【33. 思惑】

彼は今夜遅くに埼玉へ発つ予定。
職場まで送ってきてくれたその寂しそうな笑顔に、何だか後ろ髪を引かれる想い…。
それを、
─ありがと💗─
のKissで何とか振り切って、彼女は“従業員通用口”と書かれたドアを潜[くぐ]った。

「おっはよぉ」
「あ、おはよ~」
彼女から少し遅れて更衣室へ入ってきた同僚と挨拶を交わす。
ロッカーの前に並んで早々、
「どうしたの?腰…?
あ~!昨日彼氏と頑張り過ぎたんでしょ?
そう言えば、さっき駐車場にいたのって…もしかして彼氏ぃ?」
なんて冷やかされる。
それもその筈…
「ん…んん~…よいしょっとぉ…」
とか言いながら、彼女は明らかにぎこちない動きで制服に着替えていた。
原因は、幾らかは緩和したものの昨日から続く筋肉痛…。
しかも、彼女が2連休となる前日に
「明日、埼玉から戻ってくる予定なの」
と心待ちにしていることを隠し切れない笑顔で、つい話してしまっていたものだから…
結果、自ら墓穴を掘った格好…。
言い訳しようにも、普段から何か特別な運動をしている訳でも無いため、
「違うよぉ…」
とただ苦笑いするくらいしか出来なかった。
でも、心の中では
─だって一昨日だもん…
“昨日は”そんな激しい運動してないし…─
と呟いてみたり…。


──昨日は…──
お出掛けしたのは夜になってから。
まず最初に立ち寄ったのが、仙台駅地下の歩行者専用トンネル。
そこで彼女は身に着けていたコートの前を
…チラッ…
と開[はだ]けて見せたり…
そのまま蹲んでみたり…
とか…。
所々、目立つ場所に防犯カメラが設置されている上、案外この時間でも人の通りは多い。
─これじゃ、余り派手なことは出来ないね…─
と認識した2人は、歩行者が途切れたところを狙って、大きなパネル広告をバックに記念撮影。
それを終えると、一旦地上に戻り、車へと乗り込んだ。
────

そんな感じで昨日のことを振り返りながら、仕事を開始した彼女は、ふと…
まだ2人が“お出掛け”の初心者だった頃…
彼にチョーカを買って貰ったか…
まだ買って貰って無いか…
そんな随分前のことを昨日のことのように思い出していた…。

────
仙台駅…
防犯カメラ…
と来れば、続いて浮かんで来るのは“あの事件”…。

深夜も深夜、遅い時刻…
駅ビルの屋上駐車場にいる2人は、何度となく振り向いてはエレベータの“△”のランプを気にしながら…
の“影踏み”に興じていた。
勿論、影なんか殆んど無いに等しい。
防犯のため、外灯が満遍なく場内を照らしている。
そんな中を後部座席にワンピースを脱ぎっ放しにしたままの彼女が、その辺に点在する車の陰に隠れ…
それを、携帯を持った鬼が追い掛ける…
というもの。
暫しの間、鬼は追い掛けては来るものの、特に捕まえようともしない。
逃げ回る彼女は、ただ泳がされているだけ。
しかし、徐々に…
茂みの奥に隠れた筋目から肉汁が染み出し、程よい食べ頃になったところで、鬼は一瞬にして彼女を捕らえた。
もがくように金網にしがみ付き、腰を高く持ち上げられた彼女は、緑の菱形模様に食い込んだその白い胸で後ろから突き上げてくる金棒の衝撃を吸収していた。

と…ここまでは何てこと無い露出プレイと屋外SEX。
端から見ても、
─どこが…事件?─
と思われるかも知れないが、事件が発覚したのはもう少し後…。

満足した2人が部屋に戻ってすぐ、彼は何気無くTVを点けた。
「もう、どこもやってないんじゃない?」
「だよね…」
と返事はするものの、
─こっちも…?こっちも…?─
と膨れた顔をした彼は、リモコンの数字を順番に押している。
最後…“12”を押した途端…
彼の動きが止まる。
一息入れようと冷蔵庫から取り出したペットボトルのキャップを回していた彼女も、
…ゴクリ…
ミルクティの代わりに固唾をひと飲み。
一昔前の流行りの曲が流れるTV画面には
《試験電波発射中》
の文字。
それと…
駅ビルに隣接するホテルの屋上に設置された市街地カメラの映像が映し出されていた。
画面右下には、ついさっきまで2人がいた場所…
駅ビルの屋上駐車場がハッキリと見て取れる。
─ということは…─
2人がお遊びしている様子は、間違いなく公共の電波に乗って放送されていたことだろう…。
─TVを見てた誰かが、もし通報してたら…?─
「どうしよぅ…」

落ち着いて考えれば…
出入口や場内にだって、精算機や車場荒らし対策用の防犯カメラが設置されていて当たり前…。
その道のプロなら…
映像に残された彼の車のナンバーを、胸に着けた無線一本で照合すれば、個人を特定するくらいはカップラーメンより早く出来る。
2人が何をしていたか…
証拠も充分。
言い逃れは出来無い…。
数週間…
不安な日々を過ごした2人…。

幸いにも、あれから…現在に至るまで、部屋に警察が来たことは無い。
万が一、あの時間にあの放送を見ていた人が居たとしても、通報するまでには至らなかったらしい。
そんなことがあったものだから…
怖いもの知らずの初心者だった2人は、それからは防犯カメラの類いには特に気を付けるようになった…
その切っ掛けのお話し。

因みに、いつだったか…
それと同じ画面を目にした夜に彼はこう言った。
「あん時…録画しとけば良かったねぇ…?」
実は、彼は知っててあの日そこへ向かったのか…
それとも、単に偶然の出来事だったのか…
それはさておき…。
────

仕事中なのに、つい彼女は
…ウフッ…
と想い出し笑い…。

で、またさっきの続きから…
────
仙台駅西口…
そこには、駅舎に沿って駅前通りに架かる大規模なペディストリアンデッキ[※1]が設置されている。
昼夜問わず、東西を結ぶ連絡通路や駅、その近隣の商業ビルへ出入りする人々が行き交い、また、待ち合わせだろう多くの人々が、携帯を眺めながら佇んでいる。
今くらいの時間になれば人通りは大分疎らになるものの、遅くまで残業を頑張った急ぎ足や飲み会帰りの千鳥足を、煉瓦風の駅舎は〆のデザートのように呑み込んでいた。
中には花壇をベンチ代わりにして弾き語る若者の歌声に足を止めて聴き入る人がいたり、そのBGMの中を肩を寄せ合うカップルが通り過ぎて行ったり…。
で、2人は…
そのデッキの中でも一番、人の昇り降りが少ない階段のすぐ傍らに横付けして路駐中。
「恥ずかしいから…これ着けてい~ぃ?」
お尻の下で皺くちゃになっていたアイマスクを目の前でチラつかせ、彼の許可を貰う。
自ら視界を暗闇で覆うと、
「あ…今、20代くらいの若い男の人が降りてきたよ………
っあ~、残念…気付いてくれなかった…」
とか
「さっきスーツ姿のおじさんが
…ツルッツル…
のおま○こちゃん…ヤらしい目付きで
…ジロジロ…
見ながら上がってったよぉ?」
とか
「前にいるタクシーの運ちゃん三人組が
…チラチラ…
こっち見ながら何か話してるよぉ?
でも、ちょっと遠いから見えてないかなぁ…
もうちょっとだけ…腰上げてみたらぁ?」
とか…
その階段を利用する人や近くにいる人々の視線を彼が代わりに突き刺してくれる。
それが本当かどうかは判らないけれど、そんな視線を気にしながらも、彼女は駅前を煌々と灯す電飾看板と、恐らくペンライトにも照らされながら、濡れた部分を指先で擦っていた。
中指の動きも、漏れ出る声も音も、徐々に激しくなってゆくにつれ、その湿り気は更に沸き出す一方…。
それが、バスタオルに少し溢れ出したところで
「そろそろ行こっか?」
と彼の車は次の場所へと動き出した。

目的地へと向かう道程の途中…
「あ…!あ~ぁ…」
と彼が声を上げる。
何事かと思えば、国道から右に曲がってすぐのところで、
…カンカンカンカン…
目の前に遮断機が降りただけ…。
「あ…!」
「ん?」
「ちょっと降りてみない?」
彼は有無を言わさずギアをバックに入れ、横道の砂利敷きの農道の入り口を塞ぐように車を停めた。
この周辺といったら…田んぼしかない。
─こんなとこで降りて、どうすんの?─
一瞬戸惑いながら身仕度しようとするが、
─あ…そういうこと…─
一瞬にして彼の考えを把握した彼女は、そのまま助手席のドアを開けた。
…ガッタン…ゴットン…
近くの駅を出発し、これから仙台駅へと向かう電車の重たそうな足音が聞こえ出す。
右向きの矢印と赤い点滅を背にした彼女。
彼はひと指し指に神経を集中させ、少し離れた場所でタイミングを窺っている。
2人は緑と橙色のラインが入ったシルバーのボディが来るのを待った。
…ガタンゴトンガタンゴトン…ファーーーン…
踏切近くに人影を感じたのか、運転士が警笛を鳴らす。
…パシャッ…
本日2枚目の記念撮影は、撮り鉄の真似事をしてみたり…。


最後に向かったのは、とある運動公園の門の前。
2人はそこへ特別な運動をしに来た訳なのだが…
遠巻きに見えた一台の車。
残念ながら既に先客が陣取っていた。
すぐさまUターン。
しながら彼が
「じゃ、さっきの橋んとこ行かない?」
と提案。
「うんいいよ」
から、ものの数十秒で到着する場所。
橋の袂[たもと]に車を停め、彼女はコートだけを羽織ると、車から降りた。
「眺め良いねぇ…」
と言う彼の真似をして、彼女も欄干から頭だけを出し、下を覗いてみる。
が、真っ暗…。
「怖っ…!」
と足が竦[すく]む。
…ブルッ…
っと、思わず身震い。
「おしっこ…漏れるかと思った…」
…とくれば、彼の言うことは自ずと決まってくる。
「ん?漏らしてもいいんだよ?…こっから…」
彼は橋の下を覗くように視線を外す。
「え~…ここでぇ?」
彼女が戸惑うのも無理はない。
2人がいるのは案外大きめの橋、そのド真ん中らへん…。
─誰も来ないよね…?─
と考えていた彼女を後押しするように、彼は
「大丈夫、大丈夫…こんなとこ誰も来ないから…
はい、預かるよ…」
と手を差し出した。
─コートを濡らしてしまわぬように…─
という彼の計らい…。
ジッパーを下ろしてコートの襟を委ねると、彼の手には脱け殻だけが残る。
彼女は、脱皮したての透き通るほどに白い“性虫”へと変貌を遂げた。
─ちゃんと見ててね?─
と伝えようとしているみたいに彼女がはにかんだ笑顔を向けると、彼も
─うん─
と頷いて微笑み返す。
肩幅よりも少し大きめに脚を開く。
その付け根を両手で
…クイッ…
と掴み上げる。
羽根の代わりに襞を拡げた格好…。
その間を
…す~っ…
と通り過ぎてゆく冷たい風の刺激に、彼女は
「…ぁ…出ちゃう…」
と呟くが、ここで彼の
「ちょっと待った…」
コール。
仕方無く、ポケットを漁る彼の合図を待った。
「………いいよ?」
と彼がデジカメを構える。
そんなタイミングで聞こえてきたのが…エンジン音。
振り向くと、
「うわっ…」
「…え!?車来ちゃったよぉ…」
ヘッドライトが既にすぐ傍まで迫っていた。
来た方向から考えると、ついさっきフェンス前に停まっていたあの先客の赤い車以外に有り得ない。
その道は、山の頂上にある運動公園のゲート前で行き止まり。
かなり急な坂になっているため、下りはアクセルを踏まずとも簡単に時速100km/hは出る。
しかも橋の手前は、いい感じの左カーブ。
2人共、直前まで全く気付きもしなかった。
当然、そんなところに隠れる場所なんてない。
絶対に…もう手遅れ…。
だって彼女は既に…
彼の合図で、と言うよりもちょっとフライング気味に
…ジョッジョロッ…ジョロジュルジョロジョロシャ~ッ…
と橋の上からの放水が始まっていたのだから…。
弾け飛ぶその勢いは止まることを知らない。
─このままじゃ、コートも羽織れないよぉ…
ど~しよぅ…
こんな姿見られちゃう…─
気持ちだけは焦るものの、彼女は慌てようにも慌てることすら叶わない、無防備な状態。
今出来ることとすれば…
彼が自分の身体を盾にすることくらい。
その数秒後…
─こんなとこで何やってんだ…!?─
とばかりにスピードを弛めたその車は、2人を通り過ぎた辺りで
…プップッ…
と二度、クラクション。
少し遅れて
「ひゅーーー!」
とかなんとか…
遠巻きから奇声を残し、その先のカーブの向こうへと消えていった。
─そりゃそうでしょ…─
彼の身体で全部が全部隠せる訳は無い。
真横まで来れば、彼女はすっかり丸見えだもの…。
なのに…
「場所…空けてあげたよ?って意味かなぁ…?」
なんて呑気なことを言う彼。
「んな訳ないでしょ…もう… !」
「…だよね?…後ろ姿…バッチリ見られちゃったね?……はい、これ…」
彼はポケットから無造作に四つ折りにした数枚のティッシュを差し出しながら、嬉しそうに微笑んだ。
「あ、ありがと…」
─もしかして…
最初っからここで私がおしっこするの…
狙ってたぁ?─
ことを指し示す、段取りの良さ…。

因みに、先客が場所を明け渡してくれた…
ということで、その後再び向かった運動公園のゲート前。
そこで2人は特別な運動。
──こんな感じ…──


軋む身体に鞭打って、そつなく仕事を熟[こな]しながらも、彼女は色々と思い返し、
─“一日置いての”筋肉痛…じゃないから、私もまだ大丈夫…ってことだよね?─
なんて、ちょっと安心してみたり…。

休憩時間、
「ちょっと外行ってくるね?」
と携帯を片手に彼女が席を外そうとする。
と、
「あら~ぁ…彼氏に電話?」
…ニヤニヤ…
した同僚から、またツッコミが入る。
女性が多い職場ならでは…の、良くある光景。
「いいから、気にしなくってぇ…」
彼女は敢えて否定はせずに照れ笑いを浮かべていた。


2019/12/28 更新
────────────────
【参照】
※1 ペディストリアンデッキ… 建物と接続して建設された、広場と横断歩道橋の両機能を兼ね備えた歩行者専用の高架橋。
────────────────
【備考】
本文中に登場する、ねおが個人的に難読な文字、知らない人もいると思われる固有名称、またはねおが文中の雰囲気を演出するために使用した造語などに、振り仮名や注釈を付けることにしました。
尚、章によって注釈がない場合があります。

《本文中の表記の仕方》
例 : A[B ※C]

A…漢字/呼称など
B…振り仮名/読み方など(呼称など該当しない場合も有り)
C…数字(最下部の注釈に対応する数字が入る。参照すべき項目が無い場合も有り)

〈表記例〉
大凡[おおよそ]
胴窟[どうくつ※1]
サキュバス[※3]

《注釈の表記の仕方》
例 : ※CA[B]【造】…D

A,B,C…《本文中の表記の仕方》に同じ
D…その意味や解説、参考文など
【造】…ねおが勝手に作った造語であることを意味する(該当のない場合も有り)

〈表記例〉
※1胴窟[どうくつ]【造】…胴体に空いた洞窟のような孔。転じて“膣”のこと

※3サキュバス…SEXを通じ男性を誘惑するために、女性の形で夢の中に現れると言われている空想上の悪魔。女夢魔、女淫魔。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?