牛鬼(ボスドラマ脚本)
ヘッダー画像デザイン
JiR様
この作品はHEARシナリオ部という私が所属しているシナリオサークルで書かせていただいた「牛鬼」という作品をボイスドラマ用に書きなおした作品です。
私が監督をし、この脚本をもとにボイスドラマを製作いたしました。
侍や村人・海の男たちが海の怪物と戦う壮絶な物語となっています。
妖怪というより「未知の習性を持ち人間を巧妙に捕食する生物」という観点でリアリティ重視で作ったため、ちょっと、残虐なシーンもありますが、
お陰様でいろいろな反響をいただいております。
この作品は、スタンドFMでSTFドラマ祭というボイスドラマのフェスティバルに出展した作品です。その脚本になります。
(29人の監督がそれぞれ一つづつ作品を製作して参加詳しくは下記。
下記のページから監督やストーリーの概要を見る事ができます。
数々素晴らしい作品がありますので、ぜひ、どんな作品があるか、チェックしていただけたら幸いです)
様々な演者さんと、演出・音響・音楽製作でご協力いただき感謝。
登場人物
■旅の侍
鳥居左門(とりいさもん)
■村人たち
◆お陽
◆お菜(さい)
◆お計(けい)
◆お菊
◆吾平
◆加助
◆藤吉(とうきち)
◆村長(むらおさ)
◆伊助(いすけ)
◆常次(つねじ)
◆与太(よた)
◆友蔵(ともぞう)
◆辰三(たつぞう)
◆正太(しょうた)
◆新吉(しんきち)
◆虎次(とらじ)
◆幸吉(こうきち)
■船乗りと護衛の侍たち
船乗り
◆新八
◆吉蔵(きちぞう)
◆伝助(でんすけ)
◆康太(こうた)
◆徳(とく)
◆次郎
侍
◆七兵衛(しちべえ)
◆弥兵衛(やへえ)
◆重郎(じゅうろう)
◆藤五郎(とうごろう 弓使い)
(28人)
台詞番号 キャラ
台詞
◆1.霧浜
(SE) 水中の音
【1】 語り :
その通り。
確かに弓矢など、海辺の漁師に必要ありませぬ。
…あの祭りは
とある恐ろしい出来事をきっかけに
行われるようになったのでございます。
当時の生き残りは
私(わたくし)めくらいしかおりませぬ。
ご要望とあれば、お話し申し上げましょう。
【2】 語り :
あれは数十年前……
鳥居左門(とりいさもん)という浪人者が、
旅をしていた時のこと。
この村のそばにある
≪霧浜≫という場所を通るあたりではもう夕暮れ時というのに、
宿が見つからず難義しておりました。
(SE) 左門の足音、ウミネコの鳴く声。波の音。
【3】 左門 :
(空を見上げて)
……野宿はしたくないものだが……
(SE) 赤ん坊の泣き声
【4】 左門 :
赤ん坊のこえ……?
【5】 語り :
太陽が、遠くで海に沈もうとしている中
その砂浜には一人の女が
海の方へ向かって立っており、後ろ姿が見えておりました。
女は子どもを抱いている様子。
時刻も時刻。
左門はそのふたりがとても気になったのでございます。
【6】 お菜 :
(子守り歌)
夫(つま)は どこかへ行ったのか
魚(とと)を食う子は 大きくなりて
人(ひと)を食う子は、歩いて泳ぎ……
【7】 語り : 奇妙な子守歌を歌いながら
女は歩いていくのでございます。
【8】 左門 :
もし? そこのお方……
【9】 お菜 :
牛に乗る子は 永遠(とわ)につぅ……くぅぅ!
(つぅ……く、は狂気笑顔で攻撃性を込めた感じで)
(SE) 牛鬼の子どもの不気味な声
【10】 語り :
こちらを向いた女が、抱いていたものを見て、
左門はぎょっといたしました。
それは、あきらかに異形(いぎょう)のもので、
体は黒く蟹のような足が、たくさん生えております。
異形は、一声叫ぶと左門に飛びつこうとしました。
(SE) 怪物の鳴き声と飛びついてくる音。
(SE) 脇差を抜く音
【11】 左門 :
っんん、ふぅん!
(SE) 怪物が刺され悲鳴を上げる音。砂に落ちる音
【12】 語り :
左門はとっさに脇差を抜いて、異形のものを刺し貫いたのですが……
【13】 お菜 :
はっ、はっ……ごぼ(吐血する音)
(SE) 女が砂地に倒れる音
【14】 語り :
それが奇妙なことに、
異形のものを抱いていた女も、口から血を吐いて死んでしまったのでございます。
左門が戸惑っていますと……
(SE) ざばあという水の音
【15】 牛鬼 :(威嚇)
【16】 左門 :
っなんだ?!
【17】 語り :
海面が盛り上がり、
海から、さきほど仕留めた異形を何十倍もの大きさにしたような化け物が現れました。
それは
さきほどの異形と同じ黒さではあるものの
頑丈に整い
蟹のような四対の足に加え、光る両目と大きな口と牙。
左門に、その異形の怪物が襲い掛かりました。
【18】 牛鬼 :(威嚇)
【19】 牛鬼 : (執着)
【20】 左門 :
くそっ
(SE) (左門の走る音)
【21】 牛鬼 : (獲物への執念)
【22】 語り :
これは敵わぬと、脇差を捨て逃走しますが
怪物の足は、さほど速くないのにもかかわらず
左門に追いすがる。速駆けには自信があった左門は不思議に思いました。そこでふと気づきました。
化け物の足が速いのではなく、
自分の足がもつれて速く走れていないのだと。
左門は腰の大刀(だいとう)も捨て
必死に逃げ、霧浜から離れた岡に辿り着くと、もう追っては来ていませんでした。
【23】 左門 :
はあ、はあ……(座り込む音)
【24】 語り :
左門は岡に座り込みましたが、泥のように体が重くて動けません。
ふとみると、飛びついてきた小さな化け物に引っかかれた爪痕が、左腕にあり、腫れております。
さては、毒爪(どくづめ)かと考えたが最後、左門は気を失ってしまいました。
◆2.牛鬼
【25】 語り :
目を覚ますと、
彼は、自分が1軒の粗末な家に寝かされていることに気付きました。
【26】 お陽 :
お侍さんが、目を覚ましなさった!
【27】 語り :
若い女が自分を覗き込んでいて、突然、声を上げました。
気が付くと、初老の男も同じ部屋にいて、驚いている様子でした。
【28】 吾平 :
お侍さま……
【29】 左門 :
そなたらが助けてくれたのか?
いや、すまない。名はなんと申す?
【30】 吾平 :
はい。吾平と申します。
この村で漁師をしております。
倒れておられるのを、娘のお陽が見つけまして。
それでいきなりではございますが、いったい、どうなさったのでございますか?
【31】 左門 :
そうか。
わしは鳥居左門と申す。
砂浜で化け物に遭い、危ない所であった。
【32】 吾平 :
それは……
【33】 左門 :
助けてもらい、かたじけない。
夕暮れ時だというのに宿が見つからず、
浜辺で赤ん坊を抱いている女を見かけ、気になり声をかけたのだ。
そうしたら、女が抱いていたのは、
化け物だった。
その化け物はわしに飛びついてきて、仕留めたのだ。
だが今度は、それをバカのように大きくしたような化け物が海の中から現れた。
これは敵わぬと見て逃げたのだ。
【34】 吾平 :
あああ……
そいつらは、ここいらでは、
牛鬼(うしおに)と呼ばれているものです。
よくぞ生き延びられた……
牛鬼は暗くなった海辺によく現れます。この村の者もたくさん殺されました。
それと……
【35】 左門 :
それと?
【36】 吾平 :
牛鬼は、若い娘は生きたまま、さらうのです。
【37】 左門 :
さらう?
【38】 吾平 :
はい。そのあとは下僕(しもべ)にされ、牛鬼の子どもを生まされてしまうのです。
【39】 左門 :
……あの女は、化け物の下僕にされた娘であったか……
【40】 吾平 :
…そうされた女は『濡れ女』と言われ、牛鬼の子どもを抱いて海辺に現れます。
牛鬼の子どもは
人の赤子と似たような泣き声を上げます。
事情を知らない者は、近づいてしまい、牛鬼に……
【41】 左門 :
なんとおぞましいことだ!
【42】 吾平 :
この辺にいる者たちは、ほとんどが漁師です。
船が襲われ、
人が海中に引きずり込まれることもあります。
しかし、漁師をやめたら生きていけない……
どうしたらよいのか……
【43】 語り :
そこに隣家の者が訪ねてきて、
霧浜で一人の娘の死体が見つかったと告げました。
【44】 語り :
左門は娘の亡骸の顔を確認したいと言い、
確認したあとにため息をつきました。
【45】 左門 :
……わしが声をかけた娘だ。
【46】 語り :
娘は、数か月前に行方知れずになっていた、
お陽の幼馴染みだということでした。
【47】 吾平・お陽 :
(悔しそうに泣く)
【48】 左門 :
このような惨いことがあってよいものか!
……不意をつかれて不覚を取ったが、武芸には多少、覚えがある。
わしを助けてくれたお主らへの礼として
この化け物を討ち果たしてやる!
【49】 吾平 :
お侍さま、お気持ちは大変嬉しいのですが……
【50】 お陽 :
……おとう……
あたしは、お侍さまと一緒に、
お菜の仇(かたき)を討ちたい。
【51】 吾平 :
何を馬鹿なことを!
【52】 左門 :
吾平殿、村長(むらおさ)の所に案内してくれぬか。
できれば、ほかの者が手伝ってくれれば、ありがたい。
【53】 吾平 :
牛鬼はたいそう強く、
お侍さまでも、太刀打ちできるとは思えません。
村の若い衆があれを倒そうと、
銛(もり)を持って夜回りをしましたが、返り討ちにあいました。
牛鬼と戦いたい者など、一人もおりますまい。
【54】 語り :
左門は、吾平をなだめて、三人は、村長の所へ行きましたが、村長もまた、反対いたしました。
【55】 村長 :
(抑揚、老人、よれ、揺れ)
ありがたいお申し出ですが、
無理でございます。
あの化け物は人数と武器を揃えても、
手の付けようがありません……(息を抜く。諦めてる)
◆3.洞窟
【56】 左門 :
(ううむ、みたいな感じで)
…ん”ぅ
難しい相手だが、やはりさらわれた女たちが気にかかる。
早く助けてやりたい所だ。
で、この村でさらわれた娘は何人いる?
【57】 村長 :
(話聞いてるのか。無駄だろう。ため息、はい)三人でございます
【58】 左門 :
そのうちの一人は
昨日、死なせてしまったが、あと二人…
人の身であれば、海中では生きられまい
だが、どこかで怪物に囲われている…
となれば
海岸近くの洞窟にでも隠されているのではないか?
誰か思い当たらないか?案内を頼みたい。
【59】 与太 :
んな、おっかねぇこと… おらたちにはむりだ
(しょんぼり)ではなく(びっくり)
【60】 常次 :
おらはやだな……
【61】 正太 :
そうだ無理だ!
銛を持った若い衆が五人がかりでも
返り討ちに遭った!
【62】 藤吉 :
…………おらが行く!
【63】 村長 :
藤吉…お前!
【64】 藤吉 :
お侍さん! おらが案内する!
おらんとこの女房も、行方知らずなひとりだ……
【65】 加助 :
おらも行かせてくれ
幼馴染みが行方がわからねぇ!
助けてぇんだ!
【66】 村長 :
加助まで!
気持ちはわかるが、殺されに行くようなものだぞ!
【67】 語り :
左門は二人の漁師の案内で、いくつかの洞窟を見て回りました。
そしてついに、ある洞窟の近くまで来ると……
【68】 加助 :
う゛ぅ……このにおいは……
【69】 左門 :
……これは、居るぞ
みな、準備は良いか!
【70】 語り :
左門は刀を抜き、
銛(もり)を持ちなおした漁師ふたりも頷きました。
そして
三人は洞窟に入っていきました。
【71】 お計:
(子守歌を歌う)
夫(つま)は どこかへ行ったのか
魚(とと)を食う子は 大きくなりて
人(ひと)を食う子は、歩いて泳ぎ
牛に乗る子は 永遠(とわ)につく
【72】 語り :
洞窟の中では、ぼろぼろの服の女がひとり、
子どもをあやしているのを見つけたのでございます。
やはりそれも異形のもの。
そばには
犠牲者の肉片や骨と思われるものも
無情にも転がっております。
【73】 加助 :
お計…(おけい) お計!
俺がわからぬか…?
おけぇいぃっっ!!
【74】 お計 :
(正気を失っている様子で)
お前はいい子だねえ。うふふふ。
【75】 加助 :
お計っ!
【76】 左門 :
っは、
加助 近づくな!
(SE) 牛鬼の子どもが飛び掛かって来る音と声
【77】 加助:
…ぁ゛
(SE) 左門が加助を突き飛ばす音
【78】 左門 :
んん、ふぅんっ!
(SE) 飛び掛かってきた怪物を刀で斬る音
(SE) 牛鬼の子どもの悲鳴
【79】 お計 :
はっ……はっ……はっ……ごほっ、ごぼっつ(吐血の音と倒れる音)
【80】 左門 :
……あの時と同じ。
異形の子どもを殺すと、
母親にされた女も死んでしまう
なんと、惨い…
(嘆息)
加助…すまぬ
【81】 加助 :
(泣きながら)畜生っ!
お計っ! ちく…しょ…ぅ
【82】 藤吉 :
加助ぇ……
【83】 語り :
それでも三人は、再びほかの洞窟を調べましたが、
(SE) (牛鬼の唸り声)
【84】 語り :
今度は、女子供だけではなく、あの巨大な怪物もいたのでございます。
【85】 加助 :
うおぉぉぉぉお!
【86】 左門 :
待てっ、加助……!
【87】 語り :
加助は、左門が止めるのも間に合わず、
大声で叫びながら、牛鬼に飛びかかっていきました。
(SE) がちん!
銛が牛鬼の皮膚で跳ね返される音
【88】 加助 :
くそっ!
【89】 牛鬼 :(怒り)
(SE) 牛鬼の足が加助の胸を蹴り飛ばす音
【90】 加助 :
ぐ……ぁ゛! ぐぶっ
(唇はしっかり閉じないで歯だけしっかり噛み合わせ、
鼻と歯の隙間からぐぶっと声を漏らしてみて下さい。または血を吐く音)
【91】 藤吉 :
ぁあっ、加助っ!
【92】 加助 :
(浅く荒い息をしながら)
…ん゛ぅ゛
…ぉ゛げぃ(おけい)…
【93】 語り :
幼なじみを想う気持ちというのは凄いもので
息絶える寸前の男は、握る力などないはずの腕で銛をなんとか握り直し、
力の限り投げました。
それはちょうどよく怪物の目に食い込みました。
【94】 牛鬼 : (激痛)
(SE) (一矢報いた者に対する激怒で加助の体を捕まえて咆哮)
(SE) ガサガサという足音(遠ざかる)
(SE) 牛鬼が海に飛び込む音
【95】 語り :
怪物は何を思ったか反撃を食らわせてきた加助を抱え、海の中に消えていきました。
残された女は、
化け物の子どもを、あの子守歌であやし続けておりました。
【96】 お菊 :
(子守歌)(かぶせるエコー)
夫(つま)は どこかへ行ったのか
魚(とと)を食う子は 大きくなりて
人(ひと)を食う子は、歩いて泳ぎ
牛に乗る子は 永遠(とわ)につく……(刺し貫くタイミング)
【97】 左門 :
…藤吉
【98】 藤吉 :
……お、おらにはできねえ!
【99】 左門 :
……藤吉……許せよ
(SE) 左門が牛鬼の子どもと藤吉の妻を刺し貫く音。
【100】 お菊 :
うっ!
(SE) 牛鬼の子どもの悲鳴と倒れる音。
【101】 藤吉 :
(泣きながら抱き上げる感じで)お菊ぅ!
【102】 お菊 :
(虫の息で)…ぁ……おまえさま?
(ゆっくり息を吐く感じの )ぁあ…遅うございましたね。
おかえり…なさぃ(絶命)
【103】 藤吉 :
お菊ぅ(泣き声で)うおおおおおっ!
(場面転換)
村長の家、集まった人々がざわめいている。
【104】 左門 :
まさか親玉は刃物の攻撃が通らぬとは……
【105】 村長 :
(ため息)
そうか……お計も、お菊も……加助まで……
【106】 左門 :
……あのやっかいさは狼や熊、虎の比ではない。
領主はなぜ、あれを放置している?
【107】 村長 :
ぃや……それは……
【108】 左門 :
わしは諸国を旅したが、
あんな怪物のことは聞いたこともなかった。
昔から、この地におったのか?
牛鬼とは、いったいどこから来たのだ。
◆
【109】 伊助 :
おぃ……
【110】 常次 :
ぁあ、まずいな……
【111】 与太 :
んだなぁ…
【112】 友蔵 :
(困ったなという感じの、うめき声)ん゛んぅ
◆
【113】 辰三 :
なにを言いだしやがんだ……
【114】 正太 :
やべぇな
【115】 新吉 :
ばれちまう……
◆
【116】 虎次 :
あの侍……
【117】 幸吉 :
どぉすんだぁ?
【118】 虎次 :
(ため息と唸りの間くらい)
【119】 左門 :
あれは、この村だけの問題ではおさまらぬ。
今のうちに退治しておかねば、犠牲は増えるばかり。
あれが子をつくり、それが育ち、
あちこちにはびこれば、この上ない災いをもたらす。
領主は理解しておるのか?
こんな状況をなぜ村人だけに任せておる。
領主はなぜ兵を出さぬのだ。
これを放置するなど大馬鹿者だ。
【121】 辰三 :
お上に…?
【122】 正太 :
言えるわけねぇべー…
【123】 新吉 :
(眉間にまゆを寄せる感じ)『んなことして大丈夫か?』っておらぁ言ったぞ?
【124】 正太 :
おめぇも分け前もろうといて、なぁに言ってんだ
◆
【125】 常次 :
おぃ…正気かぁ?
【126】 友蔵 :
(ため息)
【127】 伊助 :
どぅするよ?
【128】 与太 :
どうするったって…おめぇ……
◆
【129】 虎次 :
(ちょっと怖気付くみたいな)おいぃ…
【130】 幸吉 :
外の人間に漏れたら……
【131】 虎次 :
んだ、ばれたら
(首に手を当てて、処刑されるという意味で)
おらたち……これもんだぞッ!
【132】 左門 :
お前ら、なぜ答えぬ!
……
さては、領主に報告もしておらぬのか。
お前らは何を隠しておる。
これだけ犠牲者が出ているのだ。
言えない理由があるのだろう?
【133】 村長 :
お恥ずかしい話をしなければなりませぬ……
◆4.漂着船
【134】 語り :
そう言って村長が話したのは、次のようなことでした。
数か月前のこと
大きな船が、霧浜に流れついているのが発見され
調べてみたが、人は誰も乗っておらず
船には、銛や刀、弓などが転がっていて、血の跡があった。
どういうわけか、帆布(ほぬの)も無事で
船が損傷した形跡が無く、難破したにしては不自然な様子だったと。
海賊にでも襲われたのかと思ったが、たくさんの積み荷が残っており、それは大量の米俵。
どこかへ送られる兵糧(ひょうろう)のようでした。
…村人たちはよくないと思いつつも悪い心を起こしてしまったのです。
流れ着いた船のことを、領主に届け出ることもせず、
積み荷を、皆で山分けし、
流れ着いた船は壊して沈めてしまいました。
そして
そのあとから、牛鬼は海辺に出るようになったと。
【135】 左門 :
なんという話だ。
そんなことが領主に露見すれば、
村人は全員、死罪ではないか!
【136】 村人達 :
ざわざわ
【137】 伊助 :
じ、実は……
【138】 語り :
今度は、別の村人が、次のような告白をしはじめました。
船が漂着する数日前の早朝、
浜に流れ着いていた人を助けたのだそうでございます。
その男を家に運んで介抱しましたが、時が経つにつれて弱っていくばかりでもう長くない様子でした。
男は
「死ぬ前に伝えなくてはならないことがある」
と、言ったそうです。
乗っていた船は、季節外れの霧に見舞われ、ボロボロな異国の漂流船に出会い……
(場面転換)
【139】 新八 :
……ったく、この時期にしては珍しいなぁ
【140】 吉蔵 :
んだな
この霧じゃあ、見通しが利かなくてかなわん
……ん?
なんか見えねえか?
【141】 新八 :
船じゃねえか?
気をつけろ。
ぶつかったら洒落にもならねぇ。
【142】 吉蔵 :
船か?
…近寄ってくるぞ。
【143】 新八 :
やっぱり船だ。……見た事ねぇ形の船だな。
……異国の船か?
【144】 吉蔵 :
……にしても、ボロボロだ。幽霊船か?
(SE) 船を壊して牛鬼の現れる音。
【145】 牛鬼A・B : (威嚇の咆哮)
【146】 新八 :
あ、なんだ、ありゃ!
(SE) (怪物の鳴き声と水に何か落ちる音)
【147】 吉蔵 :
ば、化けもんだ!
あぁぁあ……二匹も……
泳いでくんぞ!!
【148】 新八 :
おい! 畜生!
誰でもいい! 来てくれ!
【149】 伝介 :
どうし…あ?
っうぉぉああ!
【150】 牛鬼A : (食欲・獲物への執念)
【151】 伝介 :
お、侍さんたちを!
【152】 康太 :
うぁぁあああ!
のぼってくる!
【153】 康太 :
お侍さん、こっちだ、こっちだ!
【155】 弥兵衛 :
……どうした?
ん、ぅう?
なんだ、こいつはっ
【156】 康太 :
うぁあ、もうそこまで!
【157】 七兵衛 :
ゃ、これは!(刀を抜く音)
敵だ!
銛でも鉈(なた)でもなんでもいい!
みんな武器を持って出てこいっ!!
【158】 牛鬼A : (食欲・獲物への執念)
【159】 七兵衛 :
ん゛ぐぁぁ!(跳ねのけられて帆柱に叩きつけられる)
【160】 重郎 :
なんだ、なんだ?
ん゛ぅ…化け物か!(刀を抜く、斬りつける)
【161】 重郎 :
刀がっ!
ぐぁおお(刀折れ、化け物の足に刺し貫かれる)
(SE) (刀が跳ね返される音)
【162】 伝介 :
う゛あぁあ!
【163】 藤五郎 : (弓を構えて)
みんな、どけ!
(後ろから聞こえる、艶ボイス。声、ドアップ)弓で狙う!
【164】 牛鬼A : (敵の様子が変わった事に対するわずかな困惑)
(SE) (弓の音と怪物の悲鳴。怪物、右目をやられる)
【165】 牛鬼A : (痛み)
【167】 藤五郎 :
目だ!! 目を狙え!(やったぞ)目が急所のようだ!
【168】 牛鬼A : (できれば。弓を避けるために、体を揺らしながらの敵意)
(SE) 弓と外れて跳ね返される音、何回も。
【169】 藤五郎 :
くそっ、動き回って狙いが……
【170】 徳 :
とにかく目だ! 目を突きまくれ!
【171】 牛鬼A : (両目をやられたダメージと激怒!)
【172】 康太 :
(牛鬼の爪にひっかけられる音)うぅ、こなくそがぁっ
(銛で化け物の左目を刺す)
ふぅ、はっ
これで、こいつは目が見えねえ!
【173】 伝介 :
あぁ、やった!
海に落とせ!
【174】 次郎 :
落とせ落とせ!
うおっしょ!
【175】 伝介 :
はあああ
(怪物の悲鳴と怪物が海に落ちる音)
【176】 康太 :
やった!
【177】 弥兵衛 :
くそ……化け物め。重郎も佐吉も……七兵衛まで
【178】 伝介 :
はあ…はぁ……やった……
【179】 吉蔵 :
なんだ? 体が……
【180】 徳 :
おい! どうした!
【181】 次郎 :
う゛……俺も……こ、これは、毒…か?
【182】 吉蔵 :
(毒で)うぁ゛あ…
【183】 牛鬼B : 唸り声。
【184】 伝介 :
うぁあ、うしろっ、うしろだ!
【185】 牛鬼B : (威嚇)
【186】 新八 :
ぁあ!
もう一匹がっ!
【187】 牛鬼B : (敵意)
【188】 伝介 :
うおっ!(刺される)
【189】 弥兵衛 :
(刺される)ぐぁ゛!
【190】 藤五郎 :
(弱っている)くそ!
(ん)うっ!(刺される)
【191】 新八 :
ひぃいい!(飛び込む音)
【192】 吉蔵 :
うあ、ぁあ、うああああああぁあああ!
(フェードアウト)
【193】 新八 :
…………化け物が乗った船が……流れ着くかもしれない。
くれぐれも……気をつけるよう付近の者たちに知らせてくれ……
(場面転換)
【194】 村長 :
なぜ、そのような大事(だいじ)を黙っていた!
【195】 伊助 :
……恐ろしかった!
とにかく恐ろしかった!
それに、こんな大事(おおごと)になるとは
思ってもみなかった!
【196】 村長 :
最初からなぜ知らせぬ!
あれが化け物の乗っていた船と知っていれば、
あんなことをせず
領主さまに、すぐに、お伝え申し上げたんに!
お前のせいだぞ!
◆
【197】 伊助 :
船のことはよぉ、村長が言い出したことだんぞ
【198】 常次 :
伊助、なんでもっと早く、いわねえんだ!
【199】 与太 :
おらも知らなかったぞ!
【200】 友蔵 :
(伊助に)おめえはぁ、いつもいつも…
◆
【201】 辰三 :
伊助、なんで黙ってたっ!
【202】 正太 :
(伊助を指さして)ふざけんな!
いったいどうすんだ!
【203】 新吉 :
(頭抱えてる感じ)そんなやべえ船だったのかよ……
◆
【204】 虎次 :
(村長を指さして)村長も村長だぁ!
【205】 幸吉 :
(虎次に)おめえも人の事言えねぇだろぅが…
【206】 左門 :
鎮まれ!
責任をなすりつけあっている場合ではないだろうが!
【207】 語り :
しばらく、口を利くものはいませんでしたが、
藤吉がぽつりとぽつりとまた話し始めました。
【208】 藤吉 :
……おら、左門さまについていった……
【209】 藤吉 :
……おらたちは、
今まで牛鬼の子ども一匹退治できずにいたのに
左門さまは、牛鬼の巣を残らず潰してくださった。
強くて賢い方だ……
今、やつに対抗できるのは、
左門さましかいねえ……
無茶で勝手なお願いなのは、重々わかっておりますが
どうか……馬鹿で愚かなおらたちを助けてください。
これこのとおり。お願いいたします……
【210】 語り :
藤吉が土下座して頭を床にこすりつけると、
そこにいる全員が同じように頭を下げ、床にこすりつけたのでございました。
◆5.天狗台
【211】 語り :
左門はしばらく怒気を発していましたが、気を鎮めて口を開きました。
【212】 左門 :
……怪物も不死身ではない。
それは、加助が命を賭けて教えてくれた。
加助は牛鬼に一矢報いて、片目を潰した。
さっきの話では両目を潰された怪物は海に沈んだという。
目だけが牛鬼の唯一の急所のようじゃ。
牛鬼は、あの怪力に硬い体。
そして毒爪まで持っている。
奴に近づかず急所を突く必要がある。
どうしたものか……
何かほかの武器……槍や弓矢などはないだろうか。
【213】 幸吉 :
そういえば、流れ着いた船に転がっていた武器が、
まだ残っていたと思います。
その中に弓矢があった……サビだらけだったから使えるかはわからないけども……
【214】 左門 :
サビは砥げばよい。
これで弓はあるな
ならば
海辺に狭まった急斜面の地形などは?
誰か知らぬか?
【215】 吾平 :
霧浜の端に、天狗台という切りたった大岩がありますが……
(場面転換)
【216】 語り :
左門は吾平に天狗台へと自分を案内させました。
そして、断崖のような大岩によじ登り、その上から周りを見てみました。
天狗台の上は、比較的 平らでしたが狭く、
四方は切り立っていました。
しかし見晴らしが良い場所でございました。
恐ろしい事が起きているとはいえ
そこからは美しい霧浜と海の景色が見えました。
天狗台の周りは、石畳みのような岩場になっております。
左門は、この地形を見て、まことに天の助けと思ったそうでございます。
(場面転換)
【217】 左門 :
まず、牛鬼を退治するまでは、全員、海に近づかぬように。
次に
できるだけたくさんの薪(たきぎ)と長い縄を用意して欲しい。
それから、篝火(かがりび)の道具も必要じゃ。
【218】 村長:
近隣の木こり衆、
そして
薪(たきぎ)を扱う商人(あきんど)の所在をここに書いておいた
辰三、新吉、正太
お前たちはできる限り
たくさんの薪を譲ってくれるように
彼らに交渉しに行ってくれ
話がついたら
薪を運ぶ
ほかのものはそれを手伝って欲しい
よいな!
【219】 村人たち :
へい!
【220】 伊助:
お侍様、矢じりのサビは落とし終わりました。
【221】 左門 :
おぉ、それはありがたい
わしはこの弓の癖をつかまねばならぬ。
【222】 語り :
左門は
流れ着いた船にあった弓矢を村人から譲り受け、
たくさんの薪と篝火の道具を持っていき、縄で結んで天狗台の上へ引き上げました。
薪を運ぶのを手伝っていた藤吉が次のように申したそうでございます。
【223】 藤吉 :
……こ、この逃げ場のない所で、
牛鬼を迎え討つのでございますか?
【224】 左門 :
天狗台は、小さくとも天然の城じゃ。
藤吉は わしの武運を祈ってくれてればよい。
【225】 語り :
左門は天狗台に登り、
篝火を焚いて(たいて)夜通し牛鬼を待ちましたが
三日経っても牛鬼はいっこうに現れません。
そこへ、あのお陽が口をはさんだのでございます。
【226】 お陽 :
左門さまだけでは、
牛鬼は怪しんで出て来ないのかもしれません。
あたしも左門さまと一緒に天狗台に登らせてください。
牛鬼は、囲った女と子どもたちを殺され、
また、子どもを産ませる女を捕まえたいはずですから、
私が行けば
おびき寄せることができるかもしれません。
【227】 左門 :
何を言う!
わしが、しくじれば、
そなたは、怪物の下僕にされ、
子どもを生まされるのだぞ!
自分の言っていることが、わかっておるのか?
【228】 お陽 :
あたしは、どうしても、お菜の仇を討ちたいんです!
左門さまがたとえしくじったとしても
恨みには思いませんから。
もし、牛鬼に捕まりそうになったら、自害もいたしますからお願いでございます。
【229】 語り :
左門は、口を酸っぱくして何度もよせと止めるのですが、お陽は、頑固で言うことを聞かず、
結局、左門は弓を持ち、
お陽と一緒に、天狗台で、牛鬼を待つことにしました。
しばらくは、お互いに意地を張って口を利かないでいましたが、
化け物が来ない間、ふたりは
天狗台の上で長い時間を過ごすことになり、
自然と気を許して話しあうことも多くなりました。
そんなある夜更けのことにございます。
【230】 お陽 :
左門さま。
あたしのおかあは、あたしを生んで早くに死にました。
お菜(おさい)も、おかあを早くに亡くしててね、
あたしたちは姉妹みたいにして助け合って育ちました。
だから、あの化け物を絶対に許せないのです……
……左門さま?
左門さまは、なぜ、旅をしているのです?
【231】 左門 :
……昔、友がおってな
【232】 お陽 :
左門さまのお友達……
【233】 左門 :
あぁ、
何度もいくさを一緒に乗り越えてきた親友だった。
その友が、ある戦場で敵と組み合って苦戦しているのが見えた。
そこは乱戦が起こっていてな、
わしがいた場所から、少し離れていた。
弓矢の腕に自信があったわしは
弓を取り、敵を狙ったつもりだったんだが
矢は敵ではなく、友に当たり、わしは親友を殺してしまった。
【234】 お陽 :
………
【235】 左門 :
(ため息)今のお主のように言葉が出てこなんだ
【236】 お陽 :
…ぁ、すみません。
【237】 左門 :
いゃ、よいのだ。
そのまま聞いてくれ。
わしには
涙とやり場のない悔しさが溢れ
弓をつがえて矢を撃ち続けた。
敵を何人も射殺した(いころした)。
そうしてたくさんの敵を討ち取ったわしには
ご主君が、褒美を与えようとしたのだが…
………わしは、褒美を辞退して旅に出た……
【238】 お陽 :
…………
【239】 左門 :
そして、ここに……ぬっ!
【240】 お陽 :
……? 左門さま?
【241】 左門 :
……気配を感じる!
来たようだ!
(SE) かすかな音
【242】 お陽 :
……!
◆6.祭り
【243】 語り :
左門が指さした方向に、熊よりも大きな化け物が
現れておりました。
残った片目をらんらんと輝かせながら、
牛鬼は、天狗台に近づき
崖をゆっくり登ってきたのでございます。
(SE) 牛鬼の唸り声
【244】 左門 :
怪物……大船(おおぶね)に登ってきた話を聞いて、
お主は、この崖も登ってくると思って待っていたぞ…
(SE) 牛鬼の唸り声
(SE) 弓の弦を引き絞る音
【245】 左門 :
だが、その巨体で崖を登るときなら
素早く動くことなどでき……ぬうっ!
(SE) (弓矢の音と、かつんという音。怪物の鳴き声)
【246】 牛鬼 : (威嚇)
【247】 左門 : ……ぬうっ!
(SE) (弓矢の音。かつん、かつんという音)
【248】 左門 :
……ぬうっ!
【249】 語り :
弓矢を警戒したのか、
牛鬼は巨体ながらもすばやく左右に体を揺さぶりながら登ってくるため、
狙いが定まらず、左門の射た矢は次々と外れ、ついに矢が尽きてしまいました。
そして、矢が飛んでこなくなると牛鬼は、また、ゆっくりと登って来たのです。
【250】 左門 :
くそっ(刀を抜く音)
ん? お陽! 何をしておる!
【251】 語り :
左門が振り返ると、お陽は、赤裸(あかはだか)になっておりました。
そして、お陽は脱いだ着物を篝火にかけ、燃やしておりました。
【252】 左門 :
そういうことか!
【253】 語り :
左門も着物を脱いで着物に火をつけました。
左門が着物を燃やしている間にも、
牛鬼はもうすぐそこまで登ってきております。
お陽は登ってきた牛鬼の顔へ火のついた着物を広げて落としました。
【254】 お陽 :
えいっ!
(SE) 炎と服のはためく音
(SE) 牛鬼の叫び声、払いのける音!
【255】 お陽 :
ぁ…
【256】 語り :
しかし、牛鬼は火のついた着物を長い脚で払いのけてしまいましたが…
【257】 左門 :
そらっ!
(SE) 炎と服のはためく音
【258】 語り :
お陽の考えがわかった左門は、
さらに、牛鬼がお陽の着物を払った直後の隙を狙って、
火のついた着物を、鬼の顔に落としたのです。
続けざまでは牛鬼といえど避けきれず
火のついた着物は牛鬼の大きな顔にかぶさりました。
(SE) 焼ける音と、牛鬼の悲鳴(だんだん遠ざかる)
(SE) ぐしゃ。落ちて砕ける音
【259】 語り :
牛鬼は足を踏み外して落ち、自らの重さで潰れ、
崖の下で石榴のように弾け飛んだのでございます。
左門が振り返ると、
裸のお陽がおもらしをしながら震え、
座り込んでいました。
【260】 左門 :
お陽……ようやった! ようやった!
本当にようやった! 立てるか?
【261】 語り :
あんなに恐ろしい思いをし
恥ずかしい姿でもあれば、立てるわけがないのに
お陽…………私(わたくし)は、恥ずかしさも忘れて
左門の腕にすがりついて言いました。
【262】 お陽 :
さ、ささ、さ…左門さまがいなくなっては、
困ります! みなが、困ります!
わたしが…とても困ります!(最後だけ涙声)
【263】 左門 :
…………そうだな……
怪物が、またやってきたときのために、備えねばなるまいな……
【264】 語り :
左門はそう言って、私めをあたたかく抱きしめてくれたのです。
【265】 語り : …
…左門……夫は、その後、領主さまのご家来衆の一人として
生涯この地に留まり
この一帯の平和を守ってくれました。
そうして
この牛鬼の出来事ののち、村では弓を射る祭りが、
毎年、行われるようになり、
それが、今日(こんにち)でも、鬼弓(おにゆみ)の祭り、と言われ、
受け継がれているのでございます。
(了)
★Special Thanks!
人外薙魔様
※この作品は著作権を放棄しておりません。
・この脚本を使用されて、音声作品等を作られる場合は事前にねこつうまで、ご連絡ください。
・また、今作のねこつう監督作品「牛鬼」の無断の音源の使用・コピー・配信など厳禁です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?