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ポゴステモン・ラプソディー

今日も私たちは手に手を取って、いや、葉に葉を取って、広大な砂の大地を歩いていく。

今の私たちは、ポゴステモン・サンプソニー。水草だ。ギザギザした楕円形の葉っぱを何枚も付ける、ちょっと背の高い水草。

見上げれば、頭上に熱帯魚がちらほら見える。もしかして、今日はパレードをするのだろうか。


最近、とあるオンラインゲームにはまった。専用の円筒形カプセルに入ってスイッチを押せば、ゲームの中で自由自在に行動できる。

広大な水槽の中の仮想世界で。

魚から貝、エビや水草などなど。様々な生物の姿をアバターにすることができる。一番人気は可憐な熱帯魚。私は、何となく目に留まった水草の『ポゴステモン・サンプソニー』を選んだ。

星型やクローバー型、きのこ型なんかに葉が広がる可愛い水草にも心惹かれたが、シンプルで動きやすそうな見た目と、『ポゴステモン・サンプソニー』という名前のインパクトが気に入った。


隣の相棒の歩みが止まった。繋がっている手、葉に少し引っ張られるようにして私も止まる。相棒は上半身を上に向けている。見上げてみれば、無数の熱帯魚が渦を巻いていた。

「あ、やっぱりパレードするんだ」

「知ってたの?」

「ううん、さっきちょっと熱帯魚を見かけたから、そうなのかなーって」

「気付かなかった。じゃ、今日はパレード見ようかぁ。今日は特に豪華そうだし。ここらへんで揺れとく?」

「うん。揺れとこ」

足、茎の下、根っこを震わせて砂の中に埋まる。こうしておけば、身体をしっかり固定できる。相棒も落ち着いたのを見届けて、あとは上演まで待つだけ。全身の力を抜いて、葉をゆらゆらさせる。


ただ流れに身を任せて、水中を漂う人もいれば、真っ暗闇の地下エリアを冒険する人もいる。

豪華なヒレのある熱帯魚の集団の一員になって、パレードしてもいいし。他の生物とのコミュニケーションを試みたりしてもいい。とにかく自由なゲームだ。

私たちは、ゆっくり歩き続けるスタイル。

こういう、自由度の高いゲームに慣れていなかったから、どうすればいいのか見当もつかず、最初は1人でただ歩いていた。隣の相棒は、その時に最初に出会ったポゴステモン・サンプソニー仲間。

私のニックネームは「ポゴモン」で、相棒は「ポゴサン」だ。名前の付け方すら同じ。相棒も初心者だったこともあり、自然に2人で行動するようになった。

偶然出会った小魚や透明なエビとおしゃべりしたり、様々な水草が集まる庭園エリアにちょっと留まったり、宝物探しのようなことをしたり。

慣れてくると楽しみ方が分かってきて、もうずっと二人で歩いていよう、ということになった。


傍をゆったり通り過ぎていく魚やエビ、貝や水草に軽く挨拶する。

最初はすぐに飽きるだろうと思ったけれど、リアルな水槽の中の景色や穏やかな雰囲気が癖になり、のめり込んでしまっている。もう、ちょっとやそっとのことじゃ、止められないだろう。

「あ、パレード始まるよ」

隣の相棒の声でまどろみかけていた意識が浮上した。

ぷくっとした身体が可愛いらしいミドリフグやハリセンボン、黄色い顔と透き通る白い身体が幻想的なイエローヘッドジョーフィッシュ。

極彩色の豪華なヒレを誇らしげに振るマンダリンフィッシュと、水色の身体に黄色い水玉模様がおしゃれなテングカワハギ、オレンジと白のストライプ柄が可憐なカクレクマノミ。

隊列を組んだ熱帯魚たちが、どこからか聞こえてくる軽やかで明るい音楽に合わせて動き出す。

「今日はハンガリー狂詩曲だねぇ」

相棒がさらりと教えてくれた。相棒はかなり音楽に詳しい。きっとリアルな世界で真剣に音楽を学んでいるのだろう。互いに本名も知らないけれど、これからもきっと相棒は相棒なのだ。真実の姿を互いに知らないままでも、知ってしまっても。

上下左右、熱帯魚の群れが軽やかに動く。端の熱帯魚からくるりとターンしていったと思ったら、全体が大きな輪になり、すぐに無数の小さい輪に別れ、また大きな輪に。その輪は、∞のマークになった。

「出来るなら、このまま水槽の中を歩いてたい。あーあ、こっちが現実だったらなー。そう思わない?」

私が話しかけると、相棒はくるりと上半身をこちらに向けた。真剣に、私を見ている。

「……ここにいていいんだよ。僕も、君にここにいてもらいたい。だって本当は、……本当の君は、……こちら側の……」何か言いたげな声と雰囲気の相棒に、何か、強烈な違和感が生まれてくる。

あれ、私は、どうやってリアルの世界に戻っていたっけ。私は、リアルの世界で、何をしていたっけ。

リアル?どちらが?私の現実は、どちらの世界?

ハンガリー狂詩曲の旋律が歪んでいく。熱帯魚のパレードは万華鏡のようになった。

「また、戻ってきて。また一緒に揺れよう。ずっと待ってる」



白いカプセルの中で目が覚めた。自動的にドアが開く。あれ?ログアウトした覚えが無い。接続不良だろうか?

飛び出して、カプセルのドアに付いている端末パネルを操作する。ログインしてから、10分も経っていない。やはり、接続に何か問題が起きたのだろう。もう一度入ってみよう。

カプセルの中に入り直す。ドアを閉める直前に、部屋の片隅にある小さい水槽が、不自然に歪んで見えた。両目を軽く擦る。気のせいだろう。

スイッチ・オン。


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