小説新人賞と三つの壁

小説新人賞。
それは小説家になるためには必ず通らなければならない道――
なんてことはもうなくて。
今では投稿サイトで人気が出たら出版社から連絡が来るし、ネットで自費出版すればタダで売れるし、ツイッターの呟きが書籍化しちゃう時代。
大事なのはなんらかの形で発表することであって、べつに小説の新人賞に投稿しなくても小説家になれるステキなご時世。

なのに今でも小説の新人賞は人気で応募する人はいっぱいいる。
電撃大賞に至ってはピークで六千超え。
最近は少なくなったと言っても四千は超えてる。
多すぎて下読みさんが過労死しちゃう……。
少なくとも下読みさんに払うお金だけでも数千万円はかかってる事実。
角川の純利益が百二十億円なので二、三百万作くらい小説を書いて送ればその利益を吹き飛ばすことができる。
AIが小説を書けるみたいなのでスパコン使って量産すれば株価を操作できちゃう。
そんな可能性を秘めているのが小説新人賞。

人はなぜ小説の新人賞に応募するのか……。
それは誰にも分からない。
今世紀最大の謎。
人はどうやって小説の新人賞を取るのか……。
それも誰にも分からない。
人類史上最大の謎。
不思議。

でも新人賞に送るのは楽しい。
宝くじを買うみたいな感じ。
当たったらどうしようって考えてる時が最高潮。
落ちたら悲しいし、取ったら取ったで色々大変だけど。

さて。
新人賞に送るなら新人賞を知る必要がある。
そんなことに気付いたのが投稿五年目のある日だった。
つまり先月。
遅い。
あまりにも遅すぎる。
十年前に気付いておきたかった。
これも全て義務教育が悪い。
国語の授業で小説を書いて賞に送らせておけばこんなことにはならなかった。

そもそも投稿している人は新人賞の構造をよく分かってない。
少なくとも自分は分かってなかった。
ノリで書いてノリで出してた。
ノリノリだった。
なんでもそうだけど構造は知っておくとやりやすい。
どの調味料を使えばおいしくなるか分かっていると作った料理で悲惨な事故が減るように。

小説賞の構造は至ってシンプル。
下読み。編集。選考委員。
この三つが壁となり、あなたの小説が賞を取ることを阻んでいる。
敵。
紛う事なき敵。
それがこいつら。
この三つを街で見かけたら石を投げていい。
キリストもそう言っているほどの巨悪。
全員悪人。

一枚目の壁は下読み。
下っ端。
しかし最も多くの小説家希望を跳ね返してきた罪人達。
小説家になるとこれをさせられる。
元は投稿する側だったのに、カネで雇われた挙げ句、罪を重ね、裏切ることができなくなった哀れな者達。
出版社の放った刺客。
彼らが裏切るとその先の選考が大変になりすぎてしまう。

下読みの仕事は足切り。
あなたの小説が賞に出す小説として最低ラインに達しているかどうかを彼らは見ている。
家でせんべいを食べながら見ている。
大事なのは小説として成立しているかじゃない。
そんな基準じゃもっと通ってる。
小説賞に出す上で規格に合っているかを見ている。
ラノベならラノベの、文芸なら文芸の規格。
一言で言えばそのレーベルの読者が楽しめるものかどうかを見ている。
あと暴力とかえっちいのとかコアすぎるのとかをはじく。
ちゃんとページ数に合った作品を書けるかどうかも見ている。
狭いようで広い規格。
その中に入っていればOK

嘘。
OKじゃない。
悪はそんなに甘くない。
奴らは競わせる。
枠に入っている作品の中で競わせる。
その中の上位が編集者に渡される。
これを上納と言う。
嘘。
言わない。

じゃあどんな小説が上納されるのか。
それは選評を見れば大体分かる。
特にライトノベルの選評は項目にわけられてるので分かりやすい。
アイデアは目新しいか。
世界観が作品と合っているか。
ストーリーは破綻してないか。
キャラクターは活き活きとしているか。
文章力はきちんとあるか。
全ての項目で平均点以上は必要になってくる。

けど正直ちゃんと面白いかどうかだと思う。
面白いと欠点を吹き飛ばせる。
面白いは正義。
下読みは渡された作品の中で順位を付けて、その上位が編集者に渡される。
渡される作品数は限られているので、まずはその中に入らないといけない。
厳しい。
面白いのがいっぱいあったらいっぱい上げる。
豊作。

さあ。
あなたの作品は一枚目の壁を越しました。
おめでとうございます。
これで少しは精神が楽になるはずです。
よかったですね。
しかしまだ壁は二枚残っています。
残念でしたね。

二枚目の壁は編集者達。
編集者がなにを考えているかは編集者にしか分からない。
もしかしたら彼らはなにも考えてないのかもしれない。
日々の業務だけでも大変なのに、仕事が増えて大変だと思っているかもしれない。
またこの季節が来たかと思いながらせんべいを食べつつ上納された品を眺めているのかもしれない。
どうせ最後は選考委員が決めるんだからとノリで決めているのかもしれない。
なにも分からない。

ただ分かることもある。
それは編集者はサラリーマンだということ。
そして普通のサラリーマンに書く側の創作論なんて分からないということ。
分かっているとしてもそれはなんとなくで、小説も漫画も書いた経験なんてない人達。
漫画や小説が好きなサラリーマン。
それが編集者。

そんな編集の仕事は本を作って売ること。
だから創作論なんて知らなくていいし、そんなことを知る時間があればマーケティングについて学べばいい。
創作するのは作家の仕事だから。

そう。
編集者は売りたい。
売れる本が欲しい。
でもどれが売れるかどうかなんて分からない。
分かってたら世に出ている本は全部重版してる。
して。
だから売れそうな作品を選ぶ。
あ、なんかこれ売れそう。
こっちとあっちを比べたらこっちの方が売れそう。
売れるかどうかは知らんけど、こっちの方が売れそうポイントは高いな。
よく分からないけどこっちが好きだな。
よく分からないけど。
そうして選ばれた作品が選考委員に渡される。
これを上納と呼ぶ。
まあ、想像の域は出ないけど、多分合ってるはず。

さあ。
あなたの作品は敵の第二防衛ラインを突破しました。
つまり小説としての完成度があり、なんか売れそうです。
よかったですね。
売れそうですって。
でもまだ最後の敵が残っています。
残念でしたね。

三枚目の壁が選考委員。
最後にして最大の敵。
ラスボス。
悪の権化。
売れっ子の小説家だったり、実績を積み重ねた苦労人であったり、編集長であったり、はたまた全く畑違いのよく分からない人だったりと様々。
何百何千という作品の上に立ち、ようやくリングに立った秀作を更に競わせ、場合によっては受賞作なしという血も涙もない所行を平然と成す魑魅魍魎。
実績十分の猛者達。
実績がありすぎて誰も文句が言えない権力者。
勇者が旅に出るのは魔王を倒すため。
彼らを倒さない限りあなたに平穏は訪れない。
そんなすごい人達。

選考委員がなにを考えているのか。
それは編集者以上に分からない。
彼らは編集者と違い創作論に詳しく、その上に売れるためのノウハウまで持っている。
面白い小説を書くだけじゃ飽き足らず、それを量産し、本屋にコーナーを持つような人達。
豊富な知識と人生経験を持つ豪傑。
そんな選考委員が投票して受賞作を決める。
彼らに死角はないのか?

ある。
選考委員は作家がほとんど。
作家には明確な弱点がある。
それは自分が書けない面白い話に弱いこと。
これだったら自分の方が上手く書けるな。
作家という人種はそう思った瞬間その作品を評価しない。
あとすごく面白い話にも弱い。
面白かったら全部許しちゃう。
つまり自分が普段投げない変化球かすさまじい威力の剛速球に弱い。
空振り三振。
ゲームセット。

ただこれは少し困った一面もある。
選考委員はそこまで編集者目線で見ない。
つまり売れるかどうかで見ない。
そういう視点を持っている人もいるけど、ほとんどはもっとべつの要素を求めてくる。
新しい可能性だとか、圧倒的な筆力だとか、時代に合ってる感とか、常識外れの怪作だとか。
そういうのが好物。
でも読者はどうかと言うとそういう珍味より分かりやすくおいしいものが食べたい。
なので賞を取っても売れないことがほとんど。
人材発掘という点ではすばらしいしありがたい。
だけど出版社からすれば下読みにお金を払い、編集者に残業代を払い、選考委員にお金を払い、受賞者に賞金を出した挙げ句に回収できないんだから迷惑なのかもしれない。
そんな背景もあるので新人賞が突然終わるのも無理はないけど、終わると悲しい。
だから賞を取った人はちゃんと売れないといけない。
はい……。

さあ。
あなたは賞のカテゴリーに合った良作で下読みを突破し、なんか売れそうな感じを醸し出して編集者の目をかいくぐり、面白い王道か想像もしないような奇妙な作品を持って選考委員の心臓に自信作という名の聖剣を突き立てました。
おめでとうございます。
これであなたは小説家です。
賞金も獲得したし、本も出ます。
よかったですね。
がんばりましたね。
でもこれからはそんなあなたのように新人賞を取った作家達と選考委員になるような魔王達と競わなければなりません。
戦いはまだ始まったばかりなのです。
残念でしたね。

以上が越えなければならない三つの壁。
越えたら越えたで大変だけど、それはまたべつのお話。

じゃあ一体全体なにを書けばいいの?
まあ、自分が面白いと思った小説を全力で書けばいいんじゃないの。
知らんけど。
でも結局それ以外ない気がする。
計算だけで書ける人もいるけど、それだといつか息切れすると思う。
好きな作品を楽しく書けば受かっても落ちてもハッピーエンド。
一次や二次で落ちたら所詮は下読み。
奴は三枚の壁でも最弱と思えば良い。
三次四次で落ちたら所詮は編集。
奴らに小説のことなんて分からないと思えば良い。
最終選考で落ちたら結局はお前らの好き嫌いじゃねえかと思えば良い。

新人賞は時の運。
落ちても投稿サイトに上げれば人気が出て本になるかもしれない。
一次や二次で落ちても別の賞に送れば大賞が取れるかもしれない。
世の中そんなもの。
めでたしめでたし。


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