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はじまりの時(2) 【連載小説・キッスで解けない呪いもあって!〜ボッチ王子の建国譚〜】



 南極の三月は秋。
 時生達はまだ明るい時間に、イギリス国の南極クルーズ船からヘリで、このオーロラ公国の南極地下研究所の地上広場に降り立ったが、あっという間に日は沈み、夜空の星とオーロラの天体ショーが始まった今や、広場はお祭り騒ぎとなっていた。
 研究所の真上にあたる広場中央の雪の上には、オーロラ公国の紋章『ペンギン達のインペリアルエッグ』が薄い緑の光で浮かび上がっていて、その上では少年達が、テントから流れてくるケルトバンドの演奏に合わせて、踊り回っていた。ウソかホントか『これは女神アウロラが張った結界でね、色んな災害から研究所を守っているんだ。クレバスとかね。だからこの光の外にはでちゃいけないよ』とは、悪戯な笑みを浮かべたスミス所長の談だ。
 ――目指すはこの光の一番端。卵の王冠の上。
 しかし歩き出そうとするものの、広場のあちこちに建てられたカラフルなティピーテントからは温かい光と美味しそうな湯気がもれ、時生を誘惑しにかかる。ホットココアやエッグノック、ソーセージ……
 ――メープルワッフルもある!
 大好物のメープルワッフルをパクつく少年達を横目で恨めしそうに見つめてから、時生がようやく下を向いて一歩踏み出した途端、すぐ後ろで「本番五秒前、四……」と微かに聞こえ
「皆さんこんばんは! 何世紀も存在が明らかにされていなかったオーロラ公国ですが、ついにその秘密のベールを脱ぐ時がきました!」
 フードの中でも響くほどの興奮した女性リポーターの声に、時生の心臓は跳ね上がった。


「今年、突如『オーロラ公国王子募集ツアー』を開催するとした公国の発表に世界中の注目が集まりましたが、現在ここオーロラ公国南極地下研究所の、地上広場では、各国から応募した十八歳の王子候補四十名が、ツアーの目玉であるオーロラ鑑賞を楽しんでいるところです」
 どうやら時生の周りにはツアーメンバーの他に、各国のメディアで溢れているらしく、スミス所長の「ロープの外には出ない様に。クレバスがあるかもしれないからね!」という声や、「すごいや、オーロラ最高!」「ファンタスティック!」などと口々に感嘆する少年達の声に混じって、様々な言語の中継が聞こえる。とにかく先を急いだ方が良さそうだ。
 
「現在、国土も国民も持たないこの特殊公国は、古くから伝わる『眠りの呪い』という秘密保持技術で大国をも凌ぐ程の莫大な富を築いたと言われていますが、それがどんな技術でどう使われるのかは明かされていません。え、後ろ? ペンギン……が行進してますね! うわ、かわいいな」
 ――これはフランス語? マンショ? て何?
 
「公国の資産は後ろ盾であるイギリス国が凍結管理していますが、もし、公国の悲願である女神アウロラの生まれ変わりであるオーロラ姫を見つけた場合、公国はその国に従属するとしていますので、当国は莫大な富を手に入れることとなり、各国は今回の王子募集イベントに多大なる関心を寄せています。え、後ろ? ペンギン……が行進してます! 可愛い!」
 ――イギリス国のアンだ。毎朝観てるよ! どこでペンギンが行進してるんだろ?
 
「公国によりますと、オーロラ公国の王子は預言者の役割を果たす者で、日本人とケルト人の血を引き、十八になる年にオーロラを見る事でオーロラ姫の存在を予見すると言われている為、それがそのままツアーの参加条件になった模様です。果たしてこの中から王子は見つかるのか? そしてオーロラ姫は存在するのか? 存在するならどこにいるのか? 今夜その結果がわかります! え、後ろって、……ペンギンが行進してるぅ! キミ! 下向いて歩いてるキミ!! キミ、ペンギン王子?」
 ――日本国の女子アナ? は元気だなー。て、ん?僕の事?
 この場を離れる為に、時生は下を向いて、再び一歩一歩雪の中を進んでいたが、振り向くと、後ろをペンギン達がポテポテとついて来ていた。「何だよアイツばっかり目立って」と言う声が聞こえ、時生は内心、自分の事を「お前ペンギンと身長変わんないな」などと馬鹿にした男子達に舌を出し、ガッツポーズした。ペンギン王子、最高!

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