見出し画像

◆小説◆短い話

「幽霊が出る」
「え」
「この部屋、幽霊が出る」
「幽霊って、どんな」
「Fによく似てるけど頭がない」
「頭がないのにFだってわかるのか」
「なんとなく」
「F、この部屋によく来てたもんな」
「一緒に鍋したよね」
「したね。あれいつ?」
「5年前かな」
「そんなになるかー」
「なんで俺の部屋にくるんだろ」
「そりゃ、お前のこと……」
「わっ」
「何?  今の」
「台所の洗剤が落ちたみたい」
「びびった」
「お前が来るときに出たことないんだけどね」
「F、なんで頭がないんだろう」
「さあ……でも笑ってるっていうか、楽しそうではあるんだよ」
「ふーん」
「漫画をめくったり、その辺のコップを持ち上げてみたりするの。あいつ」
「Fらしいかもな」
「夜中にふと目を覚ました時に、横に座ってたりもした」
「それで、お前はそういう時どうしてるの」
「……ごめんって言う」
「……」
「ごめんって言うと、そんなこと言うなって指でつついてから消える」
「だってお前が謝ることなんにもないだろ」
「なんとなく、ごめんって言いたくなる」
「ごめんじゃなくて、ありがとうの方がいいよ」
「そうか……そうかもな。今度そう言おう」
「花なんか飾ってるのなんでかなって思ったけど、Fが来るからか」
「うん、まあね」
「Fに花は似合わないけど」
「そう言うなよ。最近だんだん薄くなってきてるんだから」
「消えてきてるの」
「もうすぐ来なくなると思う」
「……あ、雨やんだっぽい。じゃあ俺帰るわ」
「うん、また寄ってよ」
「ありがと」

Tの部屋を出る。アパートの階段の下にできた水たまりを避ける。前からやって来た黒いスニーカーを履いた足が、水たまりを踏む。足は、少し立ち止まってこちらを向くと、会釈するような素振りを見せた。

「久しぶり」

それが最後にFに会った時の話。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?