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レッドマジックリリーの宙

赤トンボを見かけて、あの赤い丘を思い出した。ずっと、行ってみたいと思っていた真っ赤な丘。頭の中の予定表に、旅行の予定をねじ込んだ。

秋になると、どこかに出かけたくなる。

私は植物学者なので、ほぼ毎日、蒸し暑いビニールハウスや狭くて薬品臭い実験ラボに閉じ込められる。抜け出したくなるのだ。秋は。

新種の植物を探すための野外調査という名目で、休みをもぎ取った。




電車に揺られながら、窓の外を見る。柔らかそうな金色の稲穂が広がる景色。収穫の時期なのだろう。

「赤い丘」の名前の由来は、丘全体に咲きほこる彼岸花だ。彼岸花も食べられるらしい。赤い丘の彼岸花も、食べられるのだろうか。

ふと隣を見れば、首を上に曲げて爆睡している友人がいた。ちょっと自慢するつもりで今回の小旅行のことを話したら、自分も行く、と言い出した。

昔から、宇宙に夢中だった友人だ。勉強嫌いのお調子者だが、本当に宇宙物理学者になったほど、宇宙に恋している。彼岸花に興味を持つとは意外だった。

下りる駅の名前がアナウンスされた。そろそろ起こさなくては。

「もしもしお客さん、終点、じゃないけど起きて」

「ふがっ……はっ……あれ?家じゃない……ここは……どこ?」

「赤い丘に行くんだーって自分で電車乗ったでしょ」

「ふぁいふぁい」

眠そうな友人の腕を引っ張り、下車した。


彼岸花の群生地が見えた時、友人とふざけ合っていた会話が、ぴたりと止まった。

風が吹くと、彼岸花が一斉に揺れて、波打つ海のように見える。地上の赤い海だ。夢のように美しい。

しばらく放心していたが、友人がずんずんと彼岸花の海に突入していって、我に返った。友人の後を必死で追う。

「ちょっと、待ってよ。早いって。何か、見つけたの?」

「うん。ほら、あの大きな木。見える?1本だけ、目立ってる。近くまで行きたくて」

友人が指差す先をよく見ると、確かに木があった。


大樹の近くには、たくさんの人がいた。しかし、何か緊張感のある雰囲気。周囲を見て回ってみると、樹液を採取している人たちを見つけた。瓶の中に入る樹液は、真っ青だ。

「えっ!こんな青い樹液ってあるんですか!すごい!」

調査中です、という硬い雰囲気の集団に、友人はためらいなく話しかけた。

「……ああ、なんだか樹液の色が急に変わったらしく、調査していまして。私たちは樹木の専門家ですが、こんな青い絵の具のような樹液は誰も見たことないのです」

友人の両目がキラキラと輝く。イレギュラーなものが好きなのだ。私も好きだが、この友人の熱量には敵わない。

「わ~!面白い!あの私、宇宙物理学者なのです。私も調べてみたいのですが、樹液、少し分けていただけませんか?妙なことには使いませんから。誓って」

困惑する調査員の方々に、慌てて友人の名刺を見せる。信じてくれたみたいだ。ちょっとした会議が始まったが、最終的に瓶1つ分の樹液を分けてもらえた。小躍りして喜ぶ友人の代わりに、お礼を言った。




「凄いことが分かったんだよ~!」

真夜中に友人から電話がきた。興奮している様子だ。これは、話が長くなりそう。

「もう寝るとこ……。宇宙のことなら、また明日でいい?」

「違うって。この前の、赤い丘の大樹の樹液のことだよ。真っ青だったやつ。あれね、濃度を上げて、顕微鏡で拡大してみたんだ。そしたらさ!そしたらさ!」

興奮している声が頭に響く。う~ん、と唸って結論を促した。

「宇宙だったんだよ!人工衛星から撮影した宇宙の風景と、丸っきり同じだったんだ!ああ、あの赤い丘に行ってみて正解だった!何となく、行くべきな気がしたんだ!」

「へ?宇宙?」

「そう!あの大樹の根っこ、君が調べてよ。もしかしたら、とてつもない所まで伸びてるのかも!宇宙空間を、あの木の根が吸い上げてるのかもしれない……!」

もう、目が冴えて眠れなくなった。




私も宇宙の樹液が気になり、他の研究員と一緒に、赤い丘の大樹を調べることにした。地中の根の状態を、地表から探ることができる特別な装置で、念入りに根を調べたのだ。

結果に、他の研究員たちと一緒に口を開けて驚いた。なんと、大樹の根は周囲の彼岸花の根と繋がっていた。そして、根の一部はどこまでも、どこまでも深く伸びていたのだ。

最新鋭の観測装置でも、観測しきれない深さまで、根は伸びている。地球の中心にあるマグマ溜まり、マントルにまで届いている可能性がある。

マントルは謎だらけ。宇宙にワープできてもおかしくない。もしかすると、根が宇宙と繋がっているという友人の突飛な仮説が、正しいのかもしれない。

そんなことを思いながら、今日も赤い丘に向かって歩いていると、スマホが鳴った。友人からだ。

「もしもし?あの彼岸花と大樹の調査、進んでる?」

「新しいことはまだ分かってない。今日も、これから調査だよ」

「そっか。頑張って。こっちも、あの宇宙の樹液、調べてるから」

「どうも。そっちもね。そうだ、彼岸花の別名って、1000個くらいあるんだよ。知ってた?その内の1つが、レッドマジックリリー。まさに、赤い丘の彼岸花にぴったりでしょ?」

「へ~。レッドマジックリリーかぁ。彼岸花の赤い魔法が、宇宙の幻を見せてくれてるのかもな~」

この不思議な現象が、彼岸花たちの魔法だとしたら。もう私たちは完全に魔法にかかっている。あの大樹が吸い上げる宇宙に、こんなにも魅了されているのだから。


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