映画の話 土を食らうについて



中江裕司監督の最新作「土を喰らう十二ヵ月」料理テーマ 土井善晴氏が監修 旬の食材で時間かけ撮影

 沖縄を題材にした映画(パイナップルツアーズ、ナビーの恋、ホテルハイビスカス)などを数多く生み出してきた中江裕司監督の最新作「土を喰らう十二ヵ月」が桜坂劇場で上映されている。

長野県の山荘に一人暮らしする作家のツトム(沢田研二)。自ら畑を耕し旬の恵を味わいながら、日々原稿に向き合う。そんな彼のもとを時々訪れる編集者の真知子(松 たかこ)。四季折々の素材を料理し一緒に食べる特別な時間が過ぎていく。

食らうは生きる 食べるは愛する いっしょのご飯がいちばんうまい

こうして悠々自適な暮らしをするツトムですが、彼は13年前に亡くした妻の遺骨を墓に納められずにいます。大自然に囲まれた環境の中、老いによって彼もまた“死”に近づきつつあり、“生”について考える日々を過ごすのです――。

檀ふみ、火野正平らベテランキャストが物語に与える深み

“ツトム=沢田研二”を囲むのは、大自然だけではありません。ベテラン俳優陣の存在もまた、本作が観る者に与える贅沢な時間の重要な要素。

ヒロインの真知子は編集者として頭脳明晰な一面を持つ一方で、ツトムの料理が大好きな“食いしん坊”でもあるキャラクター。松さんがチャーミングに演じ、主演の沢田さんとのやり取りがじつに愉快なものになっています。

その他のツトムの生活を支える存在として、写真屋を瀧川鯉八さんが、大工を火野正平さんが、かつてツトムが奉公していた禅寺の和尚の娘を檀ふみさんが、ツトムの亡くなった妻の母を奈良岡朋子さんが演じています。

さらに、ツトムの義弟を尾美としのりさんが、その妻を『ナビィの恋』で中江監督とタッグを組んだ経験を持つ西田尚美さんが演じ、コミカルなシーンを創出。この座組の中心に存在し続けるのが、沢田さんなのです。


スター・沢田研二という存在のあり方

筆者は平成生まれのため、沢田さんがスターとして、エンターテイナーとして一世を風靡していた姿は、インターネット上などにある動画によって知った人間です。過去の映像に収められた、気品あふれる佇まいと身のこなし――。その姿と一挙手一投足には、世代の隔たりを超えて圧倒され、魅了されるものがあります。

出演された映画では『太陽を盗んだ男』(1979年)、『ときめきに死す』(1984年)、『夢二』(1991年)といった主演作がパッと思い浮かびますが、それぞれの作品で演じていたのはどれもまったく異なるキャラクターたち。しかしいずれの作品でも、その得も言われぬスター性やカリスマ性が漏れ出ているのを感じていました。というより、そういった性質を持つ人物にしか務まらないキャラクターたちだったと思います。

一方、本作で演じているのは、山荘で暮らすごく平凡な男性(もちろん、これまでにも平凡な役柄を演じているのを知っています)。映画は大自然に囲まれた彼の存在にフォーカスし、時間は淡々と流れていきます。

ここで重要になってくるのが、このツトムという人物を誰が演じるのかという問題。いくら平凡な役どころとはいえ、ツトムには幼少期に禅寺へと奉公に出されたという特別な経験がありますし、ただ与えられた役を演じているだけでは、強力な自然の存在に取り込まれてしまいます。

むろん、それはそれで正解なのかもしれません。けれども本作は、俗世間と離れ、大自然と共存する男の物語。つまり、大自然と拮抗できるような人物でなければツトム役は務まらない。この役を沢田さんが演じているのは大いに納得です。ごく自然な振る舞いであっても、その一つひとつの所作には、やはりかつてのパフォーマンスのような美しさがあるのです。

”沢田研二しかいない”監督の思いが結実

中江監督はこのツトム役を演じられるのは「沢田さんしかいない」と考えてオファーをしたようですが、逆に沢田さんから「僕をオーディションしてくれないか」と言われたといいます。沢田さんとしては、“昔の沢田研二ではない”、“このような自分でもいいのか”、“いまの自分を画面にさらしたい”という想いがあったようです。

こうして監督の想いと沢田さんの想いは見事に結実。年齢と、特別なキャリアを重ねた者にしか纏うことのできない、そんなオーラをツトム役には感じます。ただそこにありのままの姿で存在しているだけながら、“大自然の中で生と死について考えながら生きる男”の像を沢田さんは立ち上げているのです。

沢田さんと世代の近いかたも筆者のように離れたかたも、「これから」を生きていく指針の1つとなるような存在として、彼の姿はこの映画に刻まれていると思います。


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