◆海が鳴る部屋

◆小説◆海が鳴る部屋

薔薇を飼い始めたのは去年の7月からだった。去年の手帳の7月のページにあの仄暗い喫茶店の名前が記してあるから確かに7月だった。「薔薇」というのはその美貌に対する安直な名付けだったが、もう薔薇は薔薇としか思えない。
喫茶店で何を頼んだのか、どういう経緯で薔薇と会話を交わしたのか、今となってはすべてが曖昧だ。……いや、Kがいたな。Kが薔薇を呼んだんだ確か。お前に会わせたい子がいると言うから、またいかがわ

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◆小説◆交信と連鎖

◆小説◆交信と連鎖

月を齧って欠けた歯を埋めた植木鉢から、にょきりと緑青色の植物が生える。
薔薇に似た鉱物のような白い花が咲き、夏のはじまりに朽ちる。やがて重たげな実が付き、はち切れそうに艶やかに実っていった。
相変わらず宿無しのYがスーパーの半額の寿司と安酒とアイスキャンディーを持ってやって来たのは、風のない暑い夜だった。
Yは以前よりも痩せ顔色も悪かったが、瞳には昔と変わらない、金星でも嵌め込んだかのような光があ

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◆小説◆短い話

◆小説◆短い話

「幽霊が出る」
「え」
「この部屋、幽霊が出る」
「幽霊って、どんな」
「Fによく似てるけど頭がない」
「頭がないのにFだってわかるのか」
「なんとなく」
「F、この部屋によく来てたもんな」
「一緒に鍋したよね」
「したね。あれいつ?」
「5年前かな」
「そんなになるかー」
「なんで俺の部屋にくるんだろ」
「そりゃ、お前のこと……」
「わっ」
「何? 今の」
「台所の洗剤が落ちたみたい」
「びび

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◆詩◆ふゆのひ

◆詩◆ふゆのひ

はじめに。ちいさい海があって、パラソルがあって、きみがいて、ソーダ水があった。
もう冬なのできみはマフラーに埋もれるように巻かれていて。
小屋で火を焚こうと提案すると、はじめての名案だというように目を輝かせるきみ。
サイコロ状にカットした野菜がごろごろと入ったスープをよそう。パンをちぎってひたして食べる。
置きっぱなしのパラソルに冷たい雨があたるおと。
思えば今年も夏は短かったし、冬は永遠のように

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