はぐれ星、はぐれ鳥の夕暮れ
分厚いガラス越しに、紺色の空と、ぼうっと光る白い平原を見渡す。ちらちらと舞い続ける窒素の雪。夜のスキー場のような光景。自分は本当に冥王星にいるのか、疑わしくなってくる。
「よ、キタクラ。また見てるのか。飽きないか?」
後ろから、私と同じ作業服を着たアシュラフが近づいてきた。同じアジア圏出身の、気のいい青年。私とほぼ同じ時期に、冥王星の氷河掘削プラントに派遣されてきた。同じ作業班になることが多く、この作業員用の寮でも部屋が近いので、自然に仲良くなった。
「飽きないね。作業する前になんとなく、眺めたくなるんだよ。青い夕闇の空にさ、雪みたいな窒素がずっと漂ってるのを見てると、気分が落ち着くんだ」
「わお、ロマンチックだ。確かに、神秘的で心が静まる景色だな。でも、俺は2年目くらいで飽きちゃったよ。ずっと薄暗いままで、少しも景色が変わらないから」
「まぁ、普通は飽きる」
笑いながら、アシュラフから渡されたヘルメットを受け取る。
大きなドリルが窒素の分厚い氷河を掘り進んでいく様子を、遠くから注視する。今日もいつも通りの作業だ。冥王星の窒素の氷は、冥王星のコロニーで暮らす人々に必要不可欠な燃料になる。
ヘルメットが外の音も遮断するので、無音で作業は進む。ドリルの爆音が聞こえていたら、ここでも耳が耐えられないだろう。ヘルメット無しでは、きっとすぐに耳は凍ってしまうから、何も聞こえないかもしれないが。
飛び散る無数の氷の破片。ゆっくり太陽から離れている冥王星には、夕暮れほどの、わずかな太陽光しか届かない。孤独と極寒の星だ。
冬越えのために南に向かう渡り鳥には、群れからはぐれてしまう「はぐれ鳥」がいると聞いたことがある。
はぐれ鳥は、たった1羽で寒さに耐えながら彷徨うのだ。冥王星も同じ運命を辿るのだろうか。太陽系のはぐれ星として。
ドリルの回転速度が落ち始めた。まだ、予定ポイントには到達していないはず。
「KJチーム第二班、聞こえるか?」
ドリルを遠隔操作しているモニター班の1人の焦った声が、イヤフォン越しに聞こえた。
「どうした?」
「穴から、何か、出てきた。一瞬だったが、確かに、小さい物体が飛んでいった。一時、ドリルを停止する。確認してくれ」
「了解。確認します」
通信を聞いていたアシュラフとアイコンタクトを取り、穴に急ぐ。ぽーん、ぽーんと大きく弧を描くように跳び、前進する。
「わお。すごい」
先に現場に着いたアシュラフが、小さい感嘆の声を漏らした。少し遅れて、私も氷河の穴を見た。
巨大なドリルと氷の隙間から、クリスタルの塊のような小さい何かが、大量に湧き出ていた。透明な鳥のような姿形をした謎の物体は、羽根をしっかりと広げて、紺色の夕闇に飛び立っていく。
高く高く飛んでいくクリスタルの鳥は、上空に留まり、大きな群れを成していた。
言葉を忘れて、2人であり得ない光景に目を奪われていると、肩に軽い衝撃を受けた。
「うわ!」
驚いてよろけるが、私の肩に留まったクリスタルの鳥はそのまま、不思議そうに私の顔を見ている。
「キタクラ!ストップ!」
アシュラフがそろり、そろりと近づいてきて、全身が透き通っている鳥の前に手を差し出す。鳥は素直にアシュラフの手に飛び移った。尾羽を素早く動かしながら、首をかしげている。鳥そのもの、だった。
「キタクラ、アシュラフ、どうした?報告を」
「問題ありません。鳥、です。クリスタルガラスの鳥が、穴から大量に飛び立っています」
アシュラフの報告に困惑するモニター班の声を聞きながら、首をかしげる透明な鳥と目線を合わせる。
「ほら、もう行きな。置いていかれてしまうよ」
上空の鳥の群れを指差して言ってみるが、鳥は動かない。結局、クリスタルの鳥たちが放つ淡い光は、暗い青に飲み込まれていってしまった。鳥が、また私の肩に飛び移った。
「はは、こりゃ気に入られたな、キタクラ」
「ふふ、そうみたいだ。氷の、はぐれ鳥か。これから、どうする?一緒に来るかい?」
肩に乗った冷たいクリスタルのはぐれ鳥が、長い尾羽を震わせた。