見出し画像

「た」抜き幽霊付き物件

休日の朝、靴箱の上に放置していた郵便物を、テーブルの上に移動させた。ざっと見たところ、重要そうな封筒や手紙は無さそうだ。ほっとして、1つ目の封筒に手を伸ばす。

この家に越して来てからずっと、郵便物に記載される文字が、よく消える。消える文字は、ひらがなの「た」だけ。郵便物が少ない日は、1つの郵便物に記された「た」がほぼ全て消える。

そうなると解読に時間がかかるので、結構困る。重要な書類だったりすると、本当に困ってしまうのだ。印刷ミスかと思い、差出人に連絡してみたが、そんなことあるはずがない、と言われてしまった。

「2個か……」

今回は、よく利用している家電量販店からのダイレクトメール。文面の中の「た」が2つ、抜けていた。スマホのメモ帳に数字を打ち込む。1ヶ月にどのくらいの「た」が抜かれているのか、最近調べているのだ。先月は293個。先々月は289個。大体、1日10文字のペースだ。

家賃を抑えるため、いわく付き物件に住んでみて1年。特に恐ろしい現象は起きないが、この現象だけが気になる。この地味に困る現象が、心霊現象なのだろうか?ほんのちょっと、がっかりした。



「ふーっ、疲れたー」

1週間分の食料の買い出しから帰った。もう夕方だ。いつも休日はすぐに終わってしまう。買ったものを冷蔵庫に収めた後、鼻歌を歌いながらコーヒーを入れる。

今日はお気に入りの「文字ふりかけ」を安く買えた。カラフルな小さい具が、ひらがなの形をしている珍しいふりかけだ。野菜の色素で染まっているらしく、健康的。おまけに美味しい。子供向け商品だが、はまってしまった。

夕飯の準備をする前に、少し休憩しようとダイニングテーブルのイスに座った。コーヒーをすすりながら、何となく部屋の右上を見たら、大きな動物が天井に張り付いていた。

「え……えっ!うわっ!あっつ!」

零した熱々のコーヒーが少し手にかかって、つい声が出た。しまった。大声で刺激したら、暴れてしまうかも。動物の様子を伺うが、動じていない。それどころか、毛繕いをして、欠伸あくびをした。

全体的に焦げ茶色。顔と耳は丸く、目元の毛だけ黒い。垂れ目っぽい。低い鼻。よく見てみれば、その動物は狸とそっくりだった。しかも、身体が透けている気がする。

どうやって天井に張り付いているのか。なんで、身体が半透明なのか。そういう種類の狸もいるのだろうか。いやいや、そんな馬鹿な。

いわく付き物件、という言葉が頭の中で響いた。もしやと思い、伸縮する掃除用具で接触を試みる。スカッと、掃除用具の先端は狸の身体をすり抜けた。狸は相変わらず、リラックスした様子だ。

「……なるほど。狸の幽霊ってことか……!」

生まれて初めての本格的な心霊現象に、ちょっと興奮する。正直、幽霊の登場を期待していた。良かった。動物の幽霊なら、そんなに怖くない。

1歩近づいた時、狸が小さい紙を落とした。ひらひらと床に落ちた紙を拾う。約3㎝四方の白い紙には、「た」とだけ印刷されていた。

今までの不思議な出来事が、頭の中で綺麗に繋がっていく。「た」を抜いていたのは、この狸の幽霊だったのだ。狸。「た」を抜く「たぬき」ということか。

「……なんか、なぞなぞみたい……」

「キュー、キュユゥーン」

子猫のような、小さい鳴き声が響いた。狸の幽霊は、私を不思議そうに見降ろし、鼻をふんふんと動かしている。可愛い。

可愛いのは良いが、家中の「た」を抜かれては困る。今は引っ越しする余裕も無いし。狸の幽霊と共存できるなら、したい。どうすべきか。

しばらく考える。シンクに置いておいた「文字ふりかけ」が目に入って、閃いた。

自分の部屋に飛び込み、プリンターを起動させて、パソコンを開く。白紙のページに”たたたたた……”と打ち、「た」を量産していく。ある程度「た」が打ち出せたら、後はコピペで増やしていく。仕上げに印刷して、その紙を狸に見せた。

「これで、どう?これで十分でしょ?毎月プリントしておくから、この紙から好きなだけ「た」を取っていけばいいよ。お替り自由。他の紙からは、取らないでね」

「キューン、ウユーン」

返事はしてくれたが、伝わっているのだろうか。狸の幽霊に見えるように、テーブルの上に紙を置いてみる。早速、最初の「た」が3文字、消えた。




「はい、お待たせ。今月の新鮮な”た”だよー。今回はマメロンっていうフォントにしてみました」

「キューウ!」

相変わらず、ずっとダイニングの右の天井に張り付いている狸の幽霊は、嬉しそうな鳴き声を上げた。もはやペット感覚だ。いわく付き物件に越してきて2年。まさか狸の幽霊と、楽しい同居生活を送ることになるとは。



この記事が参加している募集

お気に入りいただけましたら、よろしくお願いいたします。作品で還元できるように精進いたします。