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膣錠との闘い

術前説明のときに、主治医から説明と処方を受けていたことを書くのをすっかり忘れていた。
もしかして、つらすぎて無意識に忘れたかったのだろうか。

母を伴って呼ばれた説明の最後に、主治医からこんな言葉があった。
「手術に先立って、おすその中をきれいに保っておく必要があります。
悪い菌をやっつけて善玉菌だけにしておくために、“膣錠”というものを出しますね。
小さいタブレットみたいな錠剤なんですが、これを手術の5日前から毎晩、お風呂の後など身体がきれいな状態で入れてください。
あまり多く出血しているときはその限りではありません」

膣錠のことは、友人からうっすら聞いた覚えがある。
高校時代の友人らと酒を飲んだときに、恋バナから性の話に移り、カンジダのことを話してくれた子がいた。
「誰とも寝ていないのに、急におりものが増えて、病院に行ったら中に入れる錠剤みたいのもらったよ」
こ、これのことか。
そのときは、その薬のことはもうそれ以上話題にのぼらなかった。

薬局に処方箋を出し、薬を受け取る。
最後のジエノゲストも一緒だ。
「クロマイ膣錠」という名前らしい。
使用法の説明書も同封されていた。

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イラスト入りでなかなかの生々しさである。
ゴムのように中身の見えない銀色の平たい袋に入っていて、触ると錠剤のかたちがなんとなくわかる。
結構でかくない、これ?
楕円形で、扁平かつ尖っていない紡錘形というか。
でも、二郎のあんなにでかいのが入ったんだ。
手術のときにがっぽりクスコで広げられたんだ。
今更こんな小さな錠剤が通らないわけがない。

それが、びっくりするほど通らないんだな。

あまりの入らなさにびっくりした。

第一夜

膣錠最初の夜、風呂上がりに自宅の脱衣所にて全裸で挑戦。
説明書の図のように両足の踵を上げて両膝をつく。
いきなり薬を入れる前に、せっけんで洗った手で場所を探る。
ここか?あ、尿道か。じゃあ、これ?ここ膣?ホントに合ってる?
“そういう気分”になっていないときに、自分で自分の陰部を触るのはとても怖い。
ぴったりと閉じて沈黙する入り口。
(私にとっては毎日血が流れる“出口”という認識が強いが)
勇気を出して、指を押し込んでみる。
痛くはないが、襞の摩擦が強く、なかなかスムーズに進まない。
息を吐いてなるべく膣の力を抜く。
少し緩くなった気がする。
よし、この調子で薬もうまく入れてしまおう。
指を抜いて薬を袋から取り出すと、やはり大きい。
説明書には「指の頭にのせ」と書いてあるが、最初に2本の指で摘んで穴に入れてから中指で押し込むのが良いだろうと考えた。
よし、最初はとりあえず入った。
すごい違和感。
薬と膣の壁の接しているところがギシギシする。
それもそうだ、この薬は発泡性で、水にふれたところからすぐにシュワシュワと溶け始めるらしい。
炭酸入浴剤バブのかけらを膣に入れたら、こんな感覚なんだろうな。
ここでとどまっていては薬が溶けて流れ出てしまう。
何とか頑張って、奥まで送らなければ。
最初はもう何が何でもという思いで、痛かったがどうにかそこそこ奥まで入れることができた。
濡れていないとこんなにも滑りが悪いものか。
こんな状態でレイプされた被害者の皆さんのつらさや如何ばかりか。
膣剤の挿入が終わると、風呂上がりなのにもう汗だく。
額はびっちょり。

挿入して少し経つと、中から出血ともチナラともつかない、何かが出てくる感覚があった。
急いでトイレに行ってパンツを下ろしてみても、特に鮮血が出ている様子はない。
溶けて発泡しているということだろう。
初めての感覚に少し不安を感じたが、そう心配もなさそうだ。
最初の膣剤、とりあえずは成功である。

第二夜

この日は自宅のトイレで試してみる。
というのも、昨夜は風呂上がりすぐに入れてしまい、その後筋トレやらストレッチやらで寝るまでの数時間で薬が流れ出てしまったのでは、という思いがあった。
なので、寝る直前に入れてしまおうというつもり。
膝をついて、先に指を斥候として入れてみる。
力をうまく抜けば、何のことはないはず。
袋をオープン、錠剤をイン!
なぜだ!
さっぱり進まない!
ギシギシとして壁に張り付いてしまう。
ちょっと押しては息をつき、またちょっと押す。
数センチの膣が、ものすごく長いトンネルのように思えた。
何とか無感覚ゾーンらしきところまで送り込めた。
よくやった。
20分くらいかかっただろうか。
もしかして姿勢が良くないのかな。
今日も汗だく。

第三夜

この日は泊まりがけで出張。
寒く寂しいホテルに一泊。
夕食を済ませシャワーを浴びる。
さて、膣錠のお時間がやってきた。
客室の薄暗い片隅で、これまでと同じ跪座のような姿勢をとる。
膣の形は昨日、おとといと確認してあるから、今日は直で薬いっちゃおう。
力を抜くと、入り口はクリア。
しかしその先、痛すぎて全然進めない。
襞と薬のザラザラがモロにケンカしている。
薬がギザギザになって膣に刺さって血でも出るんじゃないかってくらい、痛いし入っていかない。
なにゆえ!?
膣は少し後ろに倒れているので、それを意識して押し込む向きを変えても無理。
痛い。
痛すぎる。
前の手術でもこんなに鋭い痛みは感じていない。
何これもうやだやだ。
半泣きになりながら膣に指を突っ込む姿はなかなかに滑稽だ。
股の奥から「パチ…パチ…」と水気のある音が聞こえてきたが、おそらく溶けて発泡を始めている音かもしれない。
今日はもういいか…。
ちょっと出血してるし、「入れるのやめました」か、流れ出ちゃったってことにしておこう…。
今日は環境も違うし、ちょっと無理です。
ということで、中途半端に薬が止まったままでギブアップ。
ひとまず入っているところで可能な限り溶けてもらって、少しでも薬効を残す。
少し歩くだけでも異物感が強く、違和感ゾーンに当たりまくっている。
重力で出てしまわないようにと、ベッドで仰向けになりながらできる脚のストレッチなどをした。
しかし、就寝の直前にトイレに行くと、股の間から「カラーン」と乾いた音がした。
便器を覗くと、古い血に塗れて崩れかかった錠剤の姿が。
やはり、膣の中で溶けきれずに排出されてしまった。
入れなかったよりはマシだろう…明日また頑張るから…。
やるせない気持ちで股を拭いてトイレを流した。
「膣錠 痛い」「膣錠 入れ方」などで検索し、これまで膣錠と闘ってきた覇者たちの武勇伝を読んでみた。
この辛さが自分だけのものではないと知って、少し安心した。
明日、アレを買って力を借りよう。

第四夜

翌朝、出張先の町で開店直後のドラッグストアに突入。
ひととおり棚を見てまわり、ゴムやTENGAと並んでひっそり佇む、ピンクの箱を発見。

二郎に使われたことがあるから、多分大丈夫だと思う。
昨晩読んだ膣錠体験談の中に、ローションの類を使うとかなり楽というものがあった。
成分的にも衛生や薬効に影響なさそうなので、これを選んでみた。
平日の開店直後にこれを買いに来る客って、どんな属性なんだろうな。
レジに持っていくと、店員さんは丁寧に小さな紙袋に入れてくれた。
別に怪しい用途で買うわけじゃないから、逆に恥ずかしい。
今夜はこれを使って少しは楽になるはず。

自宅に戻り、風呂を済ませ、手をきれいに洗って挑戦。
横に寝転ぶと膣がまっすぐになって入れやすい、という体験談も読んだ。
それに倣い、ベッドに寝転びパンツを下ろし指にローションを…傍目に見れば、言い訳のつかない恰好だ。
最初にローションをつけた指を中に通し、ローションを馴染ませるとともに力を抜いてルートを確認する。
痛くないし、動きもスムーズ。
これなら大丈夫そうだ。
膣錠自体にもローションを絡ませ、溶けないうちに入れてしまおう。
入れてみると、指だけのときよりやはり動きが渋い。
途中で止めると進まなくなりそうだったので、止めずに押し込む。
何とか、無感覚ゾーンまでもっていくことができた。
ここまでいけば合格点だろう。
明日で最後だ。

第五夜(最後)

この日、すでに入院している。
病室のすぐ隣にトイレがあり、ここで膣錠キメることにした。
ベッドの上では看護師さんがすぐ来てしまい、目撃されたときが恥ずかしい。
広々トイレなので、脚も充分に伸ばせる。
昨晩のように、ローションを指にとり、中に馴染ませる。
少し血が出ていたが気にしない。
痛いからといってこれをやめて、術後に感染症で高熱を出すなんて嫌だ。
普段は後回し体質の私だが、このときばかりは、先のことを思って目の前のつらいことから逃げなかった。
大人になったなと感じた。
便座で極力、身体がたいらになるような姿勢をとりながら、ローションを塗った膣錠を入れてみる。
力を抜いて、やわらかく、拒まないで。
よし、いけた。

今までで一番スムーズだったかもしれない。
最後の最後でようやく慣れてくる。
何においてもよくあることだ。
悪い菌よ、これで死んでくれ。
明日の手術、うまくいきますように、と願いながら眠りについた。

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