自由の幻想
こんばんは。みほです!
連休明け、みなさんいかがでしたでしょうか?
私は強烈な頭痛と眠気から1日が始まりましたが、なんとか乗り切りました!笑
今日は連休や長期休暇明けに私がよく感じていたことと、経験をシェアしようと思います。
「会社行きたくない」
「ずっと休みだったらいいのに」
「自由になりたい」
私は2018年夏に一度会社員をリタイアしました。
当時私が掲げていたスローガンは「エンドレスサマーバケーション」。
まぁ長ったらしいスローガンですが、直訳すれば「永遠の夏休み」です。
そこから1年半、スローガンに則り「エンドレスサマーバケーション」を過ごしたわけですね。(1年半ってエンドレスじゃなくね?というツッコミが聞こえてきますね)
そうです。
エンドレスサマーバケーションとスローガンを掲げたものの、先立つものも計画も無く、とにかくフラフラと生きた結果、強制的にエンドレスサマーバケーションは終了せざるをえなくなったんですね。
冒頭の言葉は、私がエンドレスサマーバケーションに入る前、よく口にしていた言葉でした。
「会社行きたくない」
「ずっと休みだったらいいのに」
「自由になりたい」
この思いが日に日に強くなった結果、私は会社を辞めることになりました。
会社を辞めてからは好きなだけ海外を旅したり、やりたいことをたくさんやりました。ただ、収入を作るということからは逃げ続けたのです。
自由な時間がたくさんあれば、なんだってできる。自由な時間さえあれば、自分の事業を作って個人でお金を作り出すことができる。
そう思っていました。
でも実際に自由しかない環境に身を置いて感じたこと、「自由ほど身動きがとれない」
無限大にある時間、誰にも何も言われない。
良く言えば「自由」、悪く言えば「無」。
目標に対して期日がなければ、真剣にその目標を達成しようと行動できるでしょうか?
私たち人間が不死身だったら、必死に何かを変えようと思うでしょうか?
忙しい毎日の中、誰もが自分だけの自由な時間を持ちたいと思ったことがあると思います。
でも「自由」って思っていたより、「自由」ではなかったなと振り返ってみると思います。私はきっと自由に対して大きな幻想を抱きすぎていたのだと思います。
全てのしがらみから逃げ出すために求めた自由は、本当の自由ではなかった。
まして、何か目標とする姿があるのなら、ある程度の制限とリミットがあった方がパフォーマンスよく動けることを一時的ではありますが、自由を手にして知ることができました。
私は相変わらずエンドレスサマーバケーションを追い求めていますが、今は以前の私が求めた逃げ出したいという意味での自由ではなく、何事にも躊躇なく挑戦するための自由を求めているような気がします。
「自由」って奥が深く難しいテーマですね。
この「自由」を本当の意味で理解することは、私の人生の課題かもしれません。
これからも「自由」について学び、考えていきたいと思います。
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