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砂上の生き残りグランド・オペラ

生き残った私たちは、海の近くで暮らすことにした。

早朝には皆で木製の船を海に押しだし、勇敢な漁師たちを見送る。その後は自由。浅瀬で釣りをする人もいれば、ヤシの実をとる人もいる。

岩場で貝やカニを獲る人。簡易浄水装置のメンテナンスをする人。洗濯する人。料理する人。大きなテントの中で本を読む人。砂浜に座り、海を眺める人もいる。

各々が、その日その日の気分で、何となく別々のことをするのだ。私と子供たちは今日、遊ぶことにした。

子供たちと一緒に、流木を拾ってきて、砂の上に大きな長方形を描いていく。両陣営の配置が整ったら、準備完了。避難袋に入っていた空気で膨らませるボールを、長方形の真ん中で上に投げて。

砂浜ドッチボール、開戦。



白熱の一騎打ちに決着がついた。全く同じ顔の男の子と女の子。2人とも砂浜に倒れ込んで、笑っている。その2人と瓜二つの顔を持つ私たちも、砂浜にころんと転んでケラケラと笑った。

「みんなー、戻っといでー」

遠くから、数人の大人たちが手を振りながら近づいてきた。やっぱり、同じ顔。生暖かい風が強く吹いた。海の向こうは曇天。ああ、雨が降る。



バタバタバタバタバタバタ

布製の屋根に大きな雨粒が落ちてきて、太鼓を打ち鳴らすような音がする。大きなテントだが、全員が入っていると少し窮屈だ。大きな食卓に着いて、ついさっき受け取った魚介類たっぷりのスープを一口すする。温かい。

スープの水面に浮かんだ自分の顔をよく見てから、周囲の大人や子供の顔を見回す。同じ顔の連続。不自然だと感じる一方で、安心する。

遺伝子を操作して個人の能力を向上させるエンハンスメント技術が普及し、世界中の人がDNAを書き換えられるようになった。より健康に、美しく、優秀に。抗いがたい命への欲望は、人類共通だった。

だんだんと、世界中の人の顔や肌、髪や瞳の色、趣味嗜好、思想や行動は似通ってきて。特にDNA操作をしなくても、親と双子のような子が生まれるようになった。

ヒトが幸福になれたと確信した頃、遺伝性の病が広まった。病を克服できるように、またDNAを操作すれば、問題無い。そう楽観視されていたが、発症しないようにDNAを書き換えると、別の深刻な遺伝病のスイッチが押されてしまうことが判明した。

どのように操作しても、私たちを繋げている螺旋の鎖は、死へと繋がってしまう。私が研究所に籠って治療法を探している間に、世界人口は急激に減っていった。

だれも来なくなった研究室で、尊敬する異国の研究者の訃報をラジオから聞いた時、私は研究を止めた。ラジオを掴んで、ふらふらと白衣のまま家に帰り、身支度を整えて。旅行鞄に服や研究資料などを雑に詰め込み、生存者が集まって暮らすコロニーに移動した。

「せんせぇ。どうしたの?お腹痛いの?」

隣にいた女の子が、私の顔を覗き込んできて、我に返った。

「ああ、大丈夫。少し、眠くて。ぼうっとしてた」

笑った女の子は、立ち上がってテントの奥へと駆けて行った。スープを口に運ぶ。リラックスした様子で、スープとパンを食べる人々。食卓はいつも和やかだ。

コロニーでも、多くの人を看取った。もう、大きなコロニーが必要なくなるほど少なくなった私たちは、旅に出た。皆が恐怖に押しつぶされず、穏やかに暮らせる場所を求めて。

ほぼ同じDNAを、約700世代が受け継いできた。お互いが同じであることに、時々、猛烈な違和感が湧く私のような人間は極少数。私の研究成果が詰まったファイルは、もう随分、ボストンバッグの底にしまわれたままだ。

スープを食べ切って、パンを隣の男の子に渡した。ふぅと一息ついた頃、あの女の子が、また戻ってきた。イスの上に立って、赤色の毛糸のショールを、私の肩と背中にかけてくれる。

「あったかい?せんせぇ。ねんねできる?大丈夫?」

女の子が、小さい手で私の背中をさすり始めた。涙腺が緩みそうになって、慌てて両手で顔を乱暴にさする。

「うん。あったかい。ありがとうね。ありがとう……」

女の子の顔を見たら情けないことになる気がして、目を強く閉じたまま、お礼を言う。

生き残った私たちは今日も、無意味な命の意味を作り続けている。命の幕が完全に閉じてしまう最後の一瞬まで、作り続けるのだ。


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