憂鬱なシーズン到来?

もう7月。
夏休みが視界にバッチリ入ってきた今日この頃。
義実家への帰省の話しも出始めたり、世の中のお嫁さんたちには憂鬱な方も多いのではないだろうか。

私も例に漏れず、義母からLINEが来たので一気に憂鬱になっているところだ。

でも今年は仕方ない。夫の新盆だ。
それに、まだお墓は検討中なのでお線香をあげる場所が我が家になる。
今年は仕方ない。そう自分に言い聞かせている。

しかし私はお盆は8月13日からだと思っていたので、義母に8月で良いかと確認したら、7月13日からじゃないかしら?と言う。
ならばと、7月の予定をずらせるものを確認して、◯日の午前中はどうか?と提案した。

するとしばらく返信が止まり、やっぱ東京は8月みたい!孫にも会いたいから8月にする。とのことだった。

うん、いつもの義母って感じ。
そして相変わらずお元気そうで。

私が義母に拒否反応があるのは、以前書いた通りだ。出力が強めで一緒にいるとこちらが擦り減るのだが、良い嫁でいたい気持ちが強く我慢していた。そしたら嫌味の数々からの人格否定がトドメとなり、精神的に参ってしまった。
そのため、今回のようなちょっとしたやり取りの中でも垣間見れてしまうほどの義母の自己中さが、私をまたイラッとさせる。

なんであれ程嫌味で攻撃した相手に会おうと思うのか。そして当然のように会えると思うのか。

自分の子供に配偶者や子供ができたら…と想像することがある。
こんなに、会いたい!家族だもの!とは思わない。
例え会いたいと思ったとしても、自分から誘うようなことは若い家族に申し訳なくて出来ないと思う。家族にはその家族の時間があり、時間の流れるスピード感も違うと思うからだ。年老いた自分が暇なのであり、若い家族は1番忙しない時代を過ごしているのだ。私が今そうであるように。それを忘れずに老いていきたい。

義母のように自分の欲に正直に生きれればストレスもなく、大した病気にもならず、元気な70代を送れるのかもしれない。
長生きの秘訣はストレスフリーにありだもの。

ただ客観的に見て、誰か(嫁)に煙たがられてまで長生きしたところで、それは幸せと言えるのか?と考えさせられる。

まぁ、そもそもそういう人は自分が良ければそれで良いのだから、そんなことも気にならないのだろうけどね。本当によく出来ている。

ならば、私も自分の感情に正直に無理はせず、お互い様ですよねという精神で義母に対してはいかせてもらう次第だ。

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