【30. Lies and Truth】

────────
彼の指先が、耳朶[みみたぶ]を撫揃[なぞ]りながら彼女の肩まで伸びる髪を梳[す]いた。
すると、それまでずっと固く閉ざされていた彼女の唇が、微かな、どこかぎこちない吐息と共に解放される。
一気に絡み合う2人の舌先。
互いの唾液が、重なる唇に潤いを与えてゆく。
彼の腕に身を任せ、彼女はベッドへと横たわった。
着衣の上から身体中に触れる彼。
「怖い…?」
「ううん…怖くない…」
時折、彼はその手を休め抱き寄せるも、彼女は未だ、し返すことが出来ずにいた。
彼の大きくて太い指が、胸を包み込む。
「これは…?…イヤじゃない…?」
「うん…ヤじゃない…」
次はお腹を擦りながら
「ここ…痛くない?」
と訊ねる。
「うん…大丈夫…」
と答えた彼女だったが、彼の気遣うそんな言葉が心に突き刺さり…
凄く…痛かった。
彼の手が、またどこか別の場所へ移動してはそっと撫で廻し、撫で廻しては移動する。
但し、彼女の一番感じ易い部分だけを除いて…。
─やっぱり…こんな私じゃ…ヤだよね?─
どうしてもそんな風に思えてくる。
けれど、お腹を擦る度に徐々に徐々にそこへ近付いて来ていることに気付くと、彼女は少し安心した。
漸[ようや]く、そこへ辿り着いた彼の指先は一旦停止し、
「ここは…?イヤ…?」
と訊ねる。
「大丈夫…」
の返事を聞くと再び撫で動く。
かと思えば、すぐにまた遠ざかっていった…。
─ほんとはやっぱり…イヤなのね…─
そう思っていると、お腹の方へ向かった彼の手は、カットソーの裾から中へと侵入し、素肌に触れる。
一瞬、
…ビクッ…
とする彼女。
「大丈夫…?」
「うん…」
お腹から胸へ、そして肩、腕と、肌を撫でるようにして衣服を脱がせてゆく彼。
同じようにして腰から尻、脚へ。
それはまるで彼の手が、彼女の全身から何かを拭い去ろうとしているかのようだった。
「布団掛けてあげるね…」
と下着姿となった彼女を気遣うと、彼は抱き締めながら髪を撫で、項[うなじ]を掻き上げる。
そして、肩から腕、腕から指先、指と指の間まで何かを削ぎ落とすかのように彼は爪を立てた。
幾度もの往復を重ねる。
「…ぁ…ん…んっ…」
彼の腕の中の彼女はそっと瞳を閉じ、顎[あご]を上げた。
…ゾクゾクッ…
とする感覚に、頭の天辺から何かが弾け飛んで行くような錯覚を得ていたから。
背中を擦[さす]り出した爪の先が、躊躇なく彼女の胸を締め付けているフックを外す。
とても優しく…。
そして彼は、抱き締めた。
苦しいくらいにキツく…。
そして彼女も…彼の背に手を添えた。
そっと…。

緩んだ胸の隙間へ手を滑り込ませた彼は、最初は掌で包み込むように彼女の乳房を揺さ振る。
やがて、大きく拡げた中指と親指で、同時にふたつの固くなった突起を転がし始めると、彼女から小さ吐息が溢れ出した。
─彼に…感じられる…─
そんな自分に、彼女は少しだけ
…ホッ…
とした。
それまで、何時間も経過したようにも感じられるくらいずっと…重なっていた彼の唇が、徐々に彼女の頬を移動してゆく。
瞼に…額に…髪に…。
そして耳朶を食む。
首筋を這う。
彼の肩に掛かる彼女の吐息が次第に熱くなってゆく。
すると唇は肩から胸元へ…。
白い丘を一気に掛け登ると、その頂上に吸い付いたり、舌先で転がしたり。
気が付くと、さっきそこにあった筈の指先は、ショーツが少しだけ陥没して出来た湿地帯へ辿り着き、その窪みに嵌[は]まり、ある一点を弾いていた。
その都度、
…ビクン…ビクン…
と身体を仰け反らせる彼女。
その反応を楽しむように、彼女の声を奏で続ける彼。
やがてショーツの表面にまで粘り気のある体液が沁み出すと、
…チラッ…
と横から捲ったその奥に、彼は紛れ込んだ。
そこに触れる前…、否
「ここ…」
という掛け声に合わせ二度ばかり
…チョンチョン…
と触れた上で一応確認を取る。
「…イヤじゃない?」
「うん…大丈夫…」
「ほんと…?」
「うん…もう大丈夫…でも…」
「なぁに…?」
「汚ないよぉ…」
「そんなことないから…心配しないで…」
「…うん……」
彼女は素直に受け入れた。
彼の言葉も、彼の指先から与えられる刺激も…。

しかし、すぐに彼女はそれを拒絶することになる。
彼のこんな一言によって…。
「あん時も………こんな風にされたんでしょ…?」
思わず
「イヤッ!」
と叫んだ。
ところが、彼はその手を離そうとも、休めようともしない。
それどころか、もう一方の手で彼女の肩をガッチリと掴みながら、薄い皮の表面を激しく刺激する。
彼女は、その腕の中から逃れることが出来なかった…。
「お願い…やめて…」
今にも泣き出しそうな震えた声で訴える。
─何で…?何でそんなこと言うの…?─
さっきまでの彼とはまるで別人のように思えてならない。
苦痛に耐え兼ね、眉を顰[しか]めて目を瞑った彼女に彼は囁いた。
「やめない……逃げないで……全部話して……絶対に嫌いになったりなんかしないから……」
そして更に
「もっと感じて……あん時…こんなことされて…ほんとは…感じちゃったんでしょ…?正直に答えて…?」
低い声でそう吐いた…。
夕べ、肩越しに聞こえてきたあの声が重なり、胸がどうしようもないくらいに苦しくなる…と同時に身体中が
…カッ…
と一気に激しく火照り出す感覚…。
それは……
それが事実だったから。
そしてその現実を…彼女は途方もない罪悪感として捉えていたから。
だから…
「…ごめんなさい…!」
彼女は素直にそう答えるしかなかった…。
「いいんだよ……じゃあ…こうも…された…?」
彼の指が一気に奥へ侵入した。
そして一気に引き抜かれる。
「…ィ…ァン…」
彼はそれを繰り返し繰り返しし、彼女の反応を窺っている。
すぐに返事をしない彼女に、彼は逸[はや]る気持ちを抑え切れず、何とか答えを引き出そうと
…クチョッ…クチョッ…
と奥を掻き回す。
「どうなの…?」
「……はぃ…されました…」
やっと…彼女は頷いた。
「…ごめんなさい…」
「いいんだよ……でも痛くされなかった…?」
「…ぅん…」
「じゃあ……気持ちよかったの…?」
躊躇しつつも、彼女はもう一度頷いた。
彼女の頭を撫で撫でしながら彼の掛けた言葉は、さっきは言えなかったあの言葉…。
「…良かったね…」
それに対して彼女は、しがみ付いた彼の耳元に子猫のような声で応えた。
「…ぅん…」
そうしてまたひとつ…彼女の罪悪感は綻んだ。

これほどまでに無神経で、辛辣[しんらつ]極まりない問い掛けをされても、彼女は彼を責めることも軽蔑することもなく、恥ずかしそうで苦しそうで切なそうな顔を魅せた。
本来であれば…
─そんな質問になど答える必要もなく、況してや彼は彼女から非難を浴びせられて然るべき…─
そう誰しもが考えるのではなかろうか。
しかし彼女は違う。
彼の言葉を不快に感じる以上に、今も奥で感じ、疼く自分の身体を憎んでいた。
疎ましくも、怨めしくも思う、そんな自蔑的感情。
─どうして…私って…こんな身体なの…?─

そんな考えを抱く彼女への愛撫は続く。
指先と舌先、そして言葉でも彼は責め続けた。
「…感じちゃって、ごめんなさい…」
彼女は何度もそう叫びながら、彼の許しを乞うた。
その度に彼は
「気持ち良かったんなら…良いんだよ…?」
と優しく声を掛けた。
「…ぅん…でも…ごめんなさぃ…」
─こんな私なのに…彼はまだ愛してくれてる…─
彼女はそんな風に…感じていた。

素直になった彼女を彼は尚も責める。
突然、
…クルン…
と身を翻[ひるがえ]して彼女の脚の間に収まり、そして、
「こんなことは…?して貰えなかったの?」
と膝を掴んで顔を埋め、そこに拡く唇に接吻[くちづけ]した。
「ダメぇ…」
彼女は避けるように腰を少しずらしながら、彼の頭を確[しっか]り掴まえる。
例え気のせいでも、そうじゃなくても、未だそこに何かが残っているような気がする彼女の口からは、反射的にそんな言葉が出てしまう。
けれど…これが最後の
「…汚いよぉ…」
「きたらくらんか、らいってわぁ…」
(汚なくなんか、ないってばぁ…)
彼に離れる気など更々ない。
追い掛けるように吸い付いたまま…。
それだけでは心許ない…と、膣の中まで這い伸びた舌先を曲げ、収縮した膣口に引っ掛けて抜けないようにしながら
…にゅるにゅる…
と動き廻っている。
彼女は彼女でその舌先の感触に、抵抗することさえ出来なくなっていた。
本当はそんな意思さえ薄れ始めていた。
彼女が上下左右に揺さぶる彼の頭を掴んだのは…
本当に離そうとしていたからか、或いはもっと感じさせて欲しくて押さえ付けようとしていただけなのか…。
その真意は定かではないが、願わくば後述の理由であって欲しい…と彼は思いながら、諦めた様子の粘膜を
…レロレロレロレロ…
高速で摩[す]り舐める。
何となく尿意を催すような刺激が、敏感になった部分へ蓄積されてゆく。
─そういえば…返事をまだ貰ってない…─
「をぅあうぉ?…ひへをわっはを…?」
(どうなの?…して貰ったの…?)
思わず彼女の腰が浮く。
「…して……」
そこまで返事をしたところで、彼女は浮いた腰を彼の鼻先に擦り付けるように
…ガクガク…
させると、
「…貰えませんでしたぁ…」
と吐息と共に答えを漏らす。
そして、綿棒がギリギリ入るくらいの小さな孔からも聖水が勢い良く漏れ出した。
「それは…残念だったねぇ…?」
顔を腕で拭いながら、彼はジーンズとパンツを膝までずり下ろしていた。
「いっぱい出たね…?…じゃあ…今みたいにぃ…そん時も“なんか”…いっぱい出た…?」
すぐに彼女は何度も首を横に振る。
それが本当かどうか…
彼は追及することなく、熱く、堅くなった柔らかな尖端で
…にゅるにゅる…
と彼女を捏ね廻した。
「…イヤだ…?」
「ううん……ヤじゃない…」
そして…
初めての女性とするSEXみたいに、彼はゆっくりと時間を掛けながら奥へと侵入していった。
最深部まで到達する。
「痛くない…?」
と声を掛ける。
「うん…」
「…じゃ…怖くなぁい…?」
「うん…」
「じゃあ…動かすよ…?」
「…うん…」
最初はゆっくり、彼の凹凸がその中ではっきりと伝わってくるくらいに、彼女の膣襞は捲れ、返される。
それを、彼も一番感じ易い露先[つゆさき※1]で同じように感じていた。
彼女は、本当は恐怖を感じていたせいか…
それとも、純粋に彼を感じようとしていたからか…
収縮したひと襞ひと襞が粘液を交えながら彼を刺激する。
最初に一番奥に到達した時点で、本当は破裂しそうなくらいの快感に包み込まれていた彼。
だが、何とか堪えた。
その感覚も彼女と一緒。
何とか落ち着いた彼は、徐々に動きを早めてゆく。
互いの身体がぶつかり合う音と彼女の声がシンクロする。
「痛くない?」
「…ぁ…ぅん…痛くないよ?」
─痛みから出た声じゃないんだ…─
と安心した彼からの衝撃は、急に激しさを増す。
「…これは?」
「…はっ…ぁ…ぁ…気持ち…いぃ…ですぅ…」

─なんでこんな愛おしい彼女が…。全部…俺のせいだ…─
激しく肉塊を突き降ろしながら、彼もまた罪の意識を感じずにはいられなかった…。
けれど、そんな気持ちとは裏腹に、この状況で尚も彼は、彼女を不謹慎な態度で責めた。
「でも……ほんとは……こんな格好じゃなかったんでしょ?」
急に動きを止めたかと思うと、思いっ切り彼女の腰を捻って身体をひっくり返し、
「ほんとは…こう…じゃなかったの…?」
と腰を引き寄せながら、背後で、低い声で吐き捨てた。
─もう…抵抗なんて出来ない…─
そう悟った彼女は…
「…はい…そうですぅ…」
と答え、おねだりするかのように尻を突き上げ、彼に差し出した。
そこに身を寄せ覆い被さった彼は背後から優しく囁いた。
「イヤじゃない…?」
背中に彼の息が吹き掛かったからか、何か別のことを考えてしまったせいか、
…ゾクゾクッ…
っと身震いするような感覚に見舞われた彼女。
─ほんとはイヤ…でも…このままなのはもっとイヤ…─
だから…返事は
「うん…大丈夫…」

彼女が返事をしたのとほぼ同時に、彼は腰を
…グッ…
と掴かみ、
…ザクッ…
と一気に串刺しにすると、彼女の身体を激しく前後に揺さ振った。
「いっぱいこんな風にされたの…?」
「太かった…?」
「気持ち良かった…?」
「声は…?出ちゃったの…?」
「誰かに…その声、聞いて貰わなかったの…?」
「誰かに…見て…貰わなかったの…?」
「感じちゃって…ほんとは…“なんか”…いっぱい出しちゃったんでしょ…?」
「じゃあ、いっぱい…イカせて貰ったの…?」
情け容赦無く、幾つもの穢[えげつ【造】]ない言葉が浴びせられる。
最後の問い掛けに対し、彼女は
「でも…ちょっとしか…イカせて貰えませんでした…」
と、どこかしょんぼりした声でそう答えたのを除き…全てを肯定した。
「そうだったの…?残念だったね…?」
「…ぅん…」
「じゃあ…どんな風にしてイカせて貰ったのか……言ってごらん…?」
暫くすると彼女は語り出す。
「………後ろから…激しく…犯されて…感じちゃって…いっぱい潮吹きながら…イッちゃいましたぁ…」
「こんな風に…?」
「ぁ…はぁっ…はぃ…」
「だからぁ…?」
「…だから…私は…犯されても…感じちゃう…淫乱な女ですぅ…ごめんなさい…」
「ううん…いいんだよ…」
彼は、愛しき彼女の従順な背中にKissをした。
「その人も…すぐイッちゃった…?」
彼女は
…コクン…
と頷いた後、
「…だから……ちょっとしかイカなかったの…」
その声のトーンから、明らかに…
─不本意な内容だった…─
と言っているようにしか彼には伝わって来ない。
「で……最後は中に…いっぱい出して貰ったの…?」
そう訊かれた彼女に…
一瞬であの感覚が蘇った。
彼女自身の奥深くに刻まれたあの時の感覚…。
「ィヤッ!」
と叫んだの同時に、彼の熱く、堅く、太くなっているペニスを
…グッ…
と締め出そうとする。
しかし、彼も…その感触をもっと堪能しようとしているのか、彼女の腰を両手で引き寄せ、自分の腰を前のめりに倒れそうなくらい突き出して、激しい動きを止めようとはしない。
─彼にまで…犯されてる…─
まるで、そんな気分…。
「『イヤ!』じゃないの……中に…いっぱい…出されたんでしょ…?ちゃんと答えて…」
彼は息遣いを荒くさせながら、優しく、そして凄むように彼女の身体と心を強請[ゆす]る。
けれど、彼女は答えない。
しかし、彼は把握していた。
答えない…それが答え。
「今…俺が…全部…掻き出してあげるから…」
そう言って一旦動きを止め、芯頸[しんけい※]を集中させる。
集中してゆく血液で、更に熱く肥大していくのが彼女にも判った。
それを彼はゆっくりと奥深くまで沈めてゆく。
子宮の入口にまで捻り込まれたような、内側からお腹を突き破られるような圧迫感。
そして一気に、膣口の外まで抜去[ばっきょ]した。
絡んだ襞まで一緒に外へ連れ去られてしまったみたいに、少しだけ…痛みを感じるほど激しく…。
─ほんとに掻き出されてる…─
彼女はその痛みを喜びとして捉えた。
やがてそれは…
悦びへと変化してゆく。
何度もそうされるのを、平伏[ひれふ]した姿で彼にされるがまま感じていた彼女も、次第にその刺激に適応し、もっと…より深くから掻き出して欲しいと言わんばかりに、前に後ろにタイミングを合わせ彼の動きをバックアップする。
そして…
切なく強請[ねだ]り喘ぐように彼女は叫んだ。
「お願い!全部掻き出して!きれいにして!カズのでいっぱいにして!忘れさせてっ!」

全てを掻き出され、大量の聖水を撒き散らして満塞[まんぞく※2]した彼女に、彼は更に執拗に摩擦を加え、彼女の望み通り、大量の体液を注入した。
…ビクン…ビクン…
頻りに圧し拡げられる感触。
徐々に彼の血流が退いてゆく。
すると、2人の隙間から溢れ出た体液が彼女の太腿を滴り落ち、あの時の影が、背後の、未だ奥で脈打つ彼とリンクする。
─あれが…あの影が…彼のだったら良かったのに…─

「ごめんね…」
「ううん…私こそ…ごめんね…」
「いや…マイは何にも悪くないよ…悪いのは俺だから…」
「ううん…そんなことないよ…。ほんとはね?…このことずっと黙ってようと思ってたの…」
「うん…でも言ってくれた…ごめん…ありがと…」
「謝らなくていいのに…」
「うん…でも…ごめん…」
「もう謝るのはやめにしよ?なんだかまた辛くなっちゃうから…」
「うん…ごめん…」
「ほらまたぁ…」
「あ…うん…………愛してるよ」
「私も…愛してるよ」
抱き締め合い、Kissをする。
そして…
いつの間にか…自分の胸に顔を埋めながら漸く深い眠りに就くことができたその瞳から、彼の指がそっと涙を掬う。
ひとときの穏やかな寝顔を、彼はずっとずっと見詰めていた。
────────



あの出来事から丸一日が経過したかしていないか…
まだ黒い血が滴り堕ちている心の傷口に向け、
あの時彼女がされたこと…
そして彼女はどんな反応を示したのか…
手当たり次第に放った鋭い言葉の鏃[やじり]を彼は見事皆中[かいちゅう※3]させた。
その時は…
彼女は何の疑いもなく全てを曝け出し、そんな彼女を彼は受け入れた…。
恰[あたか]もあの出来事は必然だったかのように振る舞い、愛を確かめ合った2人…。
そうすることが出来たのは、やはりβを受け入れるようになって、最早[もはや]何年目に、そして何人が突入したのかすら覚えていない…そんな2人だから?
でも…
─だからって…あんなことしても良いって思った訳…?
これがあなたの愛し方なの?
私には…理解出来ない…。
私の気持ちなんてどうでも良かったってこと?─
今思えば…信じ難いこと。
まだあの時、彼女は彼に対する罪悪感でいっぱいだった。
そんな気持ちを踏み躙[にじ]り、引き裂いてまで
─自分さえ興奮できれば、それで良かったの?─

いつのことだったろう…何度かそういうイメプレ[※4]をした夜もある。
あの時も、彼は物凄く興奮していた。
それは、今も彼女の身体がハッキリと記憶している。
その時彼女も興奮し、いつもより感じてしまったのも確か…。
そして…
それが現実となってしまった日の翌日のSEXだってそう。
彼女の心と身体…その双方へ加えられた強引、且つ強烈な刺激が、彼の興奮の度合いを物語っている。
しかし、そうすることで彼女の傷口から抉り出したのは、消し去りたい現実。
彼が少しずつ彼女の記憶を切り崩し、あんな出来事さえも2人のSEXの添加剤に変えようとすることで、彼女は全く別の認識として捉えられるようになっていった。
実際そうしたからこそ、彼は黒い記憶の渦から彼女を救い出せたのは紛れもない事実。
─けど…それって…偽善だったってこと?─
彼女の身体を弄び、彼女の心を手玉に取り
─ただ…そういうSEXをさせたかっただけ?─

もし、そういうプレイをするとしたら…
「傍にいててくれなきゃ絶対にヤッ…!」
「うん…じゃ…そん時はちゃんと見ててあげるからねっ?」
─そう、いつか話し合ってた筈だよね…?─
2人のお遊びのひとつ…としてなら…
─それも“あり”かなぁ…?─
なんて思ってさえいたのに…。
でも、実際は…
彼女が想像していたイメージとは全然違っていた。
余りにも掛け離れ過ぎていた。
自身が崩壊してもおかしくないくらいに彼女の精神はズタズタに引き裂かれた。
今も…これから先も…永遠に…決して消えない、深く深く刻み込まれた傷がただ…心に遺っただけ…。
実は…
─あれも…得意のサプライズだった…ってこと?
あれは…あなたの願望を叶えるための手段だった…ってこと?
私を生け贄みたいにして、独り楽しんだ…ってこと?
だとしたら…あなたにとって、私は一体…何!?─

彼女は助手席でそんなことを思い、項垂[うなだ]れた。
ようやく動き出した彼の車のドアを開け、今すぐにでも飛び降りたいような…
彼の胸を爪で引き裂き、その心臓の色を覗いてみたいような…
どうしょうもない虚しさ…孤独感…怒り…哀しみ…etc.
それと…
人間不信…。
それらが織交ぜ合わさったイヤな目付きで、彼女はその根源である運転席を横目に見た。
すると……
「ごめんね…思い出さしちゃって…。前に『どっかわかんない…』って言ってたからさぁ…もしかしたら来れば判るんじゃないか?って思って…。あれからさぁ…ずっと…昨日も…またそいつ来んじゃないか…って思って…俺…この辺り毎晩みたく彷徨[うろつ]いてたんだ……」
─………!?─
彼女は、髪が一斉に逆立つみたいに首から上が
…カッ…
と熱くなった。
「でも…まだ…見付けらんない…ごめん…」
そう言った彼は、どこか遠くの一点を睨み付けるように真っ直ぐ前を見詰めたままだった。
─それって…?マジで…?─
「もし…そいつのこと見付けたら…ぶっ殺してやろうって思ってさぁ…」
現時点では、100%彼女の考えが間違っていた…
とは言い切れない。
けれど、その時の彼は、決して彼女が今まで一度も目にしたことのない、阿修羅の左面[※5]と見紛[みまが]うほど、怒りに満ちた形相を呈していた。
─私の考えは誤りだった…─
彼女はそう思わざるを得ない…。
落ち着いて考えれば、否、どう考えたって…彼は
─絶対にそんな酷いことをする人なんかじゃない…─
そんなことはずっと前から解っていたこと…。
彼に疑惑の目を向けてしまった
─私って…何てこと考えてたんだろ…─
結局…自己嫌悪のみが残った…。
そんな被害妄想を彼女が抱いたのは、まだ本当は全く精神的に落ち着きを取り戻すことが出来ていなかったから、それか…彼が処方した効き目の強過ぎる精神安定剤の副作用だったのかも知れない。
彼女は俯いたまま
「もういいの…」
と呟いた。
「でも俺は良くない」
「でも…もう大丈夫だから…そう思ってくれてただけで…もういいの…」
何となくそれは、彼女が自身に言い聞かせているかのような口振りだった。
「でも俺は…気が済まないから…」

果たして…彼が言っているのは本当のことなのだろうか?
彼女は彼の怒った顔を100%信じられた訳ではない。
でも気が付くと、彼女は彼の左腕をハンドルから奪い返し、自分の腕を組み、肩に頬を寄せ凭[もた]れ掛かっていた…。


その夜…
引き裂かれるような痛みを伴うくらいに爪を立ててしがみ付く彼女の、とろけるように纏わり付く粘膜の温もりを感じながら、彼はKissをした。
彼女の肩をしっかりと掴み、身体を前後に大きく揺さ振りながら、冗談っぽい表情で彼が言う。
「実はさぁ…襲ったのは俺だった…って言ったら…どうするぅ?」
「…違ってたもん…」
彼女はすぐさま答えた。
「違ってないかもよ?」
「…でも、絶対違ってたもん…」
それに対し
─何が…?─
と言い掛けた彼は、何とか胸の内だけに留めた。
なのに、彼女が
「声が…」
と続けたものだから、つい…いつもの癖が出てしまう。
「そうなの…?…声だけ…?」
「…んもぅ…」
ちょっと頬を染め、上目遣いの彼女は口を尖らせる。
そこへ…思わぬ追加の一言。
「じゃあさぁ…ほんとは“あれ”って…俺が『襲って…』って頼んだ人だったら…どうする…?」
今度は真剣な表情だ…。
「あそこに寄ったでしょ?あん時電話来たのは、どこにいるか教えるためだったりして…。その後一人で帰らせたのだって…全部…俺が考えたことだとしたら…?」
日中、お出掛けの途中で彼が話していたことを自身で真っ向から覆す発言…。
─え!?…私が思ってたことって…気のせいなんかじゃなくって…ほんとだった…ってこと?─
突然の暴露に、彼に絡み付く襞が硬直する。
「…そぅ…なの…?」
という彼女の問い掛けに、彼は答えようとしない。
「ほんとはすぐ傍で見てたんだよ?」
「…嘘…!…いなかったでしょ…?」
「やっぱ…気付かなかった?俺…すぐ後ろにいたんだよ…?」
「……え…!?」
彼女の動悸がより激しくなる。
「…気付く訳ないか…ずっと…目、瞑ってたんだもんね…?」
「うん…………………気付かなかった…」
彼女はそう答えながら、触れたくもない記憶の糸を手繰り寄せていた。
「俺さぁ…ずっと二人の様子を携帯で撮ってたんだけど…後で見たら暗くて何にも映ってなかったんだよねぇ…ほんとは見せてあげたかったんだけど…残念だったなぁ…」
全く悪怯[わるび]れた様子すら見せない彼。
─ほんとに…そうなの?─
彼女に問い質[ただ]す隙も見せず、更に畳み掛けて彼は話しを続ける。
「それにあの時…痛いこと何にもされなかったでしょ?
最初っから
『痛いことは絶対にしないでよ?』
って俺、頼んでおいたから…だから…」
さらりと、平然とした顔で言って除[の]けた。
そんな彼の自白はまだ続く。
「その次の日…
どんなことされたの?って…
どんな格好だったの?って…
感じちゃったの?って…
お漏らししちゃったの?って…
いっぱい中に出して貰ったの?って俺に訊かれたでしょ…?」
「………うん…」
「あれは俺が見てて全部知ってたから…。こんな俺…嫌いになったんじゃない…?」
そう訊いてきた彼は、まるで
─嫌いになっても良いんだよ…?─
とでも伝えたがっているような…苦しそうで、寂しそうで、悲しそうで、けれど優しい目をしていた。
「実は全部、俺が仕組んだことだったんだ…。ごめん…」
今更ではあるが、彼は自分の罪を認め、過ちを詫び、
「だとしたら…どうする…?」
自らの処遇を彼女に委ねた。
─どうするも何も…それが本当なら…彼のこと…─
「嫌いになる…?」
─かも…
でも…─
「なんない…。だって…そうじゃないんでしょ…?」
「なくない…かもよ…?…じゃぁ…何でそう思うの…?」
「何となく…そんな気がしただけ…」
そう言って彼女は、逸[はぐ]らかした。

良く言えば素直過ぎる彼女は、悪く言うと何でも信じちゃうタイプ。
けれど…日中のお出掛けの途中で彼が見せた顔と同様に、この彼の自供も100%信じることは…出来なかった。
そもそも彼は…勝手に独りであんなことを決めたりなんかしない。
“彼女が嫌がることはしない、させない”
という2人の決め事は絶対に守る人だから。
普段どちらかと言うと無口なほうだが、SEXの最中、特にβとのプレイ中となると著しく饒舌になる彼。
もし仮に…あれが彼の独断で決めた“レイプごっこ”であるとするならば…
彼は絶対に彼女へ声を掛けた筈…。
「お“突かれ”さまっ。どう?気持ち良く…して貰ってる?」
とか
「…ほら!やっぱり…。犯されてても感じちゃってるし…」
とか
「我慢しないで…?…この辺にいる人みんなに聴こえるように、声出しても良いんだよ?」
みたいな…軽い、どこか嘲[あざけ]るような、意地悪な感じで…。
けれど、あの時、彼の声が彼女の耳に届くことはなかった。
それと…彼の足音も…。
携帯のシャッター音も…。
今聞こえているような荒い鼻息も…。
それに…
あの時、道路を挟んだ斜め向かい側の駐車場から射し込む照明の一筋と、夜空にくっきりと浮かぶ青白い月明かりが重なり合い、車のドアに映し出していた影は、激しくぶつかり合うふたつだけ…。
他に影は無かった…。
そう…実は…
─真っ暗なんかじゃなかったの…─
だから…彼女は嘘だと思った。
でも確信はない。
あくまでも推測の域を脱してはいない。
─けど…やっぱ嘘だと思う…─

彼女は自身のどちらの推測が正しいのかを判断しようと
「そのあと…どうしたの?」
と彼に疑問を投げ掛ける。
「ちょっとだけその人と話した後、すぐに追いかけてったんだけど…部屋着いたらもう居なくって…書き置きあったから、急いで駅まで走って行ったんだけど…間に合わなかった…」
彼はそう答えてすぐ、あの日濡れていたバスルームのことを思い出した。
彼女が部屋を出る前にシャワーを浴びたことに気付いていたのに…
─しくじった…─

あの日彼は、彼女が急に消えたことで
─何でわざわざシャワーを浴びてから帰った…?急にカレに逢いに行くことにでもなったから…?─
一瞬、そんな思いが頭を過った。
逆に…そうであって欲しい…とさえ願っていた。
じゃなければ…
“何か”あった…
それ以外には有り得ないからだ。
でも…現実は…………。

“彼女が嫌がることはしない、させない”
そう約束した。
なのに…
─させてしまった…
阻止することが出来なかった…
守れなかった…
そこに居なかった…─
その切っ掛けを作った自分を恨んだ。
彼女の罪悪感と同様、彼の後悔も計り知れない。
今も…これからも…ずっと永遠に…。
─こんな俺なんかどうでもいい…
彼女を救うことが先決。
彼女は何も悪くない。
むしろ悪いのは俺。
これも全部俺のせい…。
こんな奴なんかより、全然カレの方が…ずっとずっと大事にしてくれる筈…彼女にとっては…きっとその方がいい…─
だから…嫌われるのを承知の上で、彼は自分のせいにしようとした。
そうすれば彼女の痛みは彼への怒りとして変換されるに違いない。
─嫌いになるべきなんだ…
彼女の気持ちが少しでも楽になるなら…
俺は…それでも良い…─
そう想って吐いた彼の優しさ…
せめてもの償いとしての…“嘘”。

普通じゃないSEXを楽しんできた2人だから…
彼女の性格も、彼女の身体も知っているから…
だからこそ…
どんなことをされ、どんな反応をするかくらい彼には容易に判断が付き、彼女の固く閉ざされた心の引き出しをも開き見ることができた。
あの場所だって…
何度も何度も何度も何度も足を運んで
─考えられるとしたら…ここしかない…─
そこまで絞り出した上で、お出掛けの途中に寄ってみただけのこと。
いつもよりちょっとだけ左に向けたバックミラーに映る彼女の俯き加減が、彼の予想は正しかった…と証明していた。
あの時の彼女の状況や心理状態をあの時の彼女の身になって推測し、そうやって得た情報から、彼女を翻弄しようと考えたのは、ついさっき…Kissをした後のこと。
─でも…失敗に終わった…─
そう彼は思っていた。

「ごめんね…あの時…黙って帰っちゃって…。
顔見たら…絶対泣いちゃうと思って…。
あんなことあったなんて…言いたく無かったから…。
泣いちゃったら…絶対に
『どうしたの?』
って聞いてくるでしょ?」
「うん…だね…訊かない訳ない…」
「訊かれたくなかった…だから…急いで自転車だけ置いて…帰ったの…」
「そうだったんだ…」
「でも…話してくれて良かった…ありがとっ」
そして彼女は目を閉じて唇を尖らせ、彼の唇を見えない力で惹き寄せる。
「俺のほうこそ…ごめんね…ありがと」
微かで切なそうだった声が次第に大きくなっていく彼女の唇を唇で塞いだ。

彼女がそう答えた理由…
彼には解った気がした。
彼の嘘も彼女の嘘も、失敗でも成功でも、そのどちらでもない。
互いに
─それで良い…─
そう想った時点で、それが2人にとっての“真実”。


その夜を境に、彼の彼女に対する拷悶[ごうもん※6]は激しさを増していった。
彼は、彼女の記憶を曖昧にし、麻痺させ、
─あれは、2人のお遊びのひとつだった…─
と意図的に錯覚を引き起こすように、偽りの記憶を植え付けていった。
彼女も…彼に侵されながら、どこかに隠れていた彼の幻影を探し続けた。
それは…
例えどちらが真実だったとしても…
─もういいの…
訊きたくない。
きっとあれは…彼と決めた2人の“レイプごっこ”だったんだから…
だから…訊かなくていいの…─
そう彼女が感じられるようになるまでの間中、ずっと…。

そして、これも…
2人の愛し方であり、愛され方。


2019/08/09 更新
────────────────
【参照】
※1 露先[つゆさき]…傘を開いた時に雨が滴り落ちる骨組みの先の部分。ここでは、彼のカリの引っ掛かる部分を指す。

※2 満塞[まんぞく]【造】…膣内が潮、若しくはおしっこで満杯になり溢れるくらい塞がれてしまうほど、気持ち良くなって満足した様子。

※3 皆中[かいちゅう]…弓道用語で、四射全ての矢を的に対し命中させること。

※4 そういうイメプレ…【18. 束の間の安堵】を参照いただければ、そのエピソードを読むことが出来ます。

※5 阿修羅の左面…皆さんご存知の通り、怖い方の顔です。

※6 拷悶[ごうもん]【造】…言葉の鞭や彼の肉棒を使って彼女をしばき、例え『もうダメ…頭おかしくなりそう…もう止めて…』と懇願しても、拷問のように悶えるような悦びを与え続けること。
────────────────
【備考】
本文中に登場する、ねおが個人的に難読な文字、知らない人もいると思われる固有名称、またはねおが文中の雰囲気を演出するために使用した造語などに、振り仮名や注釈を付けることにしました。
尚、章によって注釈がない場合があります。

《本文中の表記の仕方》
例 : A[B ※C]

A…漢字/呼称など
B…振り仮名/読み方など(呼称など該当しない場合も有り)
C…数字(最下部の注釈に対応する数字が入る。参照すべき項目が無い場合も有り)

〈表記例〉
大凡[おおよそ]
胴窟[どうくつ※1]
サキュバス[※3]

《注釈の表記の仕方》
例 : ※CA[B]【造】…D

A,B,C…《本文中の表記の仕方》に同じ
D…その意味や解説、参考文など
【造】…ねおが勝手に作った造語であることを意味する(該当のない場合も有り)

〈表記例〉
※1胴窟[どうくつ]【造】…胴体に空いた洞窟のような孔。転じて“膣”のこと

※3サキュバス…SEXを通じ男性を誘惑するために、女性の形で夢の中に現れると言われている空想上の悪魔。女夢魔、女淫魔。


ハッシュタグ
#露出
#不倫
#浮気
#R18
#NTR
#遠距離
#複数セックス
#恋愛小説
#レイプ

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

5
現在【タイミング(仮題)】という、私の過去の恋愛や経験・妄想などを基に、結構際どい大人な長編(のつもり)のお話しを投稿しています。 是非読んで戴けたら、コメント戴けたら、フォローなんてしてくれたら、とっても嬉しいです
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。