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上京生活録イチジョウ読了

カイジ本編の沼まで見終わったので、約二年前に終わったスピンオフを手始めに読んでみた。
一概に、スピンオフは本編の奥行きを最大限に広げ、読者の腹を十二分に満たす最高の作品と言って差し支えないが、『上京生活録イチジョウ』は、また神々しい余韻をもってした漫画である。

『上京生活録イチジョウ』(以下、イチジョウとする。)には、主に二人の登場人物が活躍する。カイジ本編を見たことある方ならわかる、裏カジノ店長の"一条聖也"と、その主任である"村上保"である。

彼らは高校卒業、村上に至っては中退後に、岡山から東京へと拠点を変える。詳しくは描かれないが、底知れない野望を抱えた一条に村上が憧れて後を着いて行ったのだと思われる。

イチジョウ本編では、大山を舞台としたリズミカルな会話とコメディチックな生活模様が描写される。
カイジ本編において一条という男は、眉目秀麗で敏腕、かといって常時冷静沈着でもなく、カイジの前では憤慨したり拷問したり感情豊かな人物である(個人的に)。
その優秀さから策に溺れてしまうこともあるため、驕り高ぶったイメージすら湧くが、イチジョウではあまりその片鱗が見られない。

というのも、彼は彼自身の欠点や起こしたミスについて自省的であるのに加え、バイト先の女の子から好かれても、同僚のためなら一歩引き下がるといった人間性の良さが垣間見えるからだ。
自分はここで、かすかにキャラクターとしてのブレを感じたが、もはや彼は"帝愛グループに所属する前の彼"であって、"帝愛グループに所属し店長の座に着いた彼"ではないからである。

ここに至って、自分はスピンオフの良さに初めて気がついた。
社会的な動物である人間の心情をここまで描写したものは始めて読んだかもしれない。
なんというか、スピンオフと言えば、キャラクターが今に至るまでの過去編や、バトル漫画で言えばのほほんとした日常系など、"成長過程"や"ギャップ"を楽しむものだと思っていたが、イチジョウは少し違うような気がする。

美しく羽ばたく蝶の、蛹から孵る前の丁度グロテスクな瞬間。
そう喩えた方が相応しいかもしれない。

醜い?ほろ苦い?葛藤、自意識、下手なプライド、否が応でも逆らえない社会、そこにサンドされ揉みくちゃになった一条。
若者特有のなんとも言えない苦しい時間を赤裸々に描き、読者にも追体験させるほどの没入感。

本当にティーンエイジらしい一条に、そこはかとなく自身を重ねてしまうような作品。
とても素晴らしかった。
いつもキャラクターをハマるかどうかでしか見られなかったが、こんな尺度もあっていいのかと驚かされた。

縷々と語っても、力量不足で要約が難しいので、そこは勘弁してください。
『上京生活録イチジョウ』全6巻です。オススメです。

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