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短編小説「観察日記」

※下記に朗読動画有り

【12月4日】

今日は外に出た。私の住んでいる街の緊急会議に参加するためである。深夜に収集のかかったそれは、聞くところによると人間が関わっているらしい。どうせいつもの事だ。これまでも、あの店の店主には近づくなとか、屋根の上を走る時は音を出すなとか、そういう連絡ばかりだろうと思っていた。

しかし参加してみると、皆ピリピリした様子でいつもと違う。なんでも、

『最近人間が外を歩いていない』

というのだ。私たちには人間の言葉は分からない。すなわち人間の世界で何が起きているか、知る術がないのだ。漠然とした話ではあるが、それでも私たちは真剣に討論を重ね、1つの結論に至った。


【12月23日】

今日は今年初めての雪が降った。私の住んでいる街がある場所は他の街と比べて早く雪が降り始めるらい。この事は、住む場所を決めず、自由気ままに旅をしている同郷に教えてもらった。それまで私は、雪が降る時も雨が降る時も、どこもかしこも同じ時間に降り、そして止み、晴れているものだと思っていた。…違うらしい。アイツは元気だろうか。私の知らない外の世界を見ているお前なら、今この世界で起きていることを知っているんだろうか。きっと、私の住んでいる街だけの話ではないのだろうから。


【1月10日】

今日は外に出なかった。正しくは散歩でもしようと窓から外に出た瞬間雪に埋もれてしまい、これではダメだと散歩を断念したのだった。振り続ける雪を暖かい部屋から眺めながら、気づいたら寝てしまっていた。


ー不思議な夢を見た。怪物やら宇宙人やらが人間たちを食べている。人間は私たちのように早く走ることも、物陰に隠れることも出来ない。ましてや塀や屋根の上を駆け回ることも。当たり前といえば当たり前だが、簡単に捕まってしまうのだった。何とも気分の悪い夢だ。


【1月30日】

今日も外には出なかった。私の住む家には3人の人間がいる。父と母と、その娘の未来(みく)。いつもなら3人とも日中は家に居ないのだが、どうしたものか最近は外に出ようとしない。なので自ずと私の足も外には向かず、未来の膝の上に落ち着いて猫よろしく頭を撫でさせてやっている。

だがしばらくすると、立ち上がり、なにやら機械の前で話し始めるのだ。父も母も未来も、その機械の前では難しい顔をしている。やはり、私たちの至った結論通り、人間たちには良くないことが起きているのだろう。もしかしたら外には夢で見たように、怪物やらなにやらが出没しているのかもしれない。出来ればこの家族には生き延びて欲しい。


【2月9日】

今日は会議のため酒屋の瓶捨て場に集まった。相変わらず人間たちは減っている。しかし誰もが地球外生命体の類を見ていないというのだ。…なにかがおかしい。この2ヶ月間私たちは情報を共有してきた。もちろん見回りもした。わかったことと言えば、皆口を揃えて飼い主が機械に釘付けになっていて構って貰えないだの、ダンボールやらご飯やらが自宅に届くようになり、これがいわゆる配給というものなのだろうか、など。

…いやいや、なら運ぶ人間は何故生きているのだ。何故、襲われたりしない?
…何故…何故。

やはりこの街から逃げ出すべきなのではないか。そう思い鳴いてみるが、やはり人間には言葉が伝わらなかった。未来が私を抱き上げて『可愛いね。』と言った。


【3月2日】

今日はアイツが帰ってきた。それもかなり太っていて、昔の面影がなかった。なんでもここの所ずっと、店のゴミ捨て場に誰も手をつけていない弁当やら肉などがそのまま捨ててあると言うのだ。なるほど。それなら仕方がないな。私は前のめりになって、他の街の事を聞いた。するとやはり、どの街も人間たちが外にいないのだという。


『…やはりか。ならば人間を襲ってまわっている何者かを見なかったか!?』
『…いや。そんな奴は見ちゃいないよ。というか、初めからそんな危ない奴は居ないのさ。
『どういう事だ?』
『君の話はこうだろう?街中の猫たちが集まって人間が何故外に居ないのか考えた。きっと何者かに襲われ人口が減り、ついぞ人間がいなくなっちまったら、俺らも生きていけない。自分たちの家族を守らなければならない。ついでに温い(ぬくい)家もな。そうなりゃ早くその何者かを見つけて倒すか逃げるかしなくては…か。』
『そ…そうだが。私たちだって馬鹿ではない。皆と意見を出し合ってだな…。』
『うん。分かってるさ。誰だってそう思う。俺も初めはビクビクしながら街を歩いたさ。でも気づいたんだよ。たぶんこれは…

"目には見えないモノ"

だ。』
『…なんだそれ。』

『目に見えないから、分からないんだよ。俺らには。怪物とやらが目に見えない。目に入らない。確認できない。だから恐れるんだ。』

『それはあれか、毒ガスのようなものか…?私たちの間で噂になっている、悪い人間に捕まるとそのガスで殺されるという、そういうものなのか…?』
『俺だって詳しいことは分からないさ。歩いて回って何となくそんな気がした、くらいのもんさ。だって君、気づいてるか?…外を歩かないのは"人間だけ"なんだぜ。俺ら猫共はどうだ。変な匂いでもすりゃ、それこそすぐわかるさ。』


 "目に見えないモノ"音もなく、匂いもしない。そんなものどうやって防ぐというんだろう。人間はこれからどうなるのだろう。そんな話をしたあと、アイツはすぐにどこかに行ってしまった。またいつか帰ってくるだろうか。


【3月3日】

今日は仲間に声をかけ会議を行った。私はアイツから聞いた話を皆にしてやった。そんな馬鹿なと呆れる者もいたが、突拍子もないこの話を受け入れるのは、たしかに難しいとおもう。私も初めはそうだったのだから。

それから、私たちに対抗する手立てはないのだということ。これはあくまで人間の争いだということ。逃げ足の遅い、鋭い嗅覚もない人間たちだが、なにかを成そうと今日も頑張っているのだろう。与えられた環境で、生きるために必死になって踏ん張っているのだろう。

そうだ。私たちにできることは無い。だがしかし、祈ることは出来る。たかが猫だ。たかだか猫だ。何をしたところで伝わるまい人間たちよ。

どうか負けぬよう。どうか死なぬよう。

またいつか私たちに元気な姿を見せて欲しい。
それでこそ私の住む街だ。それでこそ私たちの街だ。


以上、観察日記終了。


 




最後まで読んで頂きありがとうございます。
本作は1年ほど前、今よりコロナウイルスが蔓延していた頃に考えたお話です。我々人間界で起きているパンデミックを、猫の視点で想像しました。現在、第8波の流行が猛威をふるい、気の休まらぬ日々が続いていますが、少しでも早い終息を願っております。

またいつか。

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