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三匹のクマのちょうどいい家

いつも同じような夢を見る。私は独り、横断歩道に立っていて。白いラインだけを踏んで渡っていくのだ。渡りきれたら、そこで夢はおしまい。

しかし時々、ぐらついて白いラインから出てしまう。そうすると落下するような感覚の後、不思議な街に行きつくのだ。道路は真っ白で、どの建物も真っ黒。そして人間は私だけ。住民は全員、大小様々なクマのぬいぐるみ。

今夜も、私は奇妙なモノクロの街をさまよい歩いていた。ほんの一瞬、カラフルな家が目の端に入った。パルテルカラー調の、美しい色合い。その家を探そうとするが、身体が後ろに引っ張られる。ああ、目覚めてしまう。

ピピピピピ!

電子音が頭の中で反響する。アラームを止めて、全身を思い切り伸ばす。パキパキパキっと盛大に鳴る肩と腰。今日も苦手な肉体労働だ。きっと私は、今の仕事に向いてない。憂鬱になりながらも、起き上がった。




油のシミがついた作業服を洗って干した土曜日の夜。私はまた横断歩道の夢を見ていた。今回は珍しく、夢の序盤から意識がはっきりしていた。

私はわざと白いラインからはみ出した。落ちて、すとんっと足先から着地。モノクロの街はいつも通りだった。白い道路を歩き、テディベアの住人たちとすれ違いながら、黒い建物を一つ一つ確認する。

あの絵本から飛び出したような、カラフルな家はどこにあるのか。

思い切って住人たちに尋ねてみようかと思った時、後ろから何かがぶつかった。ふわふわした感触。

「おっと、すみませんね。家路を急いでいたもので」

振り返れば、私と同じ身長くらいのテディベアが、大事そうに籠を抱えていた。その中には、淡く虹色に光る瓶が詰められている。

初めて巨大なテディベアに話しかけられた衝撃をやり過ごしながら、確信する。きっとこのクマはあの家に帰るのだ。

「あの、あなたの家に連れて行ってもらえませんか。あなたの家を探していたんです。特に用事はないんですが、綺麗なお家だなって、ずっと思っていて」

「私の家?ちょっと瓶が多いくらいで何もありませんが、よろしければどうぞ。三兄弟で住んでいるのですが、今日は私一人だから大丈夫でしょう。一緒にお茶でもしますか」

あっさり了承してもらえた。促されるままに、クマについていく。



クマの家は、やはり探していたあのカラフルな家だった。小さな家だが、よく手入れが行き届いていて美しい。玄関まで長い階段があり、その階段の一段一段に虹色の瓶が置かれていた。

「どうぞ、この椅子に。時々にゃあと鳴きますが、お気になさらず」

イギリスの歴史ある邸宅のような内装に見惚れていると、猫足のイスをすすめられた。鳴く?恐る恐る、腰を落とす。何も起きない。この家主のクマは冗談好きなのだろうか?

小さなシャンデリアをぼんやり見ていると、クマが部屋の奥から戻ってきた。大きなお盆にティーセットやお菓子を乗せている。

「えへへ、私の大好きなお菓子、バクラバです。紅茶によく合うのですよ。一緒に食べましょう」

「ああ、急に押しかけたのにすみません。わぁ、綺麗」

小皿に盛られた正方形の焼き菓子は、薄緑色の粉を纏って輝いていた。

「さぁ、元気にがぶっと、かじってみてくださいな」

焼き菓子を摘まんで、小さくかじってみる。さっくりした生地の中から、じゅわっと蜜があふれ出る。痺れるように甘く、香ばしい風味がする。

「美味しい。癖になりますね、これは」

「えへ、そうでしょう。美味しいと言ってもらえて嬉しいです」

頬を染めながら、いそいそと紅茶を準備してくれているクマをじっと見る。この黒い建物と白い道路しかない街で、このクマはどうやって暮らしているのだろう。

「あの、この素敵な家はあなたが建てたのですか?」

「ええ、二人の兄弟も協力してくれました。黒い建物ばかりなのが嫌になってね。私はこの家が大好きです。この街の人には、不評だけれど」

「……この街は、住みにくくないですか?別の街に行こうとは、思わなかったのですか?」

クマはゆっくりと戸棚に向かい、小さな瓶を持ってきた。あの虹色に光る瓶だ。棚の中には、虹色の瓶がぎっしりと収まっている。

「この街の外れで、この虹色の瓶が時々発掘されるのです。私はこの瓶を集めるのが大好きで。この瓶に似合う家を建てたいと思ったんです。この瓶と共に生きる。私にとってちょうどいい生き方は、これだと思ったのです」

「ちょうどいい生き方?」

「それぞれの形に合った生き方、というのかな。まったく幸せな生き方が一番だけれど、そう上手くはいかないでしょう。納得いかないこともあるけど、これがあれば大丈夫。そう思えるものは絶対手放さない生き方。それが、ちょうどいい生き方なのかもしれません」

ティーカップの赤い水面を見つめる。自分のちょうどいい生き方。大丈夫、と思えるもの。じっと考えていると突然、にゃあ、とイスが鳴いた。不意の一撃に、吹き出してしまった。

「あははっ!すみません、ははは」

「いいのですよ。不安になったり笑ったりして、ちょうどいいのです」

身体が後ろに引っ張られる。目覚めの時間のようだ。

「ああ、そろそろ帰らなきゃ。ありがとうクマさん。また、来てもいい?」

「いつでもいらっしゃいな。次は私の兄と弟も紹介しますね」

遠くなっていく家とクマに手を振る。今度は、あの家に迷わず辿り着けるような気がした。



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